ボイスガール~世界で初めての声優やります!~   作:Leni

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7.旱天慈雨

 タナカさんが新しい魔法を開発するのを、地元で待つ日々が始まる。

 しかし、待っているだけでは時間を無為に使うだけなので、日中は肉屋の売り子をやりつつも、夜は本の朗読の練習を行ったりもしていた。後は吟遊詩人のお兄さんの元へと行って、歌の練習などもして貰った。お金は声優をしていた間に、国からの補助金を主として十分稼いでいる。なら、半年の間自己研鑽のためにそのお金を使うのも、決して間違ったことでは無いと思う。

 

 ただ、家で本の朗読をするのは、両親達に迷惑なのではないかと思うようになってきた。迷惑なのかと聞いてみてもお父さんは無言で首を振るし、お母さんは気にしないで良いのよと言ってくれる。でも、肉屋の仕事で疲れて家で休んでいるというのに、これでは気が休まるものも休まらないだろう。

 そこで私は、スゴマジ芸能プロダクションがスミッコ港町に確保している、事務所家屋を使うことを思いついた。

 声優は辞めて補助金も新しく受け取れなくなった私だけど、プロダクションには所属したままの状態だ。タナカさんがいろいろあれこれしてくれたため、休業という扱いだ。

 

 町の外れに行き、事務所へと辿り着く。そして扉を開け――ってあれ、鍵開いてる?

 

「どなたですか」

 

 事務所の中から聞こえてきた声に、身体がこわばる。まさか泥棒とか不法滞在者とか!?

 

「ああ、ココロンさんですか」

 

 と、私の名前を呼ぶ不審人物。私の名前を知っているの? と室内をよく見てみると、そこには見覚えのある男性一人がソファーに座っていた。さらには見覚えの無い男性が椅子を蹴倒して立ち上がっており、もう一人見覚えのない少女もソファーに座っていた。

 見覚えのある男性、それは。

 

「スゴウデさんですか……」

 

 スゴマジ芸能プロダクションのプロデューサーの一人、ビンワーン・スゴウデさんだ。

 そこで私は、はっと気づく。

 

「あ、そうですよね、スゴマジ芸能プロダクションの事務所だから、スゴウデさんが居てもおかしくないですよね」

 

「ええ、仕事の打ち合わせに使わせて貰っています。ココロンさんは何かご用事ですか?」

 

「はい、朗読の練習をするために場所を使わせて貰おうと……」

 

 私はそう言って、腕に抱えていたハードカバーの本をスゴウデさんに見せた。

 

「なるほど、研鑽は怠っていないようですね。大変よろしいことです」

 

 そう言って嬉しそうにうんうんと頷くスゴウデさん。

 そして、私は先ほどからちらちらとこちらを見たりスゴウデさんに視線を向けたりと、せわしない少女が気になっていた。

 

「あの、スゴウデさん、そちらの方は……?」

 

「ああ、失礼。顔合わせが済んでいませんでしたか。こちら、エライーノ伯爵令嬢のビューティ女史です。もうひとかた男性の方は、ゴウリキ氏です」

 

「ビューティ・ウツクシ・ラララ・エライーノ。エライーノ家の長女よ」

 

 エライーノ伯爵令嬢! 私が王都に行っている間に、エライーノ伯爵領で声優の仕事をしていたという才女だ。

 そして、蹴倒していた椅子を直して座り直した、ずいぶんと体格の良い男性が私に向けて言った。

 

「護衛のゴウリキ・ツーヨシだ」

 

「あ、はい、初めまして。ココロ・ココロンです。声優、あっ違います、肉屋の売り子です……」

 

 その私の言葉に、伯爵令嬢は眉をひそめた。

 

「貴女がココロ・ココロン。ビンワーンに聞いたけど、声優を辞めたというのは本当のようね」

 

 声優を辞めた。確かに一度、心が折れて完全に辞めていた。だが、今の状態はどうかというと……。

 

「辞めたといいますか休業中といいますか…」

 

「休業?」

 

 伯爵令嬢は首を傾げる。

 

