炎の中で何もかもが燃えている。
見知った家々、道、そして人も。分別も区別もなく炎は平等に全てを燃やしている。
そしてその中に父さんがいた。
「父さんっ!」
叫び、駆け寄る。父さんはすでに事切れていて、開いた眼に光は無かった。
轟音とともに目の前の建物が崩れた。瓦礫の奥からネウロイがやってきた。その不気味な赤い視覚器官がこちらを捉え、目が合う。
父さんだったものをそっと地面におろし、こちらへ向かってくるネウロイを迎え撃とうと立ち上がり進んでいると後ろから声がした。
そんなはずないのに、さっき確かに死んでいたはずなのに。それなのに聞き知った声が背後からした。
「いいかいフリッツ? ……。君が守りたいものを守るんだ」
死体の口だけが動き、言葉を紡ぐ。振り返ってもう一度
触れようとして、しかし父だったものは後ろにいたネウロイに踏み砕かれて肉片へと変わり、父だったという面影はなくなっていた。
目の前でまた父さんが殺された。殺す。
駆け出し、体を作り変え、人が敵わないネウロイを一方的に殺せるまで自分を強くする。
見下ろすまで小さくなったネウロイを踏み潰し、焼き払い、殺す。
しかし失われたものは何もかも戻るはずもなく、死体の上に死体を積み重ねていく。どれだけ力があろうとそれは変わらない。
何と無力なのだろう。どれ程強く、ネウロイを一方的に殺すことができても、結局は無意味だ。死んでいく者、壊れていくものは変わらない。
自分の無力感に苛立ちが募っていき、逃げ場を求めるように咆哮を上げ、叫んだ。
そんな自分を俺はその足元から見上げていた。
何と愚かしいことを自分はしているのだろう。バカじゃないだろうか。そんな戦って何になる、守るものなんてないだろうに。
「フリッツ、フリッツ。そんなのいけない、ダメなの。どうして一緒に来てくれなかったの」
足元に転がった首、それを見つけて心臓の鼓動が凍りついた。
こちらを悲しそうに見上げるハイデマリーが涙を流している。
そんな、だって彼女はノイエ・カールスラントへ移っていったはずなのに。
「ダメなの。だってあなたが安らかじゃないのに、私だけが安全な場所にいても、そんなの意味がないよ。それとも私はあなたにとって邪魔でしかないの?」
「ち、違うよ、ハイディ。僕はそんなつもりで言ったんだじゃない……」
彼女に手を伸ばそうとして、しかし伸ばした手は何かをつかむことはなく、虚空をきった。
●
伸ばした手は何かをつかむ訳でもなく、ただ何もない虚空へと伸ばされていた。その先には天井、カールスラント航空歩兵育成学校の一室、僕の部屋の天井だった。
どうやら先ほどまでの映像はは夢だったらしい。ひどい夢だ。ハイデマリーはもうカールスラントにいないことくらい、分かっているのだから夢だと気がつけばいいものを、どうしてか僕はそれを現実と区別できなかったらしい。
それほどまでに余裕がないのか。それとも気が抜けていたのか。どうしてそんな夢を見るのか。そんな単純なことを考える余裕もなかった。
「……シャワー浴びよ」
士官学校の一種であるこの学校で生徒の待遇は良い。少なくとも個室にはシャワーがある。服を脱ぎ、シャワー浴びようとして部屋に入って、姿見に自分が写った。
白い肌に深々と残った傷と火傷の跡が刺青のように残っていた。
「こんなのハイディには見せたくないな」
小さく自嘲の吐息が漏れる。変わってしまった。以前の僕とは決定的に、今の僕は別モノだった。体に刻まれた傷跡が囚人を整理する番号のようで体に重くのしかかるような気がした。
シャワー浴び終えると、ちょうど起床時間を知らせるラッパの音が聞こえる。軍服に袖を通し、食堂へ向かう。
