ゼータと上総   作:空也真朋

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107話 恭順派の敗北と新たなる危機

 キリスト教恭順派side

 

 統合司令部ビル地下五階 中央作戦指令室

 

 キリスト教恭順派の指導者・指導者(マスター)は大いに憂いていた。

 真なる信徒・キリスト教恭順派と、虐げられし人々の叫び・難民解放戦線のこの一大作戦は、いまや崩壊寸前となった。

 主戦力であるクリストファー少佐とウッダー大尉両部隊の壊滅。そしてここ中央指令室ビルにて大半の防衛戦力も失った。

 そして今また、フェアバンクス方面を防衛しているヤザン・ゲーブル中尉から新たな悪い連絡が来た。

 

 「ヤザン・ゲーブル中尉、どうした。そちらでなにかトラブルか?」

 

 『悪い知らせだ。アメリカに抜かれた。XFJ計画チームが陽動になって俺らをひきつけてる間に、ステルスでやられた。もうあまり時間はねぇぜ』

 

 となればフェアバンクス基地にユーコンの現状が報告されるのは時間の問題。だがもはや、その問題すら些細なこととなっていた。

 

 「そうか。では作戦ナンバー428を発令。ユーコン基地すべての作戦の終了を宣言する。ヤザン中尉はただちに撤退支援に移れ」

 

 『ああっ? 抜かれたとはいえ、ヤケに思い切りがいいじゃねぇか。ゼータやらソ連の機密やらは手にしたのか? いや、声明もまだ出してないってのに早々と撤収たぁどういうことだよ』

 

 「残念ながらすべての作戦は失敗し、もはや何を置いても逃げ出さねばならないところまで事態は悪化した。司令部制圧部隊は大半が失われ、クリストファー少佐、ウッダー大尉の部隊も壊滅した。もはや目標を達成することは不可能であり、米ソの特殊部隊が動きだしたなら、防ぐことは出来ないだろう。ゆえに速やかな撤収作業に移行する」

 

 『はっ、あれだけ周到な準備をしたってのに、お粗末な結果だな。アンタも神に見捨てられたんじゃねぇのか?』

 

 「手厳しいね。作戦の失敗の責はすべて私にある。責めは後に存分に受けよう。だが今は一人でも多くの同志を逃すため従ってくれ、ヤザン」

 

 『ああ、わかった。だが組織にとっては、アンタの身柄が一番大事だ。他の(モン)の撤退も随時支援するが、まずはアンタひとりを安全な場所へ送る。後のことはそれからだ。いいな?』

 

 「……ああ、感謝するよヤザン・ゲーブル中尉。君はじつに頼りになる信徒だ。では、そのようにしよう。皆に指示を与えたなら、すぐさま私は脱出経路に向かおう。では後で」

 

 指導者(マスター)はヤザンとの通信を終えると、ため息まじりに彼の副官の執事(バトラー)に言った。

 

 「ヤザンはユダとなった。いや、おそらくはこちらが目標の奪取を達成したなら、彼の背後が奪いにくる。そして私もとらえる。そういう筋書きで彼は組織に入ったのだろう」

 

 「指導者(マスター)の身柄はどのような結果であれ、この作戦の終わりに引き渡す、ということですか。では脱出プランはどのように変更いたしましょう」

 

 指導者(マスター)は小型端末を取り出し、地図を表示した。

 

 「心配はいらない。当初に教えた脱出経路はもともとフェイクだ。真のルートはここ。この場所に皆を誘導してほしい」

 

 「さすがですな。では早速残った者を集めましょう。マスターは先にお向かいください」

 

 「いや、私はここでやる事がある。我らの痛みと苦しみを世界へ訴える役目。それだけは誰かがここに残り果たさなければならない」

 

 「マスター? まさか……」

 

 と、にわかに出入り口付近が騒がしくなった。そして伝令が報告に来た。

 

 「ヴァレンタインが帰還しました。彼女だけは助かったようです」

 

 「そうか、それは良かった。ヴァレンタインには役目を頼みたい。彼女をここに」

 

 全身に打撲を負い苦渋にやつれたヴァレンタインは、彼女が感じた疑念を指導者(マスター)に投げかけた。それを黙って聞いていた指導者(マスター)は、彼女の言葉が終わると静かに語った。

 

 「そうか。つまり君はヤマシロの言葉で信念が揺らいでしまったのだね」

 

 「い、いえ、そのようなわけでは!」

 

 「いいんだ。ヤマシロの言うことはもっともだ。だが難民救済の英雄ブレックスが、そのような活動を可能たらしめたのは、彼がアメリカの名門生まれによるところが大きい。その彼の言葉だからこそ、アメリカ政財界を動かせた。ただの道端の草にすぎない私達の言葉が、快楽の園に住まう者達にとどくと思うかね?」

 

 「いえ……」

 

 「私達の訴えを届かせるためには、この血の粛清でなければならなかったのだ。流された血にはちゃんと意味はある。だが今は対話より撤収だ。ヴァレンタイン、君に頼みがある。脱出後の指揮を君にとってほしい。後事はすべて君が担ってくれ」

 

 「どういう事です指導者(マスター)?」

 

 「私はここに残る。そして予定していた声明を発表する。そうすれば皆の脱出はより容易になるだろう」

 

 「ザワザワッ」と信徒らに動揺が広がる。

 だが、後事を託されたヴァレンタインはそっと首をふった。

 

 「残念ですが私は衝撃とガレキの落下でひん死です。もはや走ることすらままなりません。ここに残り、声明を発信する役は私が引受けましょう」

 

 「痛ましいなヴァレンタイン。だが君ひとりくらいなら、だれかに担がせれば……」

 