「今はお仕事がないので、お仕事がたくさんできる半年後までお休みしてるんです」

 

「どうして半年後なら仕事がたくさんできるのかしら?」

 

 ぐいぐいくるなあ、この人。

 

「タナカさんが新しい魔法を開発するらしくて……それで声優のお仕事がすごい増えるらしいんです」

 

 私の言葉に、今度はスゴウデさんが渋い顔をする。

 

「ココロンさん、その新しい魔法のことについては他者に漏らさないようにしてください。タナカ氏は口止めしなかったのでしょうが、オート魔術商会にとっては最大級の極秘事項です」

 

「わわっ、すみません……」

 

 そんなの聞いてないよう。とりあえずスゴウデさんに頭を下げておく私。

 そして、再び伯爵令嬢が喋り始める。

 

「貴女の王都での顛末は聞いたけれど、何も半年後まで休むことなんてないわ。私と二人で一緒に仕事すれば良いのよ」

 

「俺も忘れるな」

 

 と、伯爵令嬢に続いて、ずいぶん渋い声で護衛さんが言った。格好良い声だなあ!

 

「ふふ、彼も声優をやっているのよ。私の護衛と兼任でね」

 

 それはそれは。今は伯爵領で二人も声優が活動しているのか。私も一緒にと誘われているみたいだけれど、そんなにお仕事あるかなあ。

 

「ね、一緒にやりましょう?」

 

「えっと、なんでまた私を誘うんですか……?」

 

 その私の言葉に、伯爵令嬢は満面の笑みを浮かべた。

 

「私、ココロの童話集を聞いて声優になったの! 私の憧れよ、貴女!」

 

「ええ、童話集聞いたんですか。売っているのは何度も見ましたけど、初めて聞いたって人に会いました」

 

「何言ってるの、貴族の間でも庶民の間でも流行しているのよ、ココロの童話集!」

 

 ええー、確かにイナカッペ王国では童話集マジックレコードが流行りつつあるようで、大流行の兆しもあるって王都に行く前にタナカさんから聞いていたけど。いつのまに、そんなことになっているの。

 そんな混乱する私に、スゴウデさんが続けて言葉を投げかけてきた。

 

「実はココロンさんが休業に入ってから、王都の事務所本部にココロンさん宛ての手紙が大量に届きましてね……」

 

「手紙、ですか?」

 

 王都で何か私に用事があるなら、今こんな辺境でぼんやりしているのは、まずいのでは無いだろうか。

 

「事務所の方で中を検めさせていただきましたが、全て応援や感謝の手紙でした。大手の出版社などでは、小説家宛てにこのような手紙が届くといいます」

 

 応援の手紙!? 何それ、どういう発想になったらそういうのを送ることになるの? 転移魔法の発達で手紙や小包のやりとりが活発になったと新聞で扱われていたのは見たことがあるけど、今時手紙ってそうやって使う物だったんだ、知らなかった……。

 

「それを受けて、オート魔術商会本部では、貴女を仕事にあぶれさせたことは、間違いだったのではないかと会議で意見が出しましてね」

 

「間違いも間違い、大間違いよ。これだから商人はバカね!」

 

 間違い、かあ。私は一概にもそうは言えないとは思っているけどね。だって、私よりも王都の他の声優達の方が技量が上だったのは確かだったもの。より完成度の高い商品が欲しい人にとっては、私を採用する理由は無いんだ。

 

「ま、でもおかげで、我がエライーノ領にココロが帰って来たというのはありがたいことだけどね」

 

 そう言ってソファーから立ち上がり、こちらに向けて歩いてくる伯爵令嬢。

 

「一緒に声優をやりましょう。良いわよね、ココロ?」

 

「あ、はい……」

 

 私はわずかにちゅうちょし、しかしその迷いを振り切った。

 

「よろしくお願いします、エライーノ様」

 

 また、声優ができるの? タナカさんとの半年後の約束では無いけれど……。

 

「よろしく! 私のことはビューティで良いわ!」

 

「俺はゴウリキでいい」

 

「では、ビューティ様、ゴウリキさん、とお呼びします」

 

