クリスカはイーニァを一人で帰らせ、オレ達と共になじみの店【ポーラ・スター】へついてきた。そして皆から離れ、カウンターの片隅でご指名のあった篁さんと座る。
――――いったい自分はどうして、こんな可愛い服を着てこの女といるのだろう。
篁さんはそんな顔をして呆然としていたので、オレも心配になってついててやることにした。
彼女の右隣にはオレ。そして左隣はソビエト衛士のクリスカ・ビャーチェノワ少尉がいる状態だ。
皆には気をつかって離れたのだろうが、飲みながらもこちらを注目している。やはり皆も楽しむどころではなくなったようだ。
「タカムラ中尉、ヤマシロ少尉。ずいぶんと奇妙な恰好だな。私はそんな恰好の士官と話すのは初めてのことだ。少し調子が狂う」
「わたくし達の恰好には触れないでください、ビャーチェノワ少尉」
篁さん渾身の『女の子のがんばり』が水の泡になったばかりだから。
「そうだ、この恰好のことはいい! 今夜はたまたま気分を変えてみたかっただけだ!」
たしかに気分は変わったろう。最悪な方向へ。
「ゴホン! それでビャーチェノワ少尉、私に何の用だ。まさか『この恰好の私に興味をもった』というわけでもなかろう」
「それは………いや、それも少しはあるか。今夜のタカムラ中尉は普段より話しやすそうに見えたのでな。私の個人的興味について聞きたいと思ったのだ」
「あら。思わぬ相手を引きよせましたわね、篁さん」
「こ、光栄だ。貴様にそう思わせたのなら、こんな恰好をしてみた甲斐もあったものだ」
まったく甲斐はないよね、篁さん。
私服なんかすすめたオレはちょっと罪悪感。ごめんね。
「いいだろう、話してみろ。貴様の個人的興味が向いているものとは何だ」
「それは、わたくしも気になりますわね。あなたが個人的興味で西側の士官である篁さんに接点を持とうとした理由。わたくしも聞いて良いものか分かりかねますが、興味はあります」
「……………………………ああ、それは」
クリスカが小さくとまどったような後の質問。それは意外なものだった。
「ユウヤ・ブリッジスについて聞かせてもらいたい」
「……………………ええっ!?」
「……………はい?」
「彼は優秀な衛士だという評判はきいている。が、私はそうは思わない。戦術機技術が多少あろうと、演習で貴重なテスト機を壊すなど二流以下だ。状況判断の弱さは、そのまま現場の問題につながる」
あーうん。たしかにそういう所は実戦での不安要素になるよね。君に関係あるとは思えないけど。
「彼には何か特殊な才能があるのか? 一人で私達を凌いだそこのヤマシロ少尉より。彼に何があるというのだ?」
オレも同じ質問を彼女にしたくなった。
篁さんも同様らしい。
「ブリッジス少尉については、演習で見せたアレがすべてだ。あれから多少は腕をあげたが、ビャーチェノワ少尉が気にするようなことがあるとは思えんな。貴様こそ、ブリッジス少尉の何をそんなに興味をもつ?」
「……………彼に興味を持っているのは私ではない。イーニァだ」
「シェスチナ少尉が彼に? どうしてだ?」
「わからない。こんなことは初めてなんだ! どうしてイーニァは、アイツにそんなに!」
ああ、なるほどね。
ソビエト衛士の彼女が何事かと思いきや、本当に個人的な悩みだった。
要するに過保護なお姉ちゃんが、妹の思春期の成長にとまどっているというわけか。
ついでに、その答えまでもわかってしまった。
オレはニュータイプの共振で、イーニァのユウヤへの感情を感じたことがあるから丸わかりなのだ。
イーニァはユウヤに恋をしている。
どうしてそうなったのかはわからないが、とにかくそうなのだ。
「ユウヤ・ブリッジス! いったい奴に………奴に何があるというのだ! イーニァが気にせずにはおれない何が…………っ!」
ハムレットの如き苦悩だな。たしかにオレはイーニァの感情を感じたからわかってしまったが、彼女の様子で才能だ何だのの話になるか? 単純に女の子のときめきに結びつかんのか?
「何もありませんわビャーチェノワ少尉。思考があさっての方向に遠回りしすぎですわ」
こんな余計なことを言うんじゃなかった。
クリスカはギラリと目の色を変えてオレを睨む。
「な、なにヤマシロ少尉! 貴様はわかるというのか!? イーニァの心惑う理由を!!」
「ええ、わかりますわ。シェスチナ少尉はですね。ユウヤに………………あっ」
いや、これはオレが告げて良いものだろうか?
こんなことを自分の知らない所で知られるのは嫌なものだし、知られる相手は溺愛が過ぎるクリスカ。『そんな西側の退廃した感情をもつなど!』とかでいじめられるかも?
おまけに、そのユウヤを好きな篁さんまでいるし。
「どういう意味だヤマシロ!? おまえはイーニァの何を知っている!?」
「いえ、やはりこれは、わたくしの口から言うべきものではありませんわ。とにかく、そんな思い詰めるようなことではありませんので、気にしないでけっこうですわ」
だがクリスカはオレに詰めより、胸ぐらまでつかみやがった!?
正気か!? ソ連士官が西側の士官にこんなマネをしたら、ただじゃすまないんだぞ!
「言えヤマシロ! いったい何を知っている!? あの子は最近、様子がおかしい! なぜかあのブリッジス少尉にひどく興味を持っている! 何故だ!? 彼に何があるというのだ!?」
「やめろビャーチェノワ少尉! 山城少尉を離せ!」
篁さんが叫ぶと、後ろで成り行きを見ていたアルゴスのみんながきた。
「おいおい、おだやかじゃねぇなぁ。いくら何でも、それはいきすぎだぜソ連さんよぉ」
「このイワン女! こうなりゃ、ここであの時のケリをつけてやる!」
「いや、それはやめろって! 本当にユーコン基地に紛争がおこるぞ」
「とにかく落ち着いてくれ。みんな自分の立場を理解してくれ」
ステラさんはオレに急接近し声をひそめる。
「カズサ、本当にあなたソ連の軍事機密を知ってしまったの? だとしたら、ここは危ないわ。すぐ日本へ帰る用意をしておきなさい」
ぐっ軍事機密!!? どこからそんな話が出てきたのだ!?
ただ『女の子が恋をしている』ってだけの話だぞ!
――――――結論を言えば、オレは大事になる前に言うべきだった。
クリスカの背景は、【特殊実験開発部隊】というそれはそれはソ連の重大な軍事機密をあつかう場所だったのだから。
その士官が血相を変えてオレに『言え!』とか、『何を知っている!?』とか言っていたらどうなる?
はい、ソ連軍事機密の漏洩疑惑がモリモリ。国際問題一直線です。
このあと、オレと篁さんは仲良くMPに連れられて宿舎に帰り、ドーゥル中尉に長時間のお小言くらいました。可愛い服のままで!
さらに【サンダーク中尉】というクリスカの上官のソ連士官までやってきて、軍事機密漏洩に関する尋問まではじまった。可愛い服のままで!!
せめて着替えさせてくれ!
見せ甲斐のない冷酷おっさん軍人の目が痛くてたまらない!!
結局、篁さんの恋のがんばりは、新たなライバルの存在を知っただけで終わってしまったのだった。
紅の姉妹のエピソードはこんなものでいいかな。ヒドイ話になってしまったけど。
じゃ、次回からやっとソ連編をはじめよう。