先ほどの起床のラッパで起こされたらしい奴らの部屋からバタバタと慌ただしい音を聞きながら食堂につき、用意された食事を一人分取っていくつかある席の中から隅の方、出来るだけ誰とも顔を合わせず、席が一緒にならない席を選んで座る。
食事を進めていると着替え終わり、食事をとりに来た同期が何人もやってき、て各々席に着いていく。
自然と僕を囲うように、僕の周りだけは人が綺麗に空くようにみんな席に座っていく。有り体に言えば避けられている。そんな事、気にせず食事を摂っていると目の前の席に盆が置かれた。
顔は食事に向けたまま視線だけそちらを見ると、この訓練校で唯一と言って良い顔見知りがいた。
「やぁ、子犬くん。今日もいい感じにぼっちだね。お姉さんがきてテンション上がらない?」
「あんまり適当な事言ってると、訓練中に後ろから事故装って撃ちますよクルピンスキー……、先輩」
最後の方は声が小さかった。
「ハッハー、そんなこと言っちゃって。相変わらず可愛げがない後輩だこと」
しかし僕の物言いを気にしないのか、相変わらず大人というか、軽薄なというべき空気を纏って彼女、ヴァルトルート・クルピンスキーはいた。一つ年上の彼女はどういうわけか僕によく絡んできた。
「しっかし、また聞いたよ? またコンビを解散させられたんだって? これで十人目?」
「十二人目です。僕に追いてこられない奴が僚機になっても迷惑なだけです。最初から一人の方がやり易いので」
「まぁ、撃墜数四桁の最高戦力に、訓練生ウィッチが相棒は務まらないか……?」
「というより周りをうろちょろされると間違えて撃ち落としそうになるのでいない方が良いというだけです」
「まぁ君の戦い方はどうしたって周りに被害を出しちゃうからね。……でも良いのかい? 周りからなんて言われているか知らない君でもないんだろ?」
少し心配そうにこちらを見るクルピンスキーにどうでもいいと言って、短く息を漏らす。
「カルフの悪魔でしたっけ? まったくもってくだらない事をする。魔女も悪魔も一般人からしたら同じでしょうに」
一年前、あのカルフでの戦いで多くのウィッチ、兵士が死んだ。その中で悠然とネウロイを殺し続けていた僕にそんな大層なあだ名がついた。
「ネウロイみたいなビームを味方すれすれに乱射しながら敵と戦って、その上悪魔みたいに角やら尻尾やらが生えていたらそんなあだ名がつくのも仕方がないんじゃないかな。契約している使い魔が複数なんだっけ?」
「今は三体、固有魔法を増やす度に使い魔がいるみたいです。……しかし今日は何用です? 外出許可証は融通出来ませんよ。今月分は先輩に全部渡してますので」
「いやー、ホントそれに関してはいつもありがとう。やっぱりブドウジュースを飲もうと思ったら外に出ないと。頼まれていたやつはちゃんとノイエに送っといたから安心してね。……って、今日はそのことじゃなくてね。新人がくるって話は聞いたかい?」
「例の採用基準緩和の件ですか? そんな規定基準にも満たない奴が戦力になるんでしょうか?」
先月のことだ。カールスラント西部戦線の影響で航空歩兵要員が足りなくなり、空軍は苦肉の策で身体基準の大幅な緩和を行った。その影響で兵士としてやっていけるのか分からないような奴まで兵士になれるようになっていた。既に兵士の訓練を受けているこちらからすればいい迷惑だ。
「そうそう、それそれ。その件でうちに配属になったのは一人らしいんだけど、その子がいい感じのカワイ子ちゃんみたいで、多分僚機が余ってる君のタッグになるんじゃないかなって」
可愛い子に目がない、中年オヤジのような性癖の先輩に若干辟易としつつ、その話の要点を問う。
「つまり何です? 可愛い子だったら優しくしておけと?」
「まぁ、そうじゃなくても優しくはするべきだと僕は思うけど、話としてはその通りだよ」
苦笑いをしながら牛乳を飲み干すクルピンスキー。
