キリスト教恭順派side
統合司令部ビル地下五階 中央作戦指令室
耐爆隔壁に囲まれた中央作戦指令室が存在するフロアには、高度なセキュリティパスが設定されている。そこに至るエレベーターや通路でさえ、多重のセキュリティチェックポイントを通過しなければならず、極少数の要人以外、近づくことすら出来ない――そのはずだった。
現在そこはキリスト教恭順派が征圧しており、その基地司令席には彼らの赤毛の盟主・マスターが鷹揚に座っている。
基地中心部この場所までこれたのなら、彼らの目的成就もあと少し。
「現状の報告を」
彼は悠然とした様子で、精悍な印象の金髪女兵士に促す。ふわりとした金髪のくせ毛をヘアバンドでややアップさせている。
彼女は仲間から受け取ったファイルを読み上げる。
「全細胞は13時丁度に作戦を開始。通信センターの占拠。警備部隊への浸透。三軍の駐留部隊の襲撃。指揮官定例会議に集まった各指揮官の排除。各演習場にて試験中の開発部隊の制圧。これらに成功をおさめ、そして今、中央作戦指令室の占拠にも成功いたしました」
「けっこうだね。作戦は概ね成功といえるだろう」
「ですが小さな綻びもあります。Z搭乗者の山城上総中尉と日本帝国要人のご令嬢達の訓練部隊捕獲に失敗し、指揮官ルーデウスは死亡。訓練部隊は武器を手にし、ここ統合司令部ビル内を逃走しています」
「ふう。まさかルーデウスが、このような小さなミッションでヘタをうつとはね。浸透征圧をいくつも成功させてきた有能な男だったのに」
「そしてXFJ計画専用ハンガーですが、ハンガーの征圧には成功したものの、チームは戦術機で逃走されたもようです。他にも米軍インフィニティーズ、中華バオフェンからも数機」
「そちらのことは想定済みだ。征圧箇所が多岐にわたるため、いくつかの征圧漏れは起こすだろうとは考えていた」
「では、何か手を?」
「逃げ出した戦術機部隊は、もっとも近くのフェアバンクス基地を目ざすだろう。そこに網を張っている」
「さすがです。しかし非武装とはいえ、生半可な者では名だたるテストパイロット達を網に捕らえることはできないでしょう。腕はたしかな者でしょうか?」
「ああ。第五計画派が健在な頃だ。そこから『神の愛に目覚めた』という衛士を引き取った。【ヤザン・ゲーブル】という男でね。相当な腕の持ち主だよ」
「それは……大丈夫なのでしょうか? いえ、マスターのお目を疑うわけではありませんが、出自から見てスパイともとれます」
「その心配ももっともだ。が、その場合の手も打ってある。もっとも彼は任務を楽しんでいるようだからね。明確な裏切りでない限り好きにやらせるさ」
神算権謀の隙のない計画をたてるマスターが言うならば、そのヤザンという男のことは心配ない。となれば目下の小さな問題は、マスターの計画を外した山城中尉と訓練部隊の少女たち。
「さてと。勇ましいお嬢さん方の件だが、この階上であまりお転婆をされるのはよろしくない。この件はどう処理するのかな?」
「
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山城上総side
統合司令部ビル八階通廊
「
オレが先の敵部隊を感知しそれをまりもちゃんに伝える。
「榊、まかせる。貴様が指揮をとれ」
「は、はいっ。各人兵装自由。合図とともに攻撃開始」
まりもちゃんは何故か自分はハロを抱えて戦闘の出来ないオレの援護につき、榊さんに指揮をまかせる。もうみんな落第したってのに、まだ教育しているのかね。
「
「え、えいいいっ」
タタタタタタタタッ
珠瀬任姫さんの射撃はおそろしく速く正確。
相手に一切の動きを許さず、たちまち敵集団の手足が撃ち抜く。
「はあああっ」「ぐるんっ」
ひるんだ敵中に、勇ましく御剣さんと彩峰が飛び出し瞬時に征圧。
