91話 キリスト教恭順派の蠢動
アメリカ合衆国・アラスカ州某所
世界各国の
だがその裏では、おそるべき陰謀を画策する一団が闇にうごめいていた。
ユーコン基地の哨戒待機ハンガー内の警備室では、保全要員を装った工作員の襲撃によって
基地の通信施設はすでに彼らに押さえられており、コード一つで簡単に休眠モードとなってしまうのだ。
彼らは【キリスト教恭順派】。
おごそかな宗教団体の名とは裏腹に、世界各国で深刻なテロ行為を行う一団である。
以前手を組んでいたオルタネイティヴ5の助力もあって、兵器すら擁する装備。
元軍人からなる経験豊富な戦闘部隊。
そしてその首謀者である
これらによって、世界の首脳陣に脅威を抱かせるおそるべきテロ集団であるのだ。
そしてその仮の指揮所であるユーコン基地近郊の某所。
その薄暗くさして広くない部屋には、雑然と積み上げられた電子機器と共に複数人の男女が集っていた。プロジェクターの前に立つ、顔に大きな傷のある精悍な壮年の男はおもむろに言った。
「今朝方、準備が整ったと報告があった。計画を次の段階へ進行させる。難民戦線も動いてもらうぞ、ヴァレンタイン」
ヴァレンタインと呼ばれる褐色肌の彼女は、恭順派ではない。
恭順派と合同作戦を行う難民解放戦線のリーダーである。
彼女は嫌そうにその実働部隊隊長クリストファー少佐に応えた。
「……大東亜エゥーゴから流れてきたメンバーが動揺してるわ、クリストファー。古巣の思わぬ活躍でね」
「たった一人一機で、世界各国の並み居るテストパイロットをことごとく撃破か。いったい何者だ? その新たに代表となったパプテマス・シロッコという者は」
「残念ながら、エゥーゴ組でも誰も知らないそうよ。どうやら、つい最近エゥーゴに入り代表になったようだけど」
「フ……まさか『そいつの正体が判明するまで決行を遅らせる』などと言わんだろうな?」
「それもアリね。計画に些細な見逃しもあるべきじゃない」
「ハハハ慎重なことだ。決行が十年先にまで延びなければよいなぁ?」
「そもそもだけど、今回の計画にはイレギュラーが多すぎるわ。いきなり始まった例の大演習。それによって基地の警戒レベルも上がった。そして世界最強の戦術機Zガンダムと、そのパイロットまでいるのよ。なのに決行なんて、私みたいな凡人には理解できないわね」
「完全な計画がないように完璧な状況もありえない。事をおこすには必ずリスクが伴うものだ。おまえはただ安全策という消極に逃げたがっているだけではないか?」
「それで言葉を封じたつもり? 計画の立案当初には無いほど、状況は変わってるって言いたいの。やはり演習が終わって、帰る連中が帰ったあとに動くべきじゃないの? ウチの実働部隊は、残念ながらアンタのとこほどの練度はないわ。イレギュラーにはあまり強くないの」
「フン、泣き言か? おまえの妹は、早く動きたいとせっついているぞ」
「……クリストファー。あんた、妹に妙なマネをしたら……」
組織の中核を担うふたりの応酬は淡々としたものであり、荒々しさはない。
だがその溝の深さは際立ち、周囲にいる者達には緊張を強いられる。
暗澹たる雰囲気の中、その声は響いた。
「――――私は今こそ好機だと思う」
場の緊張は嘘のように霧散した。
その声は上座に座る赤毛の男――彼らを導く
彼の声は染み入るような優しさと、人を安心させる響きがあった。
「ヴァレンタイン、君の懸念は正しい。計画や作戦は何度でも練り直すことができる。されど、失われる命はただ一回だけ」
「――はい」
「されど我々が直面する状況を打開するため、全身全霊で作戦を立案してくれたクリストファーもまた正しい。状況こそ変わったが、ある程度の修正で対応可能だ。そして当初より、より大きな果実を手にすることが出来る」
「それは、いかなるものでしょう。
「Zガンダム――あれはかつて、エゥーゴの持たざる者たちの希望となった機体だ。あれを手にすれば、我々の大義はよりいっそう多くの人々に響くだろう」
―――ザワリ……
演習中の機体の奪取は、計画の内にはいっている。
しかし、その中に伝説の機体を入れることには、やはり大きな波紋をよんだ。
「ほう……面白くなってきたな。たしかにアレには乗ってみたいものだ」
「本気ですか? あれの操縦法はかなり特殊だと思われます。動かせるかは不明でしょう」
「パイロットも共に奪取すればいい。難民戦線にはエゥーゴから流れてきた者がいるな。彼らにパイロットのカズサの説得をまかせよう」
「……了解。主の御心のままに」
「それに日本の要人の娘たちもいる。そいつらの命を上手に使えば、言うことを聞かざるを得んだろうな。Zガンダム奪取には俺の腕利きを向かわせよう。エゥーゴ組のヤツラはビビらんよう、よく教育をしておけ」
クリストファーには鋭い目線でだけで応じる。
「今朝がた届いた潜入成功の報。これこそは主の導きであり、行動すべき時を示す啓示。私にはそう思えてならない」
その言葉を聞く者達全員が、熱のこもった眼差しでマスターに感じ入る。
「我ら主の子等がどれほど努力を重ねようとも、零れ落ちる悲しみは尽きることはない。だが恐れてはならない。われらは世をあるべき姿に戻し、主の計画を実現するために自らを捧げると誓ったのだ」
彼の言葉は信者らの信仰心に響き、高揚と多幸感の奔流となって迸る。
「行動しよう―――救われるべき子等のために」