Was kann ich für Sie   作:加賀崎 美咲

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Endzeit

 優しい匂いがする。そっと閉じていた目を開き、自分がうたた寝をしていたことに気がつく。ボンヤリとする頭を働かせ周囲を見回すと、自分がリビングルームの食卓に座していた。

 

 どうやら朝食を待っている合間に眠ってしまっていたらしい。先ほどからする甘い匂いの正体は、今まさに完成しようとしている朝食の匂いだった。

 

 そうだ。我が家のオムレットは砂糖をふんだんに使った、とても甘いものだ。父さんはそれがとても好きで、僕はもう少し甘さが控えめなほうが好みだけれど、母さんはこれが我が家の味だと言って変えることはしなかった。

 

「あら、起きたのねフリッツ。手が空いているのなら、お皿を並べるのを手伝ってちょうだい?」

 

「え? あ、あぁ、うん。いいよ」

 

 朝食を作っていた母が振り返る。癖のないストレートヘアーが体の動きに合わせて揺れる。促されるまま母の手伝い、もう出来ていたサンドイッチやサラダ、ソーセージにコーヒーと、色とりどりの朝食が広くはない食卓を埋めていく。

 

 そんなこんなで準備をしていると、階段の方からのんびりとした足音が近づいて来た。やっと起きてきた父さんが眼をこすりながら二階から降りてきたらしい。フラフラとした足取りで椅子に着地すると、置いてあるコーヒーを一つ取ってチビチビと飲み始めた。

 

 僕の分のミルク入りのマグカップを持ってきて母さんも着席して、それが朝食を食べ始める合図だ。火の通ったソーセージが口の中で小気味よい音をたて、それをミルクで流し込む。

 

 次にサンドイッチに手をつける。肉厚なそれにかじりつくと挟んであったトマトが口の中でその果汁を溢れさせて、口端を小さく赤く濡らした。それを見つけて、母さんは僕を笑った。

 

「もう、フリッツ。そんなに慌てて食べることないじゃない。ほら、拭いてあげるから、口をこっちに向けなさい?」

 

「大丈夫だよ。子どもじゃないんだから、自分で拭けるよ」

 

「あら、今日のフリッツは大人なのね。でもあなたはお母さんの子どもなのだから、甘えて頂戴な」

 

 母さんはそう言いながら細い指で僕の顔を向かせると紙ナプキンで口についたトマトの汁を拭い取った。そんなことをされてしまうと自分が酷く子どもっぽいような気がして、ちっぽけなプライドが削り取られた気がした。

 

 顔を熱くさせながら母さんをにらんでいると、何かを思い出したのか、父さんが間抜けな声をあげた。

 

「そうだ、フリッツ。せっかくの日曜日なのだから、父さんがどこかに連れてってやろう。どこが良い?」

 

「え? どこでも良いけど……」

 

 唐突な父さんの提案に面食らって、しばらく呆然としていた。普段、時計職人の仕事が忙しい父さんからそんな提案があるとは露にも思っていなかったから何も思いつかなかった。

 

 僕が何も言わないから、父さんはどうしたものかと困った顔を作ってしまった。お互いに気まずくしていると、母さんが良いことを思いついたと手を叩いた。

 

「そうだ! ならピクニックに行きましょう? フリッツ、ピクニックに行きたいって言っていたでしょう?」

 

「……そうだっけ?」

 

 心当たりはなかった。はて、そんな話をしただろうか。思い当たる節はないけれど、別に良いか。母さんがそう言うならそれでいいや。母さんはニコニコと笑っている。

 

「なら決まりね。あなたも、準備してちょうだい。今日はきっと天気が良いわ」

 

 それからあっという間にピクニックの準備が済まされていく。気がつけば僕も父も荷物も、車に詰めこまれて運ばれていた。押し込まれて狭かった車内から出るとそこはカルフから程近い川辺だった。

 

「ほら、やっぱり良い天気だったわ。ほら、いらっしゃいフリッツ。川の水が冷たいわよ」

 