「そんなことしなくてもそんな奴、勝手に辞めていきますよ」
僕はもう食事を終えていた。これ以上話に付き合う必要もないのでお盆を持ち上げ席を後にする。
食器を片付けに向かうフリッツの背をクルピンスキーは眺めていた。
「もう、そうやって壁を作ったっていいことないだろうに。一人で戦うつもりなのかいフリッツ? やってくるカワイ子ちゃんが潰れなきゃいいけど……」
残ったザワークラウトにフォークを伸ばしてクルピンスキーは食事を進めた。
●
正午の訓練の時間。僕は教官に呼ばれ応接室に来ていた。部屋に入ると教官の横に見知らぬ子がいた。背は150センチほど。小さいというのが第一印象だった。
僕を見るとその子は立ち上がり、慣れない下手くそな敬礼をしてみせた。
「ほ、本日よりこちらに赴任しました。エディータ・ロスマンです」
緊張しているのか声が少し震えていて、軍人の卵というより初めて学芸会に出る子供と言われた方がしっくりくる。緊張した面持ちでこちらを見るロスマンとやらを一瞥し言葉に応える事なく教官を睨みつける。
「教官、これは?」
「君の新しい僚機となるロスマン訓練生だ。僚機として上手くやりたまえ」
「他の訓練生と組ませばしいいでしょう。正直僚機なんて、邪魔なのですが」
「現在この訓練学校で僚機がいないのは君だけだ。不服かね?」
問題があるのかと毅然とこちらに問いかける教官。不服? あるに決まっているだろ。
「以前から何度も言っていますが、僕の固有魔法は周りに被害が必ず出ます。ウィッチの相方などいない方が戦い易いと」
「その上でウィッチ達とうまく戦うすべを模索せよと言っているが?」
「ウィッチごときが何の役に立つって言うんです」
何度目になるか分からない口論を教官と繰り返す。堂々巡りの口論はお互いに納得を得られるわけでもなく、結局は訓練校の規則通りに組みを作り、ついてこられなくなった相方が別の誰かと組み直すというもの。
今回も同じだとどこかで思っていた。
しかし今回はその時間の無駄に割り込むものがあった。
「あのっ!」
その声に僕らは揃って振り返った。ムッと表情を険しくした彼女が僕たちを見上げていた。まさか会話に割り込まれると思っていなかったが為に黙っていると、不快そうな感情を隠さず、ロスマンが僕を睨みつけて言う。
「先程から聞いていれば役に立たないだ、邪魔だと、何様だというの」
僕の物言いに苛立ったらしい彼女はさらに続ける。
「だいたいウィッチがいたからこそ、今日までカールスラントは何とか戦線を維持できていたのよ。それをそんな風に言うなんて信じられない」
彼女なりにウィッチに対して思うところがあるのだろう。しかしその言い分はかつて、ウィッチになって世界中を飛んでみたいと言った彼女を思い出させて、不思議と苛立ちが募る。
「ウィッチがそんなに上等な物か? あいつらが何をしてくれた? お前に何をしてやってくれた?」
「ウィッチたちは私たちを守って……」
「僕の父さんはネウロイに殺された」
僕の言葉を聞いて、驚いて顔を上げたロスマンは言葉を続けられなくなった。
「僕のいた街はネウロイに焼かれてなくなった。もっと早くウィッチや軍隊が来ていれば、もしかしたら父さんは無事だったかもしれない」
「それは……」
思い出すのはあの日、全てが燃えてしまった日。もっと早く助けが来ていれば、もしかしたら父さんは生きていたかもしれない。そんな想像が何の意味もないことは重々承知だけれど、その一縷の可能性を呪わずにいられようか。
「そして僕がネウロイと戦っていた時、ウィッチが何も出来やしなかった。僕がネウロイを殺している間に大勢のウィッチが死んだ。敵を殺して、殺されて。僕よりも弱いやつらとどうして僕が一緒に戦う必要がある」
