Was kann ich für Sie   作:加賀崎 美咲

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Die Zeit vergeht immer noch

 暗い自室。灯りは無く、ベッドの上で僕は膝を抱えていた。胸を痛めつけるのは自己嫌悪と言語化できない苛立ちだった。

 

 四年という時間を経て再会した彼女を見て最初に思ったのは、どうしてという疑問だった。安全なノイエにいるはずの彼女がここ、カールスラントという命の価値が弾丸の一発よりも軽い最前線にいることがどうしても受け入れられない。

 

 どうしてそう感じるか自分でも上手く言語化できない。しかしある種の苛立ちが確かに胸の中でくすぶっていた。そして理由も分からない感情に飲み込まれて、気がつくと怒鳴って彼女に帰れと叫んでしまった。

 

 どうすればよかったのだろう。どう感情に折り合いをつければよかったのだろう。

 

 暗い部屋の中、行く先の見えない心持ちの中、胸ポケットにしまった父さんの時計は規則正しく時間を刻んでいた。

 

 朝日が昇り、暗かった部屋に明るく変わる。でも太陽は雲の向こうで姿は見えなかった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 都合の悪いことに、この日の訓練はハイデマリーとの共同の訓練だった。彼女が夜間哨戒のナイトウィッチとしてと登用されたから、慣れるまでは臨時のナイトウィッチとして夜間哨戒を任されている僕と組むのはそれほど不自然なことでもない。

 

 防衛線を死守することが重視されてる中、配属されたばかりの新人を使い物にするために先達が付くことは当然だった。戦いに勝つことが重要なように、また先達は後輩たちが生き残れるように教育をすることは当然のこと。これまで何度もやってきたことだけれど、今はいつものようには出来ていなかった。

 

 早朝の訓練を終え、彼女を見つけて声をかける。意識せずとも声は固く強張っていく。

 

「……シュナウファー少尉。昼間哨戒の訓練を午後から行います。それまでに地図を覚えておくように」

 

「あ、あの……、フリッツ。話が——」

 

「よろしいですね。伝えましたから。それでは」

 

 何かを言おうとした彼女の言葉を遮って、足早にその場を後にする。出来るだけ彼女と言葉を交わしたくない。そんなことを思いながら廊下を歩いていると壁に寄りかかり立って、待ち構えるようにクルピンスキーがいた。

 

 誰かを待っているのか、彼女は顔を伏せて動く様子がない。珍しく寡聞な彼女を怪訝に思いつつ前を通り過ぎようとした時、僕だけに聞こえるような声で囁いた。その声色は酷く責めるようだった。

 

「いつまでそんな態度を彼女に続けるつもりだい?」

 

「何が言いたいの。基地の中では仲良くしていろとでも?」

 

「君たちの個人的な問題にあれこれ言うつもりはないさ。ただ、いつもは無愛想な君がそんなにも表情豊かだからね。無理してないか心配してるだけさ」

 

「気にしなくていい。そういう心配は女の子に向けていればいい。君が心配するようなことじゃない」

 

「友人の心配をすることがそんなに変かな?」

 

「君には関係ないよ。……関係ないんだ」

 

 それだけ言って歩く足を早めてその場から立ち去る。それ以上クルピンスキーは何も言わない。ただ黙して、本当にそれでいいのかと彼女は問うだけだった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 午後の飛行訓練を終えて僕とハイデマリーは基地へと帰投した。ストライカーユニットを整備班に預け、立ち去ろうとしたところで背後から声をかけられた。

 

「あ、あのね、フリッツ」

 

 思わず足を止めてしまい、そのことに内心で舌打ちする。耳を傾けずに立ち去っておけばよかった。振り返らず、背中越しに続きを待つ。立ち止まったことで聞かれていると思ったらしいハイデマリーがおずおずと言葉を続ける。

 

「ねぇ、フリッツ。もしかしてわたし何かいけないことをした? もしそれでフリッツに嫌な思いをさせちゃったなら謝るから。だから——」

 

「——違う」

 

「え……?」

 

 振り返って彼女を見る。言葉が足りずハイデマリーは困惑した顔を見せている。

 

 そうじゃないんだよハイディ。君が何かしたわけじゃないんだ。何も悪いことをしていない君を責められるはずもないのに、苛立ちが抑えることができない。

 

「君は何も悪くない。むしろ謝るのは僕の方だ。怒鳴ったりしてごめん」

 

「っ! なら——」

 