 ヒールを脱ぎ、素足を川の水にさらして遊んでいた。父さんと一緒に虫を捕まえて遊んでいた僕は、それを中断して母さんの隣に座り込んだ。同じように靴を脱ぎ捨てて足を川に浸してみると、驚くほどに冷たかった。

 

 そんな僕の反応に母さんと父さんが一緒に声をあげて笑う。馬鹿にされたみたいで、ムッとふくれた僕がそっぽを向くと首筋に冷たいものが触れた。小さく悲鳴のような声が出てしまう。

 

 振り向くとそこには瓶に詰めたレモネードを持った父さんがいた。瓶には結露した水滴が滴り、冷たくておいしそうだった。父さんにもからかわれ。気恥ずかしくなった僕は、奪い取るようにレモネードを父さんから受け取って口をつけた。

 

 甘酸っぱいレモネードが喉を通っていく。冷たくて、甘くて、ほんのりと酸っぱかった。

 

 遠くから小鳥のさえずる鳴き声が川のせせらぎの合間から聞こえる。真夏の太陽の陽光が草木を照らして、じんわりと汗が額を流れていく。暑さと涼しさが、夏の陽炎のように消えてしまいそうな空気を作り出していた。

 

 帰り道は爛々と夕陽が照らす中を歩いた。父さんと母さんに手を繋がれて。

 

 静かな一日だった。僕と父さんと母さんが一緒に少し遠くにピクニックに行った。なんてこともない一日だ。

 

 明日はまた学校に行って、友達と遊んで、そうしたらまた週末には家族でどこかへ出かけよう。たまに彼女とどこかに行くのも良いかもしれない。それはきっと楽しいに違いない。そうしたかった。

 

 だから僕は父さんと母さんにどこかへ連れて行って欲しい、そうお願いしようと手をつないだままの二人を見た。

 

「ねえ、父さん、母さん。今度は海に行きたい。またあのシチリア島の砂浜で遊びたいよ」

 

「シチリア島? フリッツはシチリア島に行きたいのかい?」

 

 父さんは不思議そうにて僕に聞き返した。

 

「フリッツは他に行きたい場所があるんじゃないかしら。フリッツが本当に行きたい場所はどこ?」

 

 母さんは僕の目をのぞき込んだ。

 

 二人とも、どうしてそんな酷いことを言うのだろう。僕はどこへだって行きたくないのに。

 

「僕は父さんと母さんと一緒ならどこへでも——」

 

 いきたいよ。

 

 そう言いかけて、けれど言葉が続くことはなかった。

 

 爆発音。そして空が、赤い夕焼けの空が割れた。卵の殻が内側に崩れるように空が落ちてくる。いくつもの穴が出来て、空の割れた向こうは真っ暗だった。見えない向こうから轟音がいくつも迫る。

 

 最初にやって来たのは火を噴きながら飛ぶ筒だった。カールスラントで開発されたばかりの最新兵器だ。いくつも飛んできたそれは、着弾点を細かい黒の破片にして粉砕していった。

 

 草原が、川辺が、木々が、街道が、僕の世界が暴力に壊されていく。父さんと母さんは僕をかばうようにしている。そんな二人の向こうで、一際大きな穴から人影が飛び出した。

 

 艶やかな長い銀髪。両足にはストライカーユニット。眼鏡越しの赤い瞳は何かを探して揺れている。

 

「フリッツ! どこなの? 返事をして!」

 

 何故か彼女は僕の名前を呼んでいる。見知らぬはずの彼女は手に機関銃を携え、僕の世界を壊しに来た。そして彼女は僕ら家族に気がつく。ゆっくりと彼女は困惑した表情を作りながら僕の前へと降りてくる。

 

「フリッツ、……なんだよね? 助けにに来たよ。帰ろう?」

 

「……お前なんか知らない。出て行ってよ」

 

 見知らぬ彼女がどうしてか恐ろしい。恐ろしいはずの彼女は、手を伸ばそうとしては戻し、泣きそう顔をしていた。

 