あのカルフでの戦いにおいて死者は523人。そのうち23人が戦場に到着し、ネウロイと戦い、そして戦死したウィッチだった。
彼女たちは必死に戦い、その結果死んでしまった。そのこと自体を責める気はない。尊い行為だと思えるし、立派なことだ。だけど結局は死んだのだ。子供が悪ふざけで蟻を踏み潰して遊ぶように、オガクズのように、無価値にその命を散らしていった。
あの戦場において一番強かったのは僕で、最初から最後まで無事だったのも僕一人だった。撃ち漏らすことこそあったものの、概ね全てのネウロイは僕に殺された。つまるところ、ウィッチも、兵士たちも、いてもいなくてもあの戦場において結果は何一つ変わらなかったと、結果論として言えてしまう。
それはつまり、嫌な言い方をすれば、あの場にいた全ての兵士たちは死ぬためだけにノコノコやって来たということ。
そんな彼女ら、彼らをどうして対等に見られるというのか。初めから来なければ、死ぬこともなかったのに。それなのに彼女はやって来て、そして勝手に死んでいった。
「僕はお前らウィッチが嫌いだ。兵士が嫌いだ。弱いくせに戦場にしゃしゃり出てバタバタ死んでいく弱いお前らが嫌いだ」
吐き捨てるように言って、彼女は怒りを露わにした。
「……訂正しなさい」
端整な顔に深くシワが刻まれていく。しかし僕は彼女はこんな顔をして怒るのかと呑気に見ていた。
「今日まで一体何人のウィッチ、兵士がこの国を守るために戦ったと思っているの。その作ってもらった平和を足蹴にして、一体何様なの?」
「知ったことかよ、死んだ人間のことなんて。死んだらそこで人は終わりだ。何も残らず、意味もなく、生きている人間は残されていくんだ」
死んだ人間はそれこそゴミになる。それが世界の全てだ。なのに弱い人は、そんな無意味に意味をつけ、記号付けして、その終わりに意味を与えようとする。
「君がウィッチをどう思っているかなんて、君の自由だ。だけれど僕に僚機も仲間もいらない。対等な力のない仲間なんて不要だ」
「私あなたのこと大して知りもしないけれど一つだけはっきりと言えるわ。貴方みたいな人大っ嫌い」
「そうかよ。もうすぐ消えるやつの台詞なんて覚えておく必要もないね」
これが威勢の良い新人にして、犬猿の同輩であるロスマンとの初遭遇だった。どうせ長く保たないんだ。ならさっさといなくなってしまえ。
●
「おら、どうした! 威勢の良いこと言った割に行動がなってないぞ!」
「——クッ!」
空を飛びながらロスマンはしぶとく僕について来ていた。
この航空歩兵の訓練では訓練生は二人一組の僚機を組み、訓練にあたる。こと専門的な技術を学ぶにあたり、いかにほかのウィッチと協力をするかが重要となるウィッチにはこうした訓練が重要だった。
しかし問題が一つ。ロスマンはこの訓練に上手くついてこれていなかった。やる気がないというわけではなく、もっと単純な問題、体力が絶望的にあるべき基準を満たしていなかった。
こと格闘戦が中心となるウィッチの戦いにおいて体力がないことは致命的だった。急なネウロイの攻撃に対応できない、仲間の編隊についてこれない、現行の戦い方に彼女は対応できていない。
飛行訓練を終えて飛行場へ戻り、ガレージにユニットを戻して息も絶え絶えな様子のロスマンに歩み寄ってタオルを被せる。彼女はもう立ち上がる体力も残っていないのかぐったりと木箱に寄りかかっていた。
「これで分かっただろう。君にウィッチは無理だ。怪我をしないうちに故郷に帰りなよ」
「はぁ、はぁ、まだまだ」
「そんな肩で息をして。ネウロイに息を整えるから待ってくれ、なんていうつもり?」
被せられたタオルを払いのけ、気持ちだけは折れていないらしい、意思のこもった視線で睨みつけられる。
「そうならないように訓練をしているの。黙っていて」
