やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十九問 唐突に、鶴見留美と出かけることになる。 (3)

 留美のリクエストにより、かつて俺がアルバイトをした喫茶店までやってきた。正直、ここの喫茶店にはあまりいい思い出がないから、俺としてはある程度時間が経過したら帰りたいまである。特に、清水が来る前に帰りたいというのがかなり強い。

 というかマスター。島田が入った瞬間に眼光強くするの止めて。今は他の人が対応しているからまだいいけれど、この人が対応し始めたら一体この場がどうなるか分からないから大人しく奥に引っ込んでいてくださいお願いします。

 

「な、なんだかウチのこと睨み付けてきている気がするのだけれど……」

 

 やはり女性は視線に対して敏感らしい。というか誰であっても普通に気付く位には睨み付けている。いやもう本当相手の動きを止めようとしているのではないかと思う程強い。具体的に言うと、視線で人を殺しそうな勢いである。どんだけあの人恨み篭ってるんだよ……。

 

「ここで八幡がバイトを……」

「広いです~」

 

 留美と葉月は辺りをきょろきょろと見渡している。

 流石にこれだけ人が多いと、マスターも何もしてこないみたいだ。視線は相変わらず感じるが。

 とりあえず俺と島田は珈琲を、留美と葉月はオレンジジュースを頼み、四人分のケーキを注文することにした。恐らくこれが一番妥当な選択肢だろう。

 

「何の面白みもない普通の喫茶店だぞ。千葉らしさは特にない」

 

 確かに、いい場所ではあるんだけれども、千葉らしさを感じるかといったら分からないんだよなぁ……雰囲気は楽しめる気はするが。

 

「ううん。私は八幡と一緒に色んな場所に行きたい。千葉らしくなくてもいい。八幡が見た景色と同じ場所を見たい。だからここがいいの」

「お、おう……」

 

 臆面もなくそんなことを言えてしまうのか……なんというか、留美は凄い成長したように見える。というか正直そこまで言われるとかなり照れてしまうというか。普段そんなこと言われることがないので慣れていなくて、心臓に悪いというか……。

 

「お兄ちゃん照れちゃってるです?」

「なっ……」

 

 ぐいぐい来るな葉月……いやまぁ、怖い物知らずだからというのもあるのかもしれないが。こういう時一番恐ろしいのは純粋な反応なのかもしれないな。ちなみに、俺の隣には留美が、留美の前には葉月が居る。ということは必然的に俺の前に島田が居るわけだが、今は前を向かずケーキに視線を向けている。そう、ケーキが美味そうだから見ているのだ。決してオーラが怖いとかそういうわけじゃない。決してだ。

 

「まったくハチってば……って、葉月、口元にクリームついてるわよ」

「はいです?」

「ちょっとジッとしてて」

 

 島田は葉月の口元に、ケーキのクリームがついていることに気付き、それをハンカチで拭っていた。なんというか、こうしてみるとやはり姉としてしっかりしていることが窺える。そりゃこんだけいい姉がいるんだから、葉月もいい子に育つのは当然なのかもしれない。

 

「……ん?」

「……なに、八幡」

 

 ふと隣から視線を感じたので、留美の方を見る。

 いや、『なに』じゃなくて……明らかに今見てきてたのは留美の方だろう。俺はその視線が気になったから目を向けただけで……ってか。

 

「おいルミルミ」

「ルミルミ言うな」

「