「それでも、僕の意見は変わらない。シュナウファー少尉。君はここにいるべきじゃない。ケガをする前にノイエに帰って」

 

 乱れる感情を見せてしまわないよう、声を荒立てないように努めて彼女を見る。これだけ言っているのに、彼女は受け入れてはくれない。

 

「でも、フリッツ。わたし頑張ったんだよ。フリッツに会いたいと思って、ノイエに移り住んでからずっとウィッチになろうって、頑張ったんだよ? やっとここまできて、それなのに……」

 

「誰もそんなこと頼んじゃいない。お願いだから僕を君がここにいる理由にしないでくれ。……君がここにいると父さんとの約束が守れなくなる」

 

「お父さんとの約束……?」

 

 抑えていた語気が感情の高ぶりと共に荒れていく中、ハイデマリーの指摘で余計なことまで話してしまった。やってしまったと自分のうかつさに毒づき、すぐさま顔を彼女から背ける。

 

「フリッツ、それって——」

 

「君には関係ない。もういいだろ。君はノイエで平和に暮らしていていればいいんだ。もうこれ以上困らせないで」

 

 荒れてしまいそうな声を抑えて、そんな勝手なことを吐き捨てて、彼女の顔を見ることもなく歩き出す。目的地はない。どこでもいい。彼女がいない場所だったらどこでも良かった。

 

 かつては分かつことなどあり得ない半身のようにすら彼女を想っていた。だけど今の彼女は僕にとって余計な重みになっていた。

 

 ハイデマリーを守るという父さんとの約束はいつしか呪いのように僕の全てをがんじがらめにして、自由を一つずつ取り上げていく。

 

 彼女を守らなければ父さんとの約束が破れてしまう。父さんの死を無意味なものに変えてしまう。死してなおも父さんの尊厳を奴らに踏みにじられていしまう。そんなのはダメだ。許してはおけない。だから僕は他の何もかもを捨ててでもネウロイを殺し続けて、父さんとの約束を守り続けなければいけない。そのために人生の全てを捧げなければいけない。

 

 それなのにハイデマリーが戻ってきてしまった。彼女が側にいると前の僕に戻ってしまうかもしれない。余計なものを取り戻し、純粋さを失い、どこかで父さんの仇討ちを妥協してしまうかもしれない。それが恐ろしい。

 

 誓ったはずの気持ちをほぐされてしまう。お願いだからネウロイを殺すだけの僕でいさせてほしい。どうか君は海の向こうで、何も知らずに幸いの中にいておくれ。

 

 こうすることが、どれほど彼女の気持ちを踏みにじる行為だとしても、間違っていると分かっていても、それでも息絶えてしまった父さんとの最後のつながりを失いたくない。それ以上の生きる理由が僕にはもうないから。その最後の寄る辺だけは、何よりもかけがえがない、僕が僕でいられるただ一つの理由だった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 フリッツが歩き去ったあと、一人残されたわたしはただ呆然としていた。優しいはずのフリッツがあんなことを言うはずがないと、その現実を前にしながら受け入れられないでいた。

 

 五年前、伸ばした手はフリッツに払われた。そしてわたし達は離ればなれになった。あの暗い部屋から太陽の下へ連れ出してくれたわたしの半身。分かれたからこそ、今度こそは彼を離してしまわないように追いかけて、ここにたどり着いた。

 

 だけど再会した彼は酷く変わってしまっていた。優しい面持ちは影を潜め、どこかほの暗い怒りをにじませた仏頂面ばかりを見せている。わたしの知っているフリッツとはとても違う、拒絶されたことも相まって別人ではないかとさえ思えてしまう。

 

 やっと会えたのに。でも、わたしが会いたいと願い、ずっと想い続けていたフリッツはどこにもいなかった。

 

 顔を合わせても私がここにいることを受け入れず離れていこうとする彼を前にして、わたしはどうするべきなのだろう。ずっと会いたいと想っていた。だからまた会うことが出来れば全て上手くいくとどこか楽観的に考えていた。

 

 あの別れの日、どうしてフリッツがこの危険な最前線に残ったのか、考えないようにしていた。また顔を見れば解決すると無邪気に信じていた。きっとお互いに、会いたいと想っていると夢見ていた。そして現実は夢を灰のように、焼き尽くして形を崩した。

 