「僕らの役割は訓練をすることじゃない。ネウロイを殺すことだ。それが覚束ないならウィッチになんてなるもんじゃない」
彼女は立ち上がれないのか、嫌々という様子で僕との会話を続けるようだった。
「……貴方はいつもネウロイを、その倒すとばかり言っているの?」
「そうだけど。僕がここにいるのはネウロイを殺すためだ、その為だけに僕は生きている」
「ねぇ、聞いて良いかしら」
「なにを?」
少し躊躇いがあって、そして間をおいて、真っ直ぐに彼女の栗色の瞳が僕を見ていた。
「貴方のことが知りたい」
「嫌いなのに?」
「えぇ、今も貴方のことは嫌いよ。でもどうしたら貴方みたいな性格がねじ切れた人が生まれてくるのか、ちょっと気になったの」
酷い言われようだ。別に好かれようとも思っていなかったし、むしろ嫌われるような接し方をしていたが、こうも実直に言われてしまうとかえって笑ってしまう。
突然笑い出した僕をロスマンが怪訝そうに見ていたが、まぁまぁと言ってなだめ、実に面白くもない僕の反省を語ることにした。
●
語り終えた。僕の半生を、いかにしてネウロイへ殺意を持つようになったのか、その顛末を彼女に語り終わった。
僕の話を聞いて、彼女は思っていたよりも悲しい表情を見せた。
「……そうだったの」
そう呟いてロスマンは少し考え込んで黙ってしまった。
そしてしばらく沈黙があって、そして考え終えたのか彼女は顔を上げてこちらを見た。そこにあった表情は今までの憎々しげなそれに、少し悲哀の色が混ざっていた。
「私には分からないわ」
「そうだろうね」
「そうじゃない。家族が殺される気持ちを私は知らない。それなのに貴方がどう感じているかだなんて、想像するしかできない。そしてそれはきっと貴方の持つ本物とは比べるべくもない」
そんなことか。下手な同情なんていらない。これで少しでも彼女が貴方の気持ちが分かるなどと嘯いたら、カッとなって彼女を殴り殺していたかもしれない。人が人の気持ちを理解できるなどという思い違いは傲慢でしかない。人はどうしたって人の気持ちを真に理解することは永遠にありえない。
「一つだけ聞いて良いかしら」
「どうぞご自由に。答えるのも僕の自由だけれど」
「ネウロイを殺して、そのあとはどうするの? 今はそれでいいのかもしれない。でもいつか、ネウロイを全部倒して、その後は?」
「その後?」
思っても見なかった質問に情けなく声が裏返る。
「そうよ、その後。わたし達ウィッチが戦えるのは長くてあと6年。人生は長い。それこそ戦っている時間よりも、そのあとが圧倒的に長い。その時貴方はなにをするの?」
この言葉に考えて、しかしやはり僕はこの言葉以外の選択肢を持っていなかった。
「ネウロイを殺す。それ以外にはなにもない。戦って、殺して、滅して永遠にそれを続ける。それしか無いんだよ」
力なくそう言葉を漏らす。比喩でもなんでもなく、本当に僕にはそれ以外の原動力が何もなかった。そういう自分に思うところがないでもなかったが、それが良くないことも分かっていた。
「なんだか物寂しいものね。戦うこと以外に生きる理由がないというのも。戦って、殺して、相手を滅ぼして、それで終わりだなんて。それじゃまるでネウロイと変わらないわ」
彼女の言葉は不思議と胸にしみていった。ネウロイと同じなどと言われたら、自分は怒ると思っていたが不思議とそうはならなかった。
なんとなくその場に座り込んで、彼女を見る。妙に軽い心持ちの中、ふと僕は彼女、ロスマンについて何も知らないことに気がついた。
「なぁ、ロスマン。僕ばかりが答えているんだ。こちらから質問、いいか?」
「ええどうぞ」
「どうして君はウィッチになった? お世辞にも君にウィッチの才能はないと思う」
