ソビエト特殊部隊スペツナズ ゼレノフ軍曹side
統合司令部ビル二階
「おい、どうなった? 撤収を指示していいのか?」
「よくありませんね。彼女のお仲間の女性士官が来てタカムラの止血をしてます。それに狙撃を見られた。『恭順派の残党が基地内から狙撃』ってのは、だいぶ無理がありますね」
「なんだと!? こ、殺せ! 銃声で人が集まる前に何としても!!」
「ヘイヘイ。まったくド素人が。『狙撃兵のいる場所からはさっさと逃げろ』と教わらなかったのか? どんな軍事教練を受けてきたんだか。まぁ、こっちとしちゃ、厄介な目撃者をたやすく始末できるんで文句なんてないがな」
完全に動きが止まっているんで、ヘッドショットも楽勝だ。
かわいい顔に照準を合わせ……
ターーン
「……なにっ!?」
スコープの向こうで信じられないものを見た。
引き金を引いた瞬間、タカムラの手当をしている女性士官が転がり、弾をかわしたのだ。
「どうした、生きているのか!? なにをやっている! それでもスペツナズか!」
「それどころじゃありません。あの女、基地内シーバーで連絡をとっている! それにこっちを見ている! この場所がバレているぞ!」
タカムラを狙わせないためのオトリか? だが、姉ちゃんを殺ることが撤退の絶対条件。
ミエミエの陽動にノルしかねぇ!
「くっ、殺せ! とにかく一刻も早く殺すんだ! これがわれわれの仕業だとバレたら祖国は……!」
「わかってます。もう工作なんて考えてる場合じゃねぇ」
最後の予備弾を銃身にセット。俺の全能力全予測をかけて引き金を引く。
ターーーン
「……終わっちまったな」
力なくPSR-1を放り投げ、椅子に座った。
姉ちゃんは、今度はあっさり二、三歩歩んでかわしたのだ。
「軍曹殿……」
「ウオッカ3……イワン、悪かったな。緊急一号だ。用意してくれ」
「…………了解」
俺は懐の一本だけ隠してあるタバコを取り出し火をつけた。
そいつを吸う俺を見て腰抜け少尉は血相を変えて怒鳴り出した。
「な、なにをしている! 作戦中に何のつもりだ! 貴様、それでもスペツナズか!」
「すいませんね。コイツは最期が来たら吸うって決めていた一本なんですよ。少尉殿。緊急一号を全部下に指示してください」
「なっ! 作戦区域内の全メンバー自決だと!?」
「ええ、作戦は失敗しました。今思えば、タカムラを再度狙った方が勝機はあったかもしれません。弾をかわすようなバケモノ士官がいるなんて話、聞いてませんぜ」
「いや……たしかZの搭乗者は光線級のレーザーすら見切ってかわすことが出来ると聞いている。そしてヤツは今、この基地にいる」
「そう、か。ヤツか。まったくツイてなかったな。ターゲットの近くにそんなバケモノがいたなんて」
「とにかく逃げるぞ! こうなったら隠蔽は捨てて一刻も早く撤収する!」
「だから無駄なんですよ。とっくに姉ちゃんのレシーバーからの連絡は保安隊に届いているはずです。ほら、来た」
ユーコン基地の四方八方から陸戦兵の部隊が出てくるのが見える。
狙いはまっすぐこの部屋。あらゆる通路は塞がれ、二重三重に包囲はしかれるだろう。
通信からは周囲に配置してあるすべての部下から緊急コール。
俺はタバコをもみ消し、あたふたしている少尉殿にかわって緊急コールで部下に直接命令をする。
「全メンバーに告げる。緊急一号だ。あらゆる証拠は灰にする。われわれも含めてな」
「おい待て! なにを勝手に命令している? それは私の領分だ!」
「アンタにこの決断は無理だ。無理な脱出を指示されて、証拠を残したり捕えられたりするわけにゃいかんのですよ」
「テロ残党が高性能爆薬など持っているはずがない。疑いの目は確実に祖国に向くぞ!」
「それでも、ここで我々が捕まるよりはマシでしょう。任務が失敗しようとも、証拠を消しての自決が成功すれば、家族は粛清される事はない。それが俺たち特殊工作兵への最後の慈悲ってやつです」
少尉はとつぜん腰が崩れヘナヘナとへたりこむ。まさに腰抜け。
「あっ……ああ……死ぬのはイヤだ……苦労してここまで昇りつめたのに……」
「少尉殿。世の中を知りませんね。どんなに真面目に働いて地位を築いても、ある日とつぜんバケモノが現れて殺されて死ぬ、それが人の一生になっちまったんですよ、BETA大戦以後はね。俺たちの前に現れたバケモノはまだ優しい。死ぬ前に少しだけ猶予をくれたんですから」
そして有能な部下達は俺たちが話してる間、たちまちに準備をしてくれたようだ。まったく本当に死なすのが惜しい。
「ゼレノフ曹長、S-11起動準備整いました。各作戦区域の隊員も自決準備ととのいました。いちおう『マスターの死の報復だ』と叫んだ仲間が連中の前で自決する手筈です。これで騙されてくれれば良いのですが」
「上等。あとは祖国が上手く火消しをしてくれるさ。さ、少尉殿。これで心残りはなくなったでしょう。忠勇なる部下に最後のご命令を」
さんざん悩まされてきた腰抜け上官だが、最期ともなると可哀そうに思えてきた。
だから最期の花道は譲ってやったのだが、腰抜けはどこまでも腰抜けだった。
いきなり元気づいたかと思えば、とんでもない事を言い出した。
「そ、そうだ、亡命しよう! 我々はソビエトの裏を多く知っている。その情報はどの国にも千金の値があるはずだ。諸君、まだあきらめるのは……グエッ」
ゴキリ
一瞬で腰抜け少尉の首に腕をまわし頸椎をへし折った。
「仮にもスペツナズの指揮官がアホなこと言わんでください。裏の兵士にも誇りはあるんです」
暗憺たる気持ちでクズの死体を放り捨てる。このクズが余計なことを言わなけりゃ、もう少し前向きな気持ちで逝けたものを。
その様を見ていたイワンはポツリと言った。
「最強の兵士のはずの我々が、ロクな戦果も出せずに終わってしまうなんて……あの訓練の日々は何だったんですかね」
テロ襲撃の時も腰抜け少尉のおかげで出撃できず、今また、たった一人の士官暗殺任務で部隊全滅の浮き目にあう。部隊の誰もが死ぬことにためらいはなくとも、無念だよな。
「……だがどうあれ、俺たちは死力を尽くした。あとは逝こうぜ」
「了解」
―――基地内に残っていたキリスト教恭順派残党は日本帝国斯衛士官タカムラ中尉を狙撃後、爆破により死亡。また相当数の残党が残っていたらしく、基地内あちこちに自決したメンバーが現れた。
これを受け、ハルトウィック基地司令代理は基地内の徹底捜索を命じた。