 そんなわたしの心を映すようなおぼつかない足取りはわたしを食堂へと運んでいく。ナイトウィッチの業務や訓練は通常の日程とは異なり、この時間帯の食堂はがらんどうとした静けさに包まれていた。遅い昼食を受け取り、誰もいない長机に腰を下ろして用意された食事を機械的に口に運んでいく。考え事ばかりしてしまうから口に入った物の味もよく分からない。

 

 どうしてフリッツはあんなに怒っていたのだろう。どうしてフリッツはわたしにノイエ・カールスラントに帰れというのだろう。どうしてフリッツは再会を果たしたのに喜んでくれなかったのだろう。わたしだけ勝手に浮かれていたのだろうか。

 

 どれほど考えても求める答えは見せず、食事を終えても立ち上がる気力も湧いてこないわたしは顔を伏せて底の見えたスープ皿を見つめていた。残されたグリーンピースが一つだけぽつんと中央に。仲間に取り残された一粒。行き場所なんてどこにもない。後は捨てられるだけの迷子。こんな風になるのだったら、始めから畑からでなければ良かっただろうに。ここに来ること自体、間違いだったのだろうか。

 

「あら、そんな場所に座ってどうしたのかしら。グリーンピースは苦手だったかしら?」

 

 声をかけられて初めて彼女が隣に立っていたこと気づく。そこでやっと頬を伝う温かなものに気づき、乱暴に拭って気弱なところを見せまいと振り向いた。

 

 そこにいたのは、自己紹介の時に、フリッツの隣に座っていた女性だった。茶色のフライトジャケットを着て両手にプレートを持ったところを見ると、彼女も訓練を終えたばかりのようだ。

 

 隣いいかしらと聞かれ、断る理由もなく黙っているとそれを肯定と受け取ったのか、ちょこんと座ると彼女は食事を始めた。

 

 彼女は何かを言うわけでもなく黙々と食事を続け、わたしが眺めていると、あっという間に食事を終えた。見た目に似合わず健啖家のようで、少し驚いてしまう。

 

「……ごちそうさまでした。さて、待たせてしまったわね。気持ちは落ち着いたかしら?」

 

「——え? ……あ」

 

 唐突な彼女に驚いて行動が止まり、無理矢理な小休止を挟まれたことで、堂々巡りだった思考が落ち着いていた。少し呆けていると目の前に座った彼女は微笑ましそうにこちらを見ていて、視線が重なり合った。

 

「そうよね。あまり思い詰めていると、考えているようでその実、何も考えていなかったりするわよね。そうそう、これが初めましてね。私はエディータ・ロスマン。曹長よ。これからよろしくお願いね?」

 

「——あっ! こちらこそよろしくお願いします。ハイデマリー・シュナウファー。浅学の身ではありますが少尉を拝命させていただいています」

 

「あら、あなたの方が階級が上なのね。ならそうらしくした方がいいかしら?」

 

「いっ、いえ! わたしが一番の若輩者ですから、かしこまらないでください」

 

 思わず席から立って熱弁してしまっていた。そんなわたしの様子にロスマンさんは少し目を丸くしてから、すぐに笑みを浮かべた。

 

「そう。あなたがいいなら、こういうプライベートな時はそうさせてもらうわ。それで、すこし話題が変わるのだけれど——」

 

 そこまで言うと、彼女は軽く座り直して体を私に向け、改めて互いの顔を見合わせた。表情も観察する者へと変わり、わたしはロスマンさんが場をほぐすための会話から、本題へ話題を変えたことを理解する。

 

 そしてゆっくりと彼女は口を開いた。爆弾でも扱うような慎重さで、

 

「それで……、うちのフリッツが過去最高に表情豊かなのはあなたがいるから。そう思っていいのかしら?」

 

「表情が豊か? フリッツが……、そうでしょうか? むしろ、私が知っている彼より起伏が無くて、ずっと怒ったような顔でしたよ?」

 

 ロスマンさんの言い回しに引っかかりを覚えた。彼女はあのフリッツを表情豊かだと言ったけれど、わたしの知っているフリッツはもっと色々な表情をわたしに見せてくれていた。あの時、彼はむしろ怒った顔しか見せてはくれなかった。決して社交的ではなかったけれど、それでも表情は多彩だった。

 

 わたしが引っ込み思案だったから、フリッツは天秤の釣り合いを取るように、どこか明るく努めようとしていた。それくらい優しい人なのに、それがああして憤りばかりを見せるようになってしまった。

 

 だからこそだろう。私はむしろ、フリッツが表情の多彩さを失って、その表情が単色の色しか映さなくなったように感じた。

 