その言葉にロスマンは小さく微笑んだ。
「本当に貴方って最低ね。まぁいいわ、気遣って言葉を選ぶ貴方もなんだか違和感あるし。それでわたしがウィッチになりたいと思った理由ね。単純よ、わたしはウィッチになりたかったの」
ウィッチになること、それ自体が目的だと彼女は言った。懐かしむように自分の小さな手を見て、彼女は続けた。
「6歳の時だったわ。酷い熱病を患って、それが原因なのかは、はっきりとは言えないけれど、結果としてわたしの背はその時から伸びるのをやめてしまった。ほんの小さな頃からウィッチになれる資質があると言われて、きっと将来はウィッチになると思っていたから、わたしの背では軍の採用基準を満せないと知った時には本当にショックだった」
もう変わることのない過去をロスマンは話す。その言葉には強い思いが、彼女がそう感じたという強い思いが篭っていた。
「ウィッチになって空を飛んで、もしかしたら行ったこともない遠い場所に行けると思っていた。あの空を飛び、国を守るウィッチになりたいと思っていた。そのチャンスすら与えられなくて、将来をどうしようと思っていた矢先にあの規制緩和のニュースを聞いた」
「運命だとさえ感じたわ。あの空を飛ぶことができる。そう思って志願して、こうして候補生になることが出来た。……でも、そう上手くはいかないものね。せっかく候補生に離れても、結局は体力が無いせいでみんなについていけないのだもの。このままいけば落第かしら」
彼女の反省、上手くいかなかったという苦い記憶、そして偶然訪れた幸運、そして挫折。特別なものなど何一つなくとも、ありふれた物語だ。
だがどうして、僕はその話を聞いていて彼女を思い出させる。偶然によって生まれてしまった挫折。それがどうしようもなく彼女を連想させた。
だからだろうか、僕は気がつけば立ち上がって彼女を見ていた。
ほとほと、僕は単純な奴らしい。
「それが君の理由?」
「えぇ、そうよ。わたしはウィッチになりたくて、ウィッチになった。理由そのものが目的で、それ以上の理由を持っていないけれど、でもそれは確かにわたしの理由だわ」
「例えウィッチに成れなかったとしても?」
「もちろん落第する気はないけれど、でもきっと、もしダメだったとしても、わたしはずっとウィッチを目指すでしょうね」
そう言うロスマンの表情は見たこともないくらいに朗らかなものだった。綺麗な笑顔だ、だけど僕はそんなもので絆されない。あり方は変わらず、だから僕の方向性で彼女に向き合おうと思う。
「君がウィッチを目指そうと、目指さまいと構わない。それは直接僕には関係のないことだ」
「そうでしょうね」
「僕が欲しいのは背中を預けられる強いウィッチだ。弱い奴はいらない。死ぬ分だけ、むしろ来なければいいとさえ思ってる」
「貴方ってそういう人だものね。わたしの話を聞いてもブレないところは好きよ」
僕は僕の生き方を、あり方を変えることなんて今更できない。だから僕はこういうやり方でしか彼女と接することが出来ない。
「——だから、もし君が僕と対等に戦うことの出来るウィッチになれると言うなら、僕はより多くのネウロイを殺すために君をウィッチにするための手伝いをしなければならない」
我ながらなんと不器用なことだろう。一言、君を手伝いたいと言えばいいものを、こんな言い訳じみたことをつらつらと言って。無駄な労力と言わざるを得ない。
それが伝わったのか、ロスマンは小さく吹き出して、笑うのを我慢して、こちらを見て、
「そうね、もしわたしがそうだと言ったら、貴方はどうする?」
「是非もない。ネウロイを殺すために共に戦う仲間を見繕う。ネウロイと戦って滅ぼすという僕の理由のために」
「いいわ、お互いに利用しあいましょう? わたしはわたしのために、貴方は貴方のために」