戦闘時に見るとこの二人の身体能力は凄すぎだ。十数人もの男達を近接戦闘で征圧って、どんな運動能力してんだ。
「ふうっ。中尉の言う通り、数は多くても練度は低い部隊でしたね。しかし……わかるのですか? どこに危険な部隊がいるのか」
「ええ、殺気の強い場所に居るのが戦ってはいけない敵。わたくしには、そういうものを感じとる能力があるのです」
オレのニュータイプ能力はBETA以外だとイマイチ鈍いが、頑張ればそのくらいは分かる。
しかし危険な敵を避け弱い敵を撃破しながら来たが、結果上へ上へと昇ってきてしまった。
「出口の一階は遠ざかるばかりですね。危険な敵が階下から追ってきますし」
「一階へ降りても脱出は絶望的でしょう。当然入ってきた通用門は封鎖されているでしょうし、あちこちシャッターも降りていて出られそうな場所はありませんでした。こうなると逃げ出すのは困難であります」
さて、どうするか。
今のところは戦えているが、敵もこのまま損害が増えれば本気になってくるだろう。
現に殺気の低い、つまり練度の低い部隊は後退しつつある。
かわりに来るは殺気の高い部隊。おそらくは手練れ。
それがジリジリ迫ってきている。
連中に捕捉される時期は近い。
自由に動ける時間はあまりないぞ。
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キリスト教恭順派side
「お嬢さん方はどうした。やけに時間がかかるが」
「申し訳ありませんマスター。連中、こちらに誘導しようとした方には行かず、追い立てる練度の低い部隊にばかり切り込んで、まるで埒が明きません」
「ふむ、損害は?」
「ルーデウス以来死者は出ていませんが、負傷し配置につけなくなった者が多数。このままでは支配時間に重大な齟齬が生じてしまいます」
「マンパワーの低下はまずいね。ただでさえ、この規模の基地を支配するには人手が足りないというのに。いくらあっても足りるものではないが……日本帝国の要人の娘さんが来ているということで、色気を出したのはまずかったか。強欲の罪はかくも重いね」
「申し訳ありません。すべては私のいたらなさの責任。ですが……」
「わかっている。一時的に精兵の配置を解こう。そしてお嬢さん方を捕らえることに注力させてくれ。時間をかけず迅速に」
「はっ、ありがとうございますマスター。ついては、元エゥーゴの者を連れて私も出ます。うまくいけば説得して投降させることもできるでしょう」
その女兵士の名は【ヴァレンタイン】。難民解放戦線のリーダーである。
「ふむ。良いがイブラヒム・ドーゥル大尉の時のような不手際は気をつけたまえ。もし、あくまで抵抗するようなら……」
彼の名にヴァレンタインは苦い思いを抱く。
彼はかつて難民キャンプで自分と妹を救ってくれた精悍な英雄だった。
仲間になってもらいたく説得しようとしたが、結局逃げられ、外に連絡をしている所を射殺した。
大勢には影響がなかったものの、一歩まちがえば作戦の根幹が揺るがす大事になる所だった。
「はい、もはや情けは捨てます。もし説得に応じないようであれば即座に射殺します」
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山城上総side
統合司令部ビル十二階通廊
「まずいですわ……」
「まずいですか。逃走の目処もたたないまま、とうとう……」
テロリストどもが本気になった。
オレらを探して追ってくる連中が、みな手練れになったのだ。
それに上へ上へと昇ってきてしまったせいで、容易に封鎖される場所に追い込まれつつある。結局のところ、最初にテロリストどもにハメられた時点で詰んでいた。
「総戦技演習を思い出すな。この時間切れがせまり追い詰められていく感覚」
