「なななな、なぜ篁さんがここに!? いったい何が起こりましたの!?」
「『なぜ』『どうして』を問うヤツは戦場じゃ生き残れないよ。とりあえず篁さんの診断かな。サブシートに座らせて」
「なんて冷静で的確な思考と判断力! まるでAIのようです!」
「『まるで』じゃなくて本当にそうだからね。原因はゼータの機体中のサイコフレームが異常起動しているせいだろうね。もっとも、どういう理屈で人間をワープさせたのかはわからないけど」
ともかくいう通りに篁さんをサブシートに座らせると、ハロは篁さんの全身をゆっくりスキャンして診断した。
「軽く診断した結果だけど手術は成功している。回復目前だね。ただ長期間寝たきりだったせいで体力は落ちているし、傷を塞いだ部分も脆くなっている。戦術機に乗るにはリハビリが必要だね」
「とてもゼータの機動に耐えられるものではありませんね。博士に預かってもらいましょう」
このまま篁さんをサブシートに乗せたまま空のドライブっていうのも憧れるんだけどね。
全周囲モニターの中なら景色が八方に映し出されるから、二人で空を飛んでいる気分になれちゃうね。ウフフ。
「とりあえずガレキの除去だけして、博士の元に戻りましょうか」
「そうだね。さて、どこまで話そうか……っと、ウワサをすれば博士から通信だ。ボクは黙るから、あとはヨロシク」
「了解です」
ハロが通信機能をオンにすると、そこから香月博士の声がした。
『どうしたの。アンタのZガンダム、ずいぶん光っているけど?』
「機体の中のサイコフレームがフル起動しました。制御が難しい状態です」
――『なんだと? すまない、少しかわってくれ』
通信の向こうでシロッコが博士に話しかける声がした。
サイコフレームの話題が出たとたん飛びつくとは。
ずいぶんコレに脳をやられてるな。
『ああ、ちょっと待って。シロッコが代わってほしいって言うから代わるわ。何か言いたいことがあるそうよ』
博士にかわりシロッコの声が通信から響いた。
『カズサ、私だ。君のZガンダムには各所にサイコフレームがあるのか?』
「そうです。ずいぶん興味がお有りですね
『君に送られたサイコフレームは私の最大の研究課題となったからね。ぜひ、そのゼータを調べたいのだがね』
「…………まぁ、サイコフレームの研究は緊急ですわね。わかりました。協力いたします」
『感謝するよ。では……クッ!?』
キュピィィィン
「ああっ⁉」
互いに同時にセリフが途切れた。
脳内にニュータイプ特有の戦慄が走ったのだ。
「シロッコさん、感じましたか?」
『ああ………君のゼータのサイコフレームにひかれて来たようだ』
巨大なプレッシャーがせまってきている。
手足になる量産型BETAをみんな切り捨てているはずだから、問題のBETAの大元がみずから来ているということか。
『急いで離脱したまえ。一切をふりきってな』
おや? シロッコの声の調子が変わったような。
まるで、なにかひどく落胆して沈んだような感じか?
「ですが、そちらは? チャーター機で飛べば空を覆うサイコプレッシャーにやられてしまいます。陸路で逃げられるのですか?」
『こちらを気にかけるな。アレが来れば、この場にいる人間はすべて死滅する。君だけでも逃げろ』
――!!!?