 こうして、私は思わぬところで声優業を再開することとなったのだった。

 ちなみに王都オートに居るはずのスゴウデさんが、なぜスミッコ港町の事務所にいるのかと聞いてみると、彼は何と、自分自身を転移魔法で自在に転移させることが出来るらしい。二級魔術師とのことだが、魔術師って本当にすごい。

 それよりすごい準一級魔術師のタナカさんは、半年後何を見せてくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ビューティ様との仕事を開始した。実はビューティ様、スミッコ港町の祭りを行うに当たって、ニギヤカ市場の顔役の人に「声の仕事ならココロちゃんを連れてこい」と言われて困っていたらしかった。こりゃあ、私が事務所に行かなかったら、売り子をやっているときに『肉屋のココロン』まで突撃されていたな、と無事に済んでほっとしたのだった。

 祭りでは私が声のお仕事をするにあたり、新しくスミッコ港町でも音頭を作ろうということになって、ビューティ様のつてで音楽家さんが作曲作詞をすることになった。出来上がった歌は私達三人が順番に歌って、祭りは盛況のうちに終わった。

 

 音楽家さんと言えば、未だにビューティ様の音楽家庭教師を続けているらしく、ビューティ様に一緒にレッスンを受けないかと誘われる事態になった。

 事務所ではなく、スミッコ港町にあるビューティ様のご実家でだ。つまりエライーノ伯爵家のお屋敷である。

 そんなの恐れ多くてとてもじゃないが無理、と言ったのだけれど、ビューティ様はなしのつぶて。結局、私はお屋敷でガチガチになってレッスンをすることとなった。とはいえ何回も繰り返していくうちに慣れたのだけど。

 

 仕事として楽しかったのは、賭け馬競走の実況だ。

 実は賭け馬にすごく詳しかったビューティ様とゴウリキさんの二人。そこで、二人を解説担当、私を実況担当とわけて、出走前や出走後は三人で掛け合いをするような会話の実況を行った。

 それもまた新鮮で好評だった。

 

 幼年学校の子供文庫読み聞かせ会も、三人で行った。

 渋い声で語るゴウリキさんの声に、幼年学校の女子児童達はメロメロになってしまい、ゴウリキさんは児童達にまとわりつかれて大変そうだった。

 お嬢様であるビューティ様だけれど、児童達には男女分け隔てなく遠慮なく接しており、皆に人気で慕われるようになっていた。

 私? 私はまあ単独で読み聞かせ会をやったこともあるので、普通に人気なんじゃないかな、多分。

 

 そんなこんなの地元に帰ってきてからの日々は、いつの間にか二ヶ月間も経過していた。ちなみに地元で声優のお仕事を再開するにあたって、休業はすでに解除になっている。少ないお仕事を三人でこなしているので、以前ほどせわしく、十分満たされているとは言い切れないのが辛いところだ。

 今日はスミッコ港町の事務所で、ビューティ様達と打ち合わせだ。スゴウデさんも王都から転移魔法でやってくる予定だ。

 

「おはようございます」

 

 事務所が開いていたので、挨拶をしながら中へと入る。

 すると、ソファーに座っていたビューティ様が立ち上がって、私の方へと駆け寄ってきた。

 

「ココロ、すごいわよ!」

 

「はい? 何がですか」

 

 興奮するビューティ様を落ち着かせようと、私は彼女の肩を掌でぽんぽんと叩く。こういう接触行為が許されるほど、私達の仲は良好になっていた。

 ビューティ様は落ち着いたのか、ふう、と息を一つ吐いて言葉を続けた。

 

「カズトが新しい魔法を開発したようよ!」

 

 カズト……タナカさんのことだ。

 新魔法! この短い期間になんてすごい。魔術師の人が魔法を新しく一つ開発するのに、どれだけ時間がかかるかなんて知りませんけど、二ヶ月は短いと思います。

 

「声をすっごく遠くへ自在に届ける『音声送信』の魔法ですって!」

 

 『音声送信』の魔法。きっとそれが、タナカさんの言ってた『ラジオ』に繋がるのだろう。

 約束はきっと、果たされる。

 

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