「演習では答えが用意されているけど、ここでそんなものはない。やっぱりイチバチで突破?」
「ええっ? 彩峰さん、それはいくら何でも」
「ダメよ。明確な脱出方法が見えない間は戦闘は回避しないと。いえ、山城中尉の判断には従いますが」
「軍事教本ではこのような場合、味方との合流を考えることが推奨されております。もっとも、ここでそれは望めぬでしょうが」
嗚呼、中尉の肩書が重い。オレが最上位階級だから判断を下さなきゃなんないんだけど。
こんなどうしようもない中、どんな決断をしろってんだ。
と、ハロが「ピピーッ、ピピーッ」と『話があるコール』をする。
内部モニターのメッセージを見ると、向こうもヤバい状態だ。
『ヤツラ、ボクの本体をハッキングしてコクピットを開けようとしている。システムをメチャクチャにされてるし、もう逃げ出したい』
それはマズイ。『ハロが自立思考をしているメカと知られるのは危険すぎる』とタイプしておく。
さすがにこの秘密だけは、この世界のどんな人間にも知られるわけにはいかない。宇宙人に攻められ追い詰められている人間が、非人類の高度な知能を持つ存在にどんな拒否反応を示すかわからないからだ。唯一秘密を知っている白銀にも『このことは絶対知られるな』と言われている。
ああ、もうどうしたら良いんだ。ゼータも助けなきゃなんないし、みんなも無事にこのビルから脱出させないといけない。けど、正攻法ではどうしようもない。
…………決断するか?
いろんなタブーを取っ払って、ゼータで暴れてテロリストどもを壊滅させて、ハロと逃亡。
基地がテロリストに征圧された直後なだけに、後の追及はキビしいだろう。が、それもこの状況を切り抜け生き延びられたらの話だし。
…………やるか。
禁断の最終手段を決行だ。みんなを守るためには苦い決断もしなきゃならない。
決断をハロにタイプで知らせようとした時だ。
「あーあ。この空から、味方の空挺部隊でも飛んできてくれればいいのに」
訓練部隊の娘たちの雑談から、彩峰のそんな呟きが聞こえた。その言葉だけがやけに印象的に。
ピコーーン
ひらめいた!
彩峰、君は訓練部隊の中でイマイチ苦手な娘だったけど、今ので大好きになったよ。
君のおかげで思いついた。
ハロの正体を知られずに救い、皆をこの包囲網から解放し、ついでにこの基地を占拠しているテロリストどもを壊滅させる方法を!
オレは素早くハロに作戦をタイプ。
『ハッチを開けろ。その後……』
「中尉、そろそろ次の行動を決めねばなりません。いかがいたしましょう」
ちょうどハロに作戦指示のタイプが終わったところで、まりもちゃんが声をかけてきた。
さてと。それじゃあ初めて小隊長らしいことをしようか。
「二〇七訓練部隊諸君! これよりわたくし達は最上階展望室にて防衛戦を決行いたします。武器弾薬をありったけ集めバリケードを築き敵を迎え撃つのです!」
「「「えええっ」」」と、全員が驚きの声。
「無茶です! それは救助が来ることが前提の作戦です。そのようなことをしても最終的には捕まるか戦死するだけです!」
「軍曹、訓練部隊諸君。反対意見を禁じます。そして上位命令としてこの命令には従ってもらいます。ただし約束しましょう。この作戦の先に、必ず全員を生きて包囲から解放すると」
さーて。こんな無茶無謀な命令でも聞くだけの練度はあるかな、落ちこぼれ諸君。
「……っ、了解しました。ただいまより二〇七訓練B分隊は籠城戦にそなえます」
「ふふん、面白くなってきた。英雄様のそれらしい所が見れるかも」
「迷いなし。ただ己を一本の刃となし振るうのみ」
「ふえええっ。見学に来ただけなのに、どうしてこんな事に」
よく言った(珠瀬ちゃん以外)。
もう君たちは落ちこぼれじゃない、立派な兵士だ(一人微妙だけど、射撃が神業だから良しとしよう)。