 わたしがそのように困惑しているとロスマンさんも同じように困ったような、よく分からないと言いたげな顔をした。

 

「シュナウファーさん? もしかしてだけど、あなたの知るフリッツは、私たちの知っているフリッツ・ルンペンハルトとは別人なのかしら。話を聞いているとまるで違う人のように思えるわ」

 

「……少なくともわたしの知っているフリッツは仏頂面でも、無表情でもなかった。普通の男の子で、とても優しい男の子です。私が側にいるとフリッツは私が困ってないか、いつも気をかけてくれるんですよ?」

 

 ロスマンさんは困ったように閉口する。そして少し考えるそぶりを見せ、そして思い当たることを思い出したのか目を大きく開いて、わたしをまじまじと見つめて、途端に柔い笑みを浮かべた。

 

 そうなのかと彼女は、

 

「……そう。あなたがフリッツのお姫様だったのね」

 

 ロスマンさんが言ったことを、始めは理解できなかった。だがゆっくりとその言葉を飲み込み、意味を読み取ってわたしの頬は火が灯ったように熱くなった。そんな私の反応を見てロスマンさんは可笑しそうに顔をほころばせる。

 

「そ、そんな。お姫様だなんて……」

 

「そういう話題が前にあったのよ」

 

 でも、と言ってロスマンさんから柔らかい表情が消える。代わりに彼女は

 

「だからこそ、フリッツはあなたを対等に見ないのでしょうね。きっと彼の中では、あなたは幼い貴方のまま。今ここにいる兵士としてのあなたを彼は認めたくないのでしょうね」

 

 熱くなっていた顔が途端に冷めていく。ロスマンさんの哀れみを多分に含んだ視線が、お姫様の意味するところが、決して良いものではないことを示す。お姫様に例えられ、少しでも浮かれていたわたしを、ロスマンさんは表情を厳しくしてたしなめる。

 

 ロスマンさんの表情に悪意はなく、善意でその事実をわたしに伝えようとしていることだけが分かる。

 

「ねえ、シュナウファーさん。もし彼を想うのなら、あなたは身を引いてノイエに帰るべきだわ。あんなに不安定な彼を、わたしはこれまで一度だって見たことがないの。仲間が大勢亡くなった時よりも酷い。そう言えばわかるかしら?」

 

 わたしがいることでフリッツが不安定になっている。責めるようなロスマンさんの言葉が鋭い爪に姿を変えて胸の内に突き刺さる。痛みが重い不安となって、わたしはただロスマンさんの言葉を聞くことしか出来ないでいる。

 

「シュナウファーさん、あなたが嫌いだから言う訳じゃないの。むしろその逆。あなたも、そしてフリッツが心配だから、らしくもない余計なお節介をしてる」

 

「わたしはフリッツの側にいない方が良いのでしょうか?」

 

「……戦力としてのあなたは間違いなく必要だわ。本当はフリッツが大人になって折り合いをつけてくれたらそれ終わる話しなのだけど、あの様子じゃ、そうもいかないのでしょうね」

 

「わたし、フリッツに嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか」

 

「それはないと思うわ。だって嫌っている人の話をするのに、あんなに優しい表情が出来るはずもないもの」

 

 そう言うロスマンさんの表情は、そんなフリッツの様子を思い出したのか柔らかいものだった。私の知らない彼をロスマンさんだけが知っている状況に、五年と言う時間が持つ隔絶を思い知らされ、ちくりと小さく痛む。

 

 私はただ昔と同じよう、変わって欲しくないだけだった。でも五年という時間は何もかもを変えた。カルフの街はネウロイの支配下に置かれた廃墟となり、私の家族は新大陸のノイエへ移り住み、わたしだけが戦場となったカールスラントへと帰還した。それは全て置き去りにしてしまったフリッツにもう一度会うための行動だ。

 

 でも再開した幼なじみは変わっていた。知ったはずの彼はもう無く、わたしを冷たく突き放す。わたしはどうするべきなのだろう。どうすれば昔のように彼は笑ってくれるのだろう。

 

「……なら、わたしはどうするべきなのでしょうか? 分からないんです。わたしは何をすれば、フリッツに側にいてもいいか」

 

 唇を固く結び言葉に詰まるわたしに、ロスマンさんはそっとわたしの手を取ると、

 

