ゼータと上総   作:空也真朋

111 / 124
111話 キリスト教恭順派落日

 鎧衣左近Side

 

 アラスカ港郊外海岸

 

 シロッコ氏が、郊外の海岸近海にて脱出するキリスト教恭順派の潜航艇を撃墜したという連絡を聞き、美琴とともにその場所へ来てみた。

 その話が本当だとしても、その潜航艇は海の藻屑。夕暮れの海岸は波のざわめき以外なにもない。寒々しいアラスカの海は、ただ静かに波の音だけが聞こえている。

 

 「さぁて。キリスト教恭順派指導者(マスター)の死亡の可能性。多少手間でも、その真偽は調べなければなりませんな。潜水服の一式でも陳情しておきますか」

 

 「ああっ! 父さん、あれ!」 

 

 美琴が叫んで指す海の一点を眺めると、そこには人が波間に漂っていた。意識はないようで、ぐったりしながら波間に揺られながら漂っている。

 

 「おっと、これは僥倖か。手がかりらしきが、この広大な海から見つかるとは」

 

 すぐさますべての服を脱ぎ捨て海に飛び込んだ。

 後れて後ろから「ドボン」と音がする。見ると、美琴も同じように服を脱ぎ捨て海に飛び込んでいた。

 

 「美琴、おまえは岸で待ってなさい」

 

 「海難救助はひとりじゃ無理だよ。父さんなら出来るかもだけど、ボクもいるのに海で無理はさせられないよ」

 

 泣かせることを。しかし娘の服の一切を身につけてない姿に「モヤッ」とする感情もまた有る。しかたない、ともかく救助を早くに終わらせよう。

 

 どうにか美琴と協力してその海難事故者を岸にあげた。蘇生措置をしながら彼の姿をよく観察してみると、「まさか?」という思いが心によぎった。

 やがて蘇生の甲斐あって、その救難者は目をさました。だが、助かったことに喜ぶ様子はまるでなかった。

 

 「……助けられたのか、私は。まったく最後まで上手くいかないものだな。このアラスカが私の運が尽きる地ということか」

 

 「その赤髪とその他特徴。キリスト恭順派の指導者(マスター)ですな」

 

 「……そうだ。認めよう。私こそが人に主の福音とご意思を説く伝道師。指導者(マスター)は同胞らが勝手にそう呼んでいるだけだがね」

 

 「あなたの調査は長年してきましたが、まさかご尊顔を拝する日が来るとは思いませんでした。これでキリスト教恭順派を終わらせられます」

 

 「最後に信徒たちを裏切ってしまったな。私はあのまま海の底に沈み、生死不明となるのが役目であったろう。あの人と同じ終焉の空を見たいと願ってしまい、あがいてしまった」

 

 「あなたには色々聞きたいことがあります。その身柄、丁重に運ばせてもらいますよ」

 

 「残念だが、それはかなわん。私はすでに毒を飲んでいる。遅効性で効果に今しばらく時間がかかるがね。このまま空でも見て終わるとしよう」

 

 「それはまた…残念ですな。どうにかしようにも、とれる手はありません」

 

 やはりこの男は最後まで周到だな。本来ならまた行方を掴めぬまま消えていたであろうこの指導者(マスター)を、しとめたシロッコ氏はやはり非凡ということか。

 

 「……マスターさん。どうして……あなたが救ってあげた人達にテロなんてやらせたんです?」

 

 ふいに美琴が彼に話しかけた。どこかしら彼に思う事があるのだろうか。

 

 「恭順派と戦ったみんなから聞きました。難民の子供たちはあなたに救ってくれたことを本当に感謝してたって。その恩返しに、あなたと共に戦う決意をしたんだって」

 

 「………………」

 

 「どうして、そのまま正しく優しく生きる道を示してあげなかったんです? えらい人達を殺して脅して何かを得ても……そんなの間違っています。何にもならない」

 

 彼は美琴の瞳を眩しいもののように見つめた。

 やがて何かを思い出すかのように話しはじめた。

 

 「私はね、壊れているのだよ。かつて私は妹を殺した。妹は社会主義国家の権力者に洗脳され、スパイに仕立て上げられ、私のかつての仲間を窮地に陥らせた。その後捕まえた妹を、私は身の証を立てるために自ら殺した。そしてその日から、私は世界と権力者に拭い去れない憎悪を抱くようになってしまった」

 

 彼は社会主義国出身か。彼の世界への憎悪はあそこの権力闘争の余波によってはぐくまれたものだったのか。

 

 「だが一方、世界に希望も持っていた。私のかつての隊長が、いかな逆境にあろうとも決して世界に希望を見出していた人だったんだ。彼女の燈した希望の灯は、いまも私の心にある」

 

 「憎悪と希望……それがあなたのテロと難民救済の理由なんですね」

 

