鎧衣左近side
大東亜連合専用
本来は、ブルーフラッグ中のユーコン基地の敷地内にもぐり込むための、シロッコ氏の整備兵という立場。
だがそのシロッコ氏が思わぬ奇跡的な戦果を上げ続け、彼の情報価値は世界的な特記事項にまで跳ね上がった。ゆえに私は悠陽様の懸念を差し置いて、彼の身辺調査に専従せねばならなくなってしまった。
その結果、情報省から整備の人員や補修物資などが気前よく送られてくるので、毎回の激戦にも関わらずF-15改は完璧に仕上げることが出来るのだ。
「またどうにか演習に出られるよう仕上げましたよ。まったく毎回四機相手の大立ち回りとは、整備泣かせのお方ですな、あなたは」
システムチェックを終えたシロッコ氏は、満足そうに氷のような冷たい目に笑みを浮かべた。
「君には感謝してるよ。どこからか、ここには無い補修部品を調達してきてくれることまで含めてね」
ふむ、シロッコ氏は私の正体を薄々感づいているのか?
「ですが機体を騙すのもそろそろ限界。無茶な取り回しのツケが蓄積しています。スクラップは近いと心得てください」
「うむ。コイツもよくがんばった。私を次のステージへ押し上げてくれるのに十分な働きをしてくれた。あとは今日のソ連戦を征すれば完璧だ。あちらも米軍を破ったことで、最強が二つになってしまったからな」
「しかし……毎回思うのですが、演習後の機体はいつも酷い状態なのに、それに乗っているシロッコさんはまるで平気ですな。普通ならとっくに重症患者でなければおかしいのですが」
「別に私が超人の肉体を持っているわけではないよ。無論、そのシステムも機密だがな」
私がシロッコ氏を調べていることを知りながら、意味深なことを。
妙に遊ばれている感じだ。
「しかし目に見えないダメージは蓄積しているかもしれません。どうでしょう。ブルーフラッグが終わったら、私のツテのある病院で検査しては? 衛士専門の病院で、大がかりな検査器具も多々ある所なのですが」
「フフフ、そんなに私の体の状態が気になるかね。鎧衣くん」
――――!!!?
「驚くことはない。私が君を承知ということは、とっくに分かっていただろう。それとなく伝えていたからな」
「……いや、まさか私の本名までご承知とは思いませんでしたよ。誰かに調べさせたのですかな」
「残念だが、私に諜報員の素性まで調べ上げる情報網などないよ。君の名を知ったのは、ほんの偶然さ。出てきたまえ」
その言葉で隣の工具置き場から出てきた少女を見て少なからず驚いた。
青い髪に、まったく女性らしく成長してない少年のような体の女の子。
「父さん……」
わが娘の鎧衣美琴だ。
「……美琴か。しょうのない奴だ。いったいどういう経緯でお前がここに?」
「前に整備兵の恰好した父さんとこの辺りで会ったよね? だから、この辺りのハンガーで整備兵をしてるかと思って探してみたんだ。そしたらシロッコさんと出会って、もしかしてウチの整備兵かもしれないって言われて、ここに来たんだよ」
ああ、まったく。こんなマヌケなスパイはいるものではない。
もう笑うしかない。
「はっはっは。いやしかし、やはり身内のいる場所に仕事で来るものではありませんな。この場合、どうしたら良いのでしょうな?」
「なに、君が諜報員だとしても私は一向にかまわん。というより、整備兵応募の段階で諜報員らしき者を選んでいたのだよ。スポンサー候補になってくれそうな国のな」
ああ、まったく。こんな知略の怪物みたいな人間に探りなど入れるものではないな。
素直に手を組むのが最善か。
「かないませんなぁ、どこまでも聡いお方だ。ではスポンサー候補として言います。あなたの目的はおおよそ達成したことだし、今日の演習、負けませんか?」
「ふむ? ソ連に賭けてでもいるのかね」
「パートナーの体を心配しての言葉です。たしかに演習はレーザーポイントで被弾判定を競う安全な戦闘ではあります。それでもあの
「フフフすまんが、その忠告は無視させていただこう。目的とは別に、私は見てみたいのだよ。この世界でのニュータイプに手を伸ばす愚か者の成果をな」
ニュータイプ?