「なにを言ってるんです? それではまるで死ぬ覚悟のような⁉」
『その通りだ。観測できるか? 太平洋を異常なスピードでせまるプレッシャーを』
ハロがすばやく、その存在を提示してくれた。
シロッコの言う通り、それは中国方面からおそろしいスピードを駆って、このユーコンを目指し突き進んでいる。
そしてオレも感じはじめていた。
それは星そのもののような圧倒的巨大なサイコプレッシャーを放つ存在であることを。
『われわれは遅かったのだよ。もはやアレから逃げることは不可能だ』
「は、博士に代わってください! 上官の判断をあおぎます!」
『――かまわないから逃げなさい。シロッコが言うなら、本当にそうなんでしょう。本当にこの新種はいつもこちらより一手早いわね』
『――上総、俺だ。夕呼先生とシロッコ、それにここに居るみんなは俺が何とか逃がす。お前は先に離脱するんだ』
白銀、博士――
「…………了解」
暗澹たる気持ちで通信を切った。
命令であろうと、みんなを見捨てるような指示になんて従えない。
こうなったら――
「ハロ、しばらく操縦を代わりなさい。とにかく篁さんにノーマルスーツを着せます」
衛士強化装備を着て乗るようになってから元から備えてあったノーマルスーツはしまったままなのだ。久しぶりに役に立ってもらおう。
宙間戦闘用のスーツだから、対G性能は強化装備よりはるかに優れている。日本に置いていったりしないで本当に良かった。
「それはいいけど、これからどうするの? 言われた通り逃げる?」
「いいえ。こちらを追ってくるのなら、ヤツを太平洋上へ誘導します。要はアラスカへ上陸させなければいいのです」
「いいけど、篁さんを乗せたままじゃ無理だよ。とても戦闘機動に耐えられる体じゃない」
「少々乱暴ですがここに置いていきます。アルゴスの誰かに連絡して回収してもらいましょう。そうすれば――」
――ブオオオオンッ
その時だ。急な強風が吹き上がりコクピット内が大きく揺れた。
モニターを見ると、そこにはさらなる地獄絵図が映っていた。
被災者は吹き飛ばされ、ガレキも吹き荒れる風に飛ばされて、さらなる負傷者を増やしていく。しかもなんと、その風は車さえも転倒させて人々を押しつぶしている。
「な、なんです、これは!? こんなひどい嵐がなぜ急に?」
「ヤツだよ。ボクたちをここから逃さないつもりだ。強力なサイコウェーヴの波動で局地的な嵐を生み出しているんだ」
糞ッ! これじゃ篁さんを置いて行けないじゃないか!!
「この風じゃウェイブライダーは飛ばせませんわ。どうしましょう」
「ウェイブライダーには変形しないで低空で飛行して進むんだ。手足でバランスをとればどうにか行ける」
「わかりました。ですが、まずは彼女を置いておける場所を探してからです。」
どうあってもこの子だけは守る!
それだけは、もう決めたんだ。
篁さんを置いておけるような場所をサーチして各所の映像を映して探していると。
――「やましろ……さん」
隣のサブシートから彼女のうめくような微かな声がした。
「篁さん? 気がついたのですか?」
「いずみ……安芸……志摩子……」
「はい?」
「戦時任官でも……私たちは……衛士になったんです……」
「夢を見ているんですの?」
おそらくは帝都防衛戦のころの夢。
あどけない顔であの時の仲間を激励している。
「戦いましょう……ここは……私たちの故郷。こわくても……」
「…………そう……でしたね」
あの頃の彼女たちは、未熟ながらも命を懸けて衛士の務めを果たした。
結果、故郷は蹂躙され篁さんの仲間はことごとく戦死した。
「…………篁さん、わかりました」
――え?
「ハロ、時間がありません。このまま行きましょう」
「え? 正気? 篁さんはいいの? せっかく奇跡で生きているのに。乗せたままだと、彼女の体力的に生きてられない可能性が高いよ」
長い危篤状態と入院期間で、彼女の体力は危ういほど低下している。
こんな状態の彼女を乗せて戦うなんて、彼女を殺すようなものだ。
だけど……
「衛士は千引きの岩。ユーコン基地にいる人たちのためにも、一刻も早くヤツを誘導しなければなりません」
「ど、どうしちゃったの?」
まったくだ。
オレは本当に自分の意思で話しているのか?
「………わかった。いいんだね?」
「ええ……」
パイロットスーツの中で眠る彼女の寝顔をもう一度見た。
そして彼女の手を強く握りしめる。
「これで良いのでしょう、唯衣?」
眠ったままの篁さんと会話なんかしちゃってるし。
いったいどうしちゃったんだろうね、オレ。
不思議現象が飽和したまま、ゼータはユーコン基地から飛び立つのであった。