 「あなたは!」

 

 叫ぶヴァレンタインが指導者(マスター)の言葉をさえぎる。

 

 「あなたはここで死んではいけない人だ。あなたを失えば再び難民達を集結させる事は困難となります。我々の言葉をより世界に訴え続けるためにも生きていてください」

 

 彼女の言葉に誰もが静まりかえる。指導者(マスター)すらも。

 

 「……執事(バトラー)。私はまだ罰を受ける日にあらずと思うか?」

 

 「はい。神が彼女の口を通して諭しておられるのでしょう」

 

 「よし、わかった。必ずや皆を安全に脱出させよう。撤収準備だ。例のBETA研究所にも指示を出せ。そうだ、賓客(ゲスト)にもお帰り願うとしようか」

 

 指導者(マスター)は指令室のすみにまとめて拘束してあるソ連の高官達の元へ行った。

 彼らは現在のこの指令室本来の指揮官とその側近。指揮官はブレストン准将、ハルトウィック大佐に続く第三位指揮権を持つソ連軍バジリィ・アターエフ大佐である。

 

 「やられましたよアターエフ閣下。そしてソ連軍高官の方々。我ら信徒は基地の勇者たちに散々にやられ、望みは届かず、むなしく去るのみです。あなた方はここで解放します」

 

 その言葉に高官達の間に安堵の空気が流れる。

 と、高官の中のひとりが激しく高笑いをした。Π3計画責任者のロゴフスキー中佐である。

 

 「フハハハハざまぁみろテロリストどもめ! だが逃げようと貴様らは誰一人逃がさん。わが国の特殊部隊がどこまでも追いつめ皆殺しにしてくれる! 貴様らに協力した反逆者どもも同様だ。尋問で反逆者を一人残らず見つけ出し、あらゆる拷問で処刑してくれるわ!」 

 

 「なるほど。では、われらが兄弟同胞を救うために、私はあえて罪をひとつ重ねるとしましょう。アーメン」

 

 パーーン

 

 指導者(マスター)は自らの拳銃で高官のひとりを撃ち殺した。

 

 「な……なにをする! 我々を解放するのではなかったのか!?」

 

 「ええ、先ほどまではそのつもりでした。ですが解放されたあなた方が、われらの友人を弑するというなら、生かしておくわけにはまいりません。よって解放する先は煉獄です」

 

 生還から処刑へと急転させられた高官らは恐怖におののき、ロゴフスキー中佐に憎悪の視線を送る。

 

 「なにが『そのつもり』だ! はじめから、こうするつもりだったのだろう!」

 

 「ロゴフスキー! きさま、連中の茶番にまんまと利用されおって!」

 

 パーン パーン パーン

 

 指導者(マスター)の合図で配下の信徒達は次々高官を撃ち殺してゆく。

 最後のシメとして残していたアターエフを指導者(マスター)が別れの言葉とともに送ろうとした時だ。伝令が報告に来た

 

 「指導者(マスター)、BETA研究所から連絡が来ました。たった今、全BETAを解き放ったそうです」

 

 「そうか。こちらもこのアターエフ閣下で最後だ。撤収作業を急げ」

 

 と、いきなりアターエフが部下の高官達を殺された以上に動揺し声をあげた。

 

 「待て! BETA研究所だと? どうして貴様らがそれを知っている!?」

 

 「まぁ知人の伝手でね。一研究所とは思えないほど大量のBETAを所有してるようですね。BETAを人類側の戦力に転用できないか、とでも考えましたか? 我々もこれは使えると思いましてね。撤収に使うために征圧しておきました」

 

 「クッ……だが全BETAを解放だと? バカなことを。このユーコンは……いやアラスカは終わりだ! 貴様らのバカな行動のおかげでな!」

 

 (なんだ? 妙に不穏なことを言っている。時間はないが、この言葉の意味は聞いておかなければいけない気がする)

 

 「指導者(マスター)、お急ぎください。信徒が不安がって統制が難しくなっております」

 

 「もう少し待て。神は真の信徒を見捨てない。必ずや道を示していただける。そう伝えておきなさい」

 

 そんなやり取りをアターエフは鼻で笑う。

 まるで何かが”キレた”というような狂笑じみた表情(かお)だ。

 

 「フン、何が神の真の信徒だ。きさまらは最悪の虐殺者だ。だが、どうせ貴様らはひとりとて逃げられん。貴様らがしでかした研究所BETAの一斉開放。それによってアラスカは終わりだ。地獄でさばかれろ、この狂信者どもめ」

 

 「先ほどもそのような事をおっしゃっていましたね。ですが研究所のBETAは予想より多いといっても、広大なアラスカを蹂躙するには至りません。それが何故、アラスカが終わりとなるのです?」

 

 「敗残の身で逃げ出す貴様らに教えて何になる。だが【レッドシフト】……この名だけ教えてやる。これ以上は身をもって知るがいい。私は貴様の銃弾などでは死なぬ!」

 

 言い終わると、アターエフ大佐の体が「ビクンッ」とふるえた。

 そして見る見るうちに顔を土気色に変えて息絶えた。

 

 「自決用のカプセルを仕込んでいたようだ。彼の言葉は気になるが、急ぐとしよう」

 

 

 【レッドシフト】

 それはアラスカがBETAに呑まれた際に発動する緊急非常システム。

 ベーリング海峡を越えてアラスカに上陸したBETAがユーコン基地に到達した場合、地中深くにしかけられた数千の水爆が一斉に起爆するのだ。

 上陸したBETAを殲滅すると同時に新たなる海峡を築き、防衛戦の再構築を図るというシステムである。

 

 

 

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