何を指した言葉なのか知らないが、彼にとってひどく重要な言葉のように感じる。
「時間だ。そろそろ出るとしよう。……む?」
いつも薄い笑みを浮かべているシロッコ氏の表情がいきなり険しいものになった。
彼の視線の先を見てみるが、ただの工具置き場だ。
「どうなさいました? なにもないようですが」
「……いや、なにやら悪意のようなものをな。数日前から感じていたのだが、今日になって一段と黒い感情がユーコン基地全体を覆っている。鎧衣くん、すまないが警備部隊待機室あたりを見回ってきてくれないか。どうにもそのあたりに悪いものがあるような気がする。武装をしてな」
◇ ◇ ◇
サンダークside
ソビエト連邦軍機密エリア
Π3計画専用棟 地下三階会議室
薄暗い室内で、私とベリャーエフ博士は、計画の総責任者であるロゴフスキー中佐にビャーチェノワ少尉、シェスチナ少尉の状態を説明していた。
彼女らはほぼ単騎で米軍のラプターおよびXFJ計画の不知火・弐型を降したが、その代償はすさまじく、修復のために浄化槽につかりきったままだ。
「――以上。両素体のダメージはあまりに大きく、これ以上の演習は止めるべきでしょう。当初の目的の米軍派遣部隊とXFJ計画開発チームを降し目的は完璧に達成されました。どうか中止のご決断を」
だが輝かしい戦績にも関わらず、ロコボフスキー中佐は不機嫌そのものの顔。言葉もうめくようだ。
「”完璧”だと? 本気で言っているのかね。君達も知らんわけではあるまい。このブルーフラッグにおいて、わがイーダル小隊と同じく無敗のまま突き進んでいるチームを。それもただ一機でだ!」
ああ、やはりそれが問題になったか。本来なら完璧に進めたブルーフラッグに、とんだイレギュラーが紛れ込んだものだ
必死に無表情をつくろっているが、心中に激しい落胆を感じた。
「大東亜連合のパプティマス・シロッコ。奴の存在は我々の計画の評価を著しく下げている。世界へ『我々への恭順こそが人類への救済』と知らしめることを難しくしている。ベリャーエフ博士、彼をどう見る」
「あれは……やはり強化はしているのでしょう。ですが、ろくなバックアップもなしに、どうやって体を保てているのかまるでわかりません」
ああ、その一点だけでも奴が
だが、それを口にするわけにはいかない。
決断しよう。やはり、あのパプティマス・シロッコを破るしか道はないようだ。
「その謎の解明は今後の課題でしょう。ですが今は、間もなくはじまる奴との直接対決にいかに勝つかです。勝利さえすれば、党への弁明は立ち時間が稼げます。ベリャーエフ博士、大丈夫なのでしょうな?」
「戦術シミュレーションでの対戦結果は99.8パーセントの高確率の勝利と出ている。しかし……」
「しかし? なにか不明な点でも?」
「奴が素体と同様の能力を有しているとしても、F-15ではこれまでの対戦相手にも勝てるはずがないのだ。それほどの致命的なハンデを負っているのに、奴は勝ち続けている!」
「なるほど。シミュレーションの確率はあてにならないというわけですか」
暗澹たる気持ちになる。またしてもわからない事だらけだ。
「ええい、細かいことはいい! とにかく奴との勝負は絶対に勝て! いざとなればプラーフカを最大にしてもかまわん」
「それは……いくら何でも無茶では? 計画の全貌が世界中に知られてしまうことになりますよ」
「そ、そうです! XFJ計画と米軍との演習でも無理をさせ、素体も限界です。崩壊してしまいますよ!」
「黙れ! 党本部は我々に疑いの目を向けているのだ。計画を漏洩させたのではないかとな」
ああ、それか。この無能がこうも焦っている理由は。
「な! そ、そんな……機密保持は完璧です!」
「ともかく勝利だ! 奴との演習に勝利し、世界にわが国の有用性を示し、日本帝国を抱き込むことが出来たなら、アターエフ閣下が我々の身を安じていただけることを確約してくれた。わかるな? 我々にはあとがないのだ!」
「わ、わかった! 万一の準備はしておこう!」
『もはや止められない』と目を閉じた。
クリスカとイーニァ……この演習で死ぬかもしれんな。
あのパプティマス・シロッコという男、どこまでも祟る。
奴さえいなければ、全ては完璧なシナリオに乗せられたものを。