「側にいていいかだなんて、弱気になってはダメよ。貴方がそうしたいと思うなら、やれるだけのことをやってみなさい。だって貴方はフリッツが思うような、守られているだけの女の子じゃないのでしょう?」

 

「それは……」

 

「なら貴方の気持ちを示しなさい。それでダメなら引っ叩いて、嫌でも話を聞かせればいいのよ」

 

 そう言ってロスマンさんは破顔してクスクスと小さく笑う。予想以上に直接的な方法にわたしは顔を強張らせるけれど、わたしよりもフリッツとの付き合いの長くなってしまったロスマンさんがそういうのなら、そういう手段もありなのかもしれない。

 

 ロスマンさんは意思決定をわたしに委ねる、それ以上は何も言わなくなる。わたしは彼女に見守られながら、答えを出そうと頭を悩ます。

 

 いくら考えても、すぐに結論は見出せそうにない。

 

 

 

 ●

 

 

 

 わたしがいくら思い悩もうと世界には関係なく、時間は速度を変えず進んでいく。

 

 明くる日も、その次の日も、わたしとフリッツは訓練を重ねていく。しかしそこに事務的なもの以上の会話はなく、側にいるはずなのにわたしと彼の間には透明な壁があるようだった。

 

「あの……フリッツ」

 

「シュナウファー少尉。午後からは夜間警戒飛行があります。それまで仮眠を取るように。……それでは」

 

 話しかけようとして、にべもなく避けられた。こんな会話の繰り返しばかりだ。

 

 訓練が終わった途端にフリッツはわたしから距離を置こうとして、すぐどこかへ去ってしまう。

 

 そんなやりとりを何度も繰り返した。けれど、そんな繰り返しができるのも今日が最後だった。

 

 歩き去るフリッツが足を止めた。彼だけじゃない。基地内にいる誰もかもが足を止めた。それは基地全体にかかる放送だった。各所に設置されたスピーカーが通電し、小さなホワイトノイズが流れた。

 

 また何かの告知だろうかと誰もが耳を大なり小なり傾けて、次の瞬間にはけたたましいサイレンが基地内に鳴り響いた。

 

 放送担当の兵士の焦った声が聞こえる。

 

「緊急! 緊急! カルフの巣に動きアリ! 総員、第一種戦闘配置。待機要員はすみやかに迎撃準備に入ってください!」

 

 放送を聞くや否、誰もが自分のなすべきことを成すために動き出す。その中でわたしだけは動けず、その場に釘付けにされていた。

 

 放送から聞き馴染みのある地名が耳に入り、それが心を酷く動揺させてしまう。

 

 カルフ。かつてわたしたちが住んでいた街。でも今、その土地は敵の占領下にある。

 

 取り戻すためにわたしは一度は離れた、祖国に戻って来た。しかし、いざ訓練でない

 

 本当の戦いを前にしてわたしの足は震えて竦んでた。

 

「ルンペンハルト機、出ます!」

 

 立ち止まってしまうわたしの横をすり抜け、降りたばかりのストライカーユニットに足を通していたのはフリッツだった。飛び立とうとしていた彼に置いて行かれないように、慌ててついていく。

 

「シュ、シュナウファー機も出撃します!」

 

 発着装置に足をかけ、ユニットの発動機を起こす。特有のエンジン音を鳴り響かせながら、訓練用の模擬弾銃でなく、実弾の装填された銃をつかみ上げて飛び立つために発進する。

 

 整備士の方達は慌てつつも、飛び立つための道を開けて、彼らが下す合図とともにわたしは空へ飛び出した。

 

 空へ飛び出すと、後から追いかけて来たわたしを見つけて顔を歪ませたフリッツと目があう。彼は何か言いたげだったけれど、遠くからネウロイが空気を切り裂く飛行音を捉えると、すぐさまそちらに振り向いて戦闘態勢に移った。

 

 かつてわたしとフリッツはネウロイに引き裂かれ離れ離れになった。そして今度は、わたしたちはともに空を飛び、敵に立ち向かっている。

 

 違うのはわたし達は共に銃を構えて同じ敵へ向かっていること。でもそこにあるはずの心は、少しばかりもお互いに向いてなどいない。

 

 どうにもならないわたし達の問題は解決の糸目を見出せられることもなく、ただ世界の荒波に呑まれ、わたしにあの故郷を焼かれた日を思わせた。

 

 




前回の更新から時間がえらくかかってしまいました。これから予定が空き次第さっさと書き上げてしまいたい。
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