 「ああ。だが……結局は私も汚い権力者になっただけかもしれないな。計画ために基地の機密をエサに裏の世界から戦力を募った。救った難民もテロの兵にした」

 

 「そう……ですよね。あなたが救った人達も、もっと別の生き方を示してあげたら……きっと……」

 

 美琴はポロポロ涙を流しはじめた。

 私の娘とは思えない感受性だな。私にはこの話に流せる涙など一滴もないというのに。

 

 「どうして泣く? 君には関係のない話だろう」

 

 「わかりません。でも……悲しいんです。あなたも……あなたが救った人達も……」

 

 「そう……か。最後に君のような純粋な娘に出会えたのも僥倖かもしれんな。君は私のような汚い大人にはなるな。私の友人達のように悲しい人間にもなるな。あの人の信じた希望は必ずある」

 

 やがて彼にも落日が訪れる。この海岸より少しだけ早い落日だ。

 

 「アイリスディ-ナ……これがあなたの見た最後の空か。綺麗なものだな。……リィズ、殺してゴメン。今度こそ……ずっと守るから……」

 

 世界を相手におそるべきテロを幾度も成功させてきたキリスト教恭順派の指導者(マスター)。その実態は意外なほどに普通の男であった。

 

 遠い昔に失ったであろう女性に思いをはせ、悲しみを憎悪に、ただ世界にぶつけていただけの男だった。

 ともかく、彼の物語は終わった。

 その死を知らしめ負の連鎖を終わらせるのが私の役目であろう。

 

 

 

 アラスカの海岸に日が沈むころ、一台の軍用車がとまった。そして中から出てきた女性将下士官。彼女こそ私が呼び出した人物だ。

 

 「お呼びたてして申し訳ありません神宮寺軍曹。本来なら私はあなたとは会うことはないはずなのですが」

 

 「鎧衣さんですね。鎧衣美琴訓練兵のお父様の。それで私にいったい何のご用でしょうか」

 

 私は足元の毛布をはがして中の遺体を彼女に見せた。

 

 「まずはこの遺体をご覧ください。私と美琴が海に飛び込んで助けたのですがね。毒をあおって自死いたしました」

 

 「自死? ということはテロ組織の関係者でしょうか」

 

 「さすが話が早くて助かります。キリスト恭順派の中心人物、【指導者《マスター》】と呼ばれる首領です」

 

 「なっ!? ……たしかなのですか?」

 

 「私は本物と見ています。潜航艇で逃げようとした所、何らかの事故によって海に投げ出されたどり着いたと思われます。ここの海底を調べれば、よりはっきりするでしょう」

 

 「であるなら事は大き話となります。この遺体、ユーコン基地に預け徹底的に調査するべきですね」

 

 「さて、そこで問題なのですが。私は少々表に出るのは、はばかれる身でしてね。そこで神宮寺軍曹、あなたにお願いしたい」

 

 「つまり私にこのことを報告してほしいと? かまいませんが、彼をどのうな経緯で発見したのでしょうか?」

 

 「まぁ経緯は、彼が海を漂っていたところを私と美琴が飛びこみ拾い上げた、といったところなのですが。どうにか私が関わった部分を消して報告していただきたい」

 

 「……なるほど。鎧衣訓練兵のお父君は貿易商と聞かされていましたが、実は情報関係あたりということですか。しかし、そのような大きな虚言をアメリカ軍部に弄すというのは」

 

 「なに、これをあなたと美琴の手柄にしておけば、香月博士が上手く活用していただけます。またキリスト恭順派首領の死を大きく公表することで、テロの鎮静化もはかれます。どうか博士のため社会のため、この役目、引き受けてください」

 

 「………わかりました。波間に彼が漂っていた所を、私と鎧衣訓練兵が引き上げたことにいたしましょう。生徒に嘘をつかせるのは気が引けますが、大義のためしかたありません」

 

 「ありがとうございます。では、私はこれで」

 

 世界を震撼させたおそるべきテロ組織『キリスト教恭順派』の首領指導者(マスター)

 

 彼は死をもって世界の舞台から降りた。

 

 だが、代わって新たな天才が世界に立った。

 

 【パプテマス・シロッコ】

 

 並みいる世界の衛士を凌駕する腕を持ち、最悪のテロリスト指導者(マスター)すら仕留めたおそるべき男。

 

 山城上総と旧知な所から、謎のアナハイム・エレクトロニクス社の関係者と思われるが、さて。

 

 彼はこのBETA大戦の時代に、いかな波紋を投げかけ何をもたらすのか。

 

 「未来の英雄を調べるとしますか。どうやら私に大きなツキがめぐってきたようです」

 




 第6章終了です。
 ソ連も第五計画派も恭順派もなくなっちゃったけど、これからどうしようか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。