 どうしてそんな顔をするの? 僕には彼女が分からない。どうしてここに来たのか。

 

 互いにどうして良いか分からない。そんな短い静寂は轟音に飲まれた。穴から飛んできたミサイルがめちゃくちゃに何もかもを壊していた。その中に僕らも巻き込まれた。

 

「フリッツ、危ないっ!」

 

 ぼんやりと迫るミサイル。その光景を眺めていた僕を彼女は抱き寄せると大きく飛んだ。景色が後ろへ流れていく。目に入るのは炎に焼かれ、黒い破片になって砕ける父さんと母さんだった。二人とも僕を見て微笑んでいる。安心したと。そう言いたそうに。

 

「……良かった。ケガはない、フリッツ? さあ、帰りましょう?」

 

 僕を抱き留める彼女が何か言っている。でも僕の頭の中は目の前の光景でいっぱいだった。

 

 僕は見ている。父さんだったものが転がっている。

 

 僕は見ている。母さんだったものは、粉砕されて何も残っていない。

 

 誰がこれをやった? 

 

 ──分からない

 

 誰を恨めば良い? 

 

 ──分からない

 

「フリッツ? もう大丈夫だよ? 帰ろう?」

 

 僕を抱える女はひどく優しい声で僕に語りかける。帰る? どこに帰るというんだ。僕がいるべき場所は、父さんと母さんがいるこの場所なのに。

 

「僕を連れて行くためにこれをやったの?」

 

「……? ロスマンさんも、クルピンスキーさんも、みんなフリッツを助けるためにここまで来たんだよ?」

 

 僕を助けるために? これをやった? 何もかもをめちゃくちゃにした? 

 

「おまえが、おまえたちがこれをやったのか」

 

「フリッツ? どうしたの?」

 

「おまえたちかっ! おまえが父さんと母さんをっ!」

 

 人差し指を拳銃に変形させて、僕を抱きとめているヤツの顔に向ける。反射的にヤツは頭を逸らして、魔力弾を避けられたことに気がつき蹴りを入れて離れる。ヤツは父さんとと母さんを殺したくせに、僕に攻撃されてひどく動揺していた。

 

「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」

 

「フリッツ!? 何をっ!」

 

 一発、二発、三発と弾を放つ。ヤツはそれを驚きながらも、難なく避けていく。悔しいけどヤツは僕よりも戦うのが上手い。空を自由に飛べるヤツに僕は圧倒的に不利だ。

 

 だから、戦えるように自分自身を作り替える。

 

 両足をヤツが足に装着したストライカーユニットと同質の機構に変形させ、ヤツを追う。両腕を機関銃に変え、弾をばらまく。ヤツは弾幕の隙間を縫うように避けていく。どれだけ狙っても容易くあしらわれて、それなのにヤツは反撃をしようとしない。加速して、ヤツの機関銃に取りつく。

 

 目と鼻の先にヤツがいる。

 

「ばかにして、何がしたいんだ、お前っ!」

 

「話を聞いてフリッツ。あなたはここにいるべきじゃないよ。帰ろうよ」

 

「父さんと母さんを殺したお前がいうのかっ!」

 

「フリッツのお父さんとお母さんを私が? どうしたって言うの。分からないの?」

 

 僕の目の前で父さんと母さんを壊して、何が分からないというんだ。分からない、腹立たしい。ヤツを見ていると理由の分からない怒りが胸をいっぱいにする。ヤツが戦っている姿を見るだけで底のない怒りがあふれていく。

 

「何だって言うんだ。お前なんか知らないのに、何だっていうんだ!」

 

「……分からないなら、話が出来るようにとっちめる!」

 

 互いの感情が衝突する。ヤツもその気になったようで、動きが変わる。かすりかけていた弾丸は容易く避けられていく。

 

 だけどそんなことは関係ない。僕の居場所はここだけだ。

 

 守るんだ。

 

 今度こそ。

 

 大切なモノを失いたくないから。

 

 僕は彼女へ銃を向けた。




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