31話 閑話・篁唯依
上総、白銀来訪の前日譚
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篁唯依Side
――――いつの間にか、空を見上げることがクセになってしまった。
あの日、空に消えた彼女の面影を追うように。
いまも彼女は、人類が失った空を自由にとんでいるのだろうか――――
ポンッ
「よっ。相変わらず空を見てぼうっとするのが好きだな、唯依ちゃんは」
XFJ計画の日本側の責任者としてこのアラスカ・ユーコン基地に赴任して数日。
仕事が終わり、基地より出ていつものように夕映えの空を見上げていた時だ。
懐かしい声とともに背中をたたかれた。
「まさか!?」と思いつつも振り返ると、やはりそこにはあの人がいた。
「おじ………巌谷中佐!? どうして
頬に大傷がある、いかつい顔ながらも優しい表情をした、大好きな叔父様。
帝国第壱技術厰の巌谷榮二中佐がそこにいた。
「仕事さ。どうしても
「い、巌谷中佐! ここで子供あつかいは困ります!」
「はっはっは。なに、俺もまわりに人がいたら、さすがに日本側の開発主任を『唯依ちゃん』なんて呼ばないさ。奇跡的に唯依ちゃんだけだったんで、久しぶりに呼んでみたくなったのさ」
この人の前では私はいつも子供にもどってしまう。
もう日本戦術機開発技術の現場責任としてアラスカにまで来て、日本の国運を担うプロジェクトを任されている立場だというのに。
「さて、叔父姪の間柄はここまでだ。これから計画の上官として任務の話をする。帰宅前で悪いが、ブリーフィングルームへ来てくれ」
「了解いたしました。篁中尉、ただいまよりブリーフィングルームへ赴きます」
私は気を引きしめて敬礼をする。
どうやら計画に大きな転換があったようだ。
叔父さまがわざわざユーコン基地に来たことからも、その重大さがうかがえる。
ブリーフィングルームの広い部屋には私と叔父様の二人だけ。
しばらくここを借り切ったという。
そして叔父様は話を切り出した。
「国連軍日本支部より試作戦術機が二機、演習に来る。篁中尉にはその機体の演習の手配と警備。およびテストパイロット二名の世話と検査の主導をとってもらいたい」
「どういうことです? いえ任務に否はありませんが、このXFJ計画には日本の戦術機開発の未来がかかっているはずです。一刻もはやく不知火の改修機の完成をのぞまねばならぬときに、他の戦術機の世話などをやいているヒマなどあるのですか? ハイネマン氏も、ここで計画を遅らせる事案に文句を言ってくるのでは?」
「この話をうけたのは他ならぬハイネマン氏自身だ。話がきたときに即刻、受けてしまったそうだ。おかげで帝国もユーコンも、国連日本に相当の借りをつくってしまった。まぁそれはこっちの仕事だが」
「ハイネマン氏が? 彼はこのXFJ計画に相当の情熱をもって取り組んでいるように見えましたが、まさか他の戦術機に浮気をするような方とは。私の見込み違いでしたか」
「はっはっは。”浮気”か。たしかに戦術機は女に似ているな。だが、こちらもハイネマン氏を責められんよ。佳人がかの”Z”であるならばな」
――――――!!?
「そしてその
「――――まさか!?」
「山城上総少尉。彼女が来る」
――――――――!!!!!!
「で、でも、彼女も”Z”も明星作戦で失われたとの噂がありますが? 『G弾に巻き込まれた』という話はガセだったのでしょうか!?」
「…………………貴様の精神的負担を鑑みて、未確認の噂レベルの話としておいた。だが実は、かの機体は爆心地の中心にあったのだ」
「ええっ!?」
「帝国としても、あれを生き延びて健在な機体と彼女には興味がつきない。計画を多少遅らせてでも、調べる機会を逃すわけにはいかないのだ。やってくれるか?」
「………はい。いえですが、彼女は脱走兵となっているはずです。そのあたり、帝国斯衛としてどのように対処すればよろしいのでしょうか?」
「それは取引によって無かったことにされた。山城上総少尉は京都防衛任務の後、国連軍に出て日本支部へ所属。大東亜連合への協力任務を経て、この任務についた………ということだ」
裏取引でそういうことになったのか。
罪を取引で消すなんて”汚い”と思わないでもないが。
でも山城さんが日本に帰れるようになったのは、素直にうれしい。
「了解いたしました。篁中尉、出向してくる二機の試作戦術機。および二名のテストパイロットの手配を請け負います」
敬礼とともに声を張る。
「うむ。話すことはできないが、この機体”Z”こと【Zガンダム】には、様々な上の思惑がからんでいる。貴様が考える以上にこの任務は大きい。それだけは心にとどめておいてくれ」
「はっ!」
決意を示すように直立不動の姿勢をとり、敬礼も再びした。
◇ ◇ ◇
叔父様から話を聞いてから数日間。
私は基地内の居住の手配や格納庫の準備などを完璧にやった。
彼女が使うことを考えると、自然と熱が入ってしまったのだ。
そして来訪の当日。ユーコン基地航空路。
私はいつもしているように、航空路で空を見上げていた。
今日は幻ではない、本物の彼女を待ちながら。
「タカムラ中尉、寒いでしょう。車の中で待ちませんか?」
私の助手についてきてくれたCPオフィサーのカナレス伍長が隣で言った。
自身もブルブルふるえて寒そうだ。
「ありがとう、でもいいんだ。このまま待たせてくれ。貴様は私にかまわず車内に居ていいんだぞ」
「そんなこと出来ませんよぅ。上官を外に出して自分だけ車内にいるなんて」
「すまんな。どうしても、こうして待ちたいのだ」
つき合わせるカナレス伍長には悪いが仕方がない。
こうしていなければ、あの日からの見上げた日々が嘘になってしまう気がするのだ。
私はまた空を見上げた。
――――私の唇を奪い、空へ逃げた彼女。
戸惑い悲しみ怒り憂いて。
それでも、私は彼女のために祈っていた。
もどるはずのない飛行機を、空を見上げて待っていた。
もう一度、あの空から私の元へおりてくる時を―――――
「あっ! 中尉、来ました! あの輸送機がそうですよ!」
空にポツンとあらわれた輸送機を指刺して彼女は言った。
やっと寒さから解放されることで、子供みたいにはしゃいでいる。
私もそれを見て、少しばかり心躍った。
「空を見上げるのも、もう終わりかな」
「え?」
「…………いや、なんでもない。さて、世界中を騒がせた戦術機を運んできていただいたテストパイロットだ。手厚く歓迎するとしようか」
輸送機はいつしか轟音が聞こえるほどに近づき、着陸態勢にはいった。
私はいつの間にか笑みを浮かべていた。