ソビエト特殊部隊スペツナズ隊長ゼレノフ軍曹side
二日前 ソ連軍管区 機密研究棟
ソビエト軍の誇る特殊部隊スペツナズの隊長ゼレノフ軍曹は、襲撃された機密研究棟の調査と清掃作業を命ぜられていた。
ソビエト軍の中でも最重要の機密を扱うこの場所がこうも荒らされ機密を奪われ、要人が多数殺された跡地をみて歯噛みする。
「チッ、国家の機密がこれだけ荒らされたってのに、結局俺らは出ずじまいか。いったい何のための特殊部隊なんだか。あの腰抜け少尉め。出動をグズったあげくこの始末だ」
「その少尉なんですが、現場の検証と清掃はゼレノフ軍曹に一任すると出ていかれました」
「なにぃ? 特殊部隊を清掃屋に転職させたあげくサボタージュかよ。どこまで無能なんだ」
「いえ、あまりに凄惨な死体を見たことで気分を害したようです。初めて死体を見るのがコレですからね」
「ったく。それがどうして特殊部隊の指揮官になれるんだか。政治ってのは、とても向いてるとは思えねぇ野郎が上官になったりするのかよ」
尊敬する元上官サンダーク中尉までも殺されたというのに、仇もとれず、清掃屋に成り下がったわが身が悲しい。仇をとろうにも、この研究棟を襲撃した連中はすべて骸になっている。中尉が一人で奮闘して倒したらしい。
だが調査を進めるうち、どうにも奇妙な痕跡が浮かび上がってきた。中尉の死亡した研究室。そこに襲撃連中以外に誰か別のグループがいたように思えてならないのだ。
「ゼレノフ軍曹。サンダーク中尉が受けた銃弾はすべて背中からのものです。こんなにも死体の損壊は激しいのに、前面は驚くほど綺麗ですから」
「クッ、サンダーク中尉が敵に背後をとられる不覚なんざとられるワケはねぇ。やはりこれは友軍と思わせた連中の仕業か!」
「ですね。『恭順派の死体の状況から、これはサンダーク中尉一人の活躍によるものではない。誰かしらの友軍がいた』という軍曹の見立てですが、こうなるときな臭くなってきましたな」
「ああ。かならず見つけてやる。おい、情報を抜かれたPCに何らか痕跡は残ってねぇのか!?」
「調べてはいますが、やはりプロの仕業ですので痕跡など残っていません。ですが……か細いながらも一点だけ痕跡を見つけました。ここから情報を抜いた情報員は、おそらく日本人です」
「日本人だと?」
「ええ。セキュリチィを突破するコードは、おそらく帝国情報省が開発したものです。またスペルミスにも日本人らしい特徴が出ています」
「日本……日本か。たしか上の連中は日本と同盟を結ぶ工作をしていたな」
「ですがその一歩となる戦術機供与も、それを作る開発集団がこの有り様です。おそらく流れるでしょう」
「……なるほど、つながったな。友軍のフリをしてサンダーク中尉を殺ったのは、その対抗勢力。日本の同盟反対派の連中だ」
「ですがゼレノフ軍曹、早まった真似はよしてくださいよ。そうであっても断定はできません。党を動かせるほどの特定など不可能なのですから」
「まぁ、そうだな。わかっているよ」
だが直接手を下した奴を調べることは不可能でも、命令を出した奴を考えるのは、そう難しいことじゃねぇ。
反対派の先鋒は、XFJ計画でこちらの戦術機供与案を止めようとした篁中尉。
ブルーフラッグでこちらのチェルミナートルの優位性を証明されたヤツは、恭順派の襲撃で混乱した隙間をぬって開発集団を潰そうと考えてもおかしくねぇ。
「チッ、とにかくこの考えを上げておくか。中尉の仇を討てって話になることを祈るぜ」
ところが、俺が報告を上げる前になぜか『タカムラを殺せ』という命令が上から来た。
まぁ理由なんてどうでもいい。サンダーク中尉の仇をとれるなら、やるぜ、俺は!
統合司令部ビル二階
「一発で決めろ。撃ったらすぐさま撤収。われわれの存在を知られるワケにはいかんのだからな」
と、我らが特殊部隊スペツナズの腰抜け指揮官ジェブロフスキー少尉は偉そうに言った。
この作戦を提案したのは何とこの人だったらしく、珍しく張り切っていやがる。
「了解。距離は三百。スペツナズにこれを外す奴はいませんよ」
俺は窓の側で狙撃銃PSR-1をかかえて答える。隣の観測役のイワンはひと言もしゃべらず律儀に窓の外を見続けている。
テロリストが基地内を闊歩し、ソビエト軍管区の機密エリアにまで侵入し、研究者上級将校を多数殺されたのに、スペツナズは何ら働きはしなかった。
その失点を取り返すために、なんとしても日本との密約を復活させたい上層部はXFJ計画のとん挫を願った。
そしてその方法として、ジェブロフスキー少尉はスペツナズにXFJ計画開発主任タカムラの抹殺を提案したのだそうだ。
その提案は可決され、今にいたる。
まったく、特殊部隊スペツナズがこんなお使い仕事に全戦力をかけねばならないとは。
しかし、この実戦経験のまったくない腰抜け少尉の元の作戦。友軍の指揮官殺しをわれわれの仕業と悟られぬ工作のためなら、全力を尽くさにゃならん。
タカムラは現在司令部に出頭しており、それに解放されれば実験機のチェックに向かう。
そのタイミングでの狙撃を決めた。
距離は三百メートルほど。当てるのは難しい事じゃない。問題はいかにわれわれがココに居ることを隠蔽するか、だ。
『テロリスト残党が統合司令部ビル内に潜んでいた』というのは無理がありすぎる。
やがて無線から連絡がはいる。
『司令室からタカムラが出ました。間もなく野外ハンガー方面玄関から出ます。不始末やらかした相手と別れて一人で向かうはずです』
「よし、構えろ! ぜったい外すなよ。万一にも外したら我々は終わりなのだからな」
「わかってますよ。終わるまで黙っててくれませんか。狙撃に集中が大事なことくらいわかるでしょう」
俺は窓からPSR-1の銃口を出して構える。
風速、待機密度は測定済み。バランス補正とボアサイティングも完璧。
窓の外の光景は通常通りに人気はなし。この場所を仕事の現場に選んだのは、この人気のなさも理由だ。
「ウォッカ4、お前は作戦通り、現場を駆け抜けて目撃されろ。
この工作で、タカムラを撃ったのは恭順派の残党だとだと思われるはずだ。そして狙撃した場所が、この統合司令部ビル内だということも隠蔽出来る。
「曹長、出ました。風速、右向きに微風なれど、この距離なら問題ありません」
双眼鏡を覗きこんだまま固まっていたイワンは初めて声を出す。
「了解。あとは周囲の観測に徹しろ。上手い具合にダミーの人形に向かっている」
スコープの先には歩くタカムラの姿。サンダーク中尉の仇とはやる心をおさえ、スコープに集中。
あと五歩、四……三……二……一
人形を手にした! 動きが止まっている。絶好のキャストだ!!
グッ……
「曹長! 事態発生。女性士官がタカムラに向かって走ってきます」
なんだと!? クッ、狙撃を見られる!
しかし、このタイミングで撃ち気は止められない。
ターーン
命中はした。スペッツナズなら当然だ。しかし――
「くそっ最悪だ。なんで、まだ撃ってもいないのに飛び出してくるんだよ……」
即死絶対確実のはずのタカムラも、撃った瞬間振り向いて体をひねったせいで、芯を外した。
出血は多いが浅かったかもしれん。
そして最悪の
マズイ。あのままじゃ助かっちまうかも。
それ以前に、狙撃を見られた。この司令部ビル内が狙撃地点と知られる可能性が高まる!
「…………チッ、しょうがねぇ」
無駄な殺しは好みじゃないが、あの女を生かしておけば作戦もスペッツナズも危機に陥る。
ふたたび銃身をかまえスコープで女の頭を覗き見る。
―――だが、十数秒後に知った。
この女は最悪どころか、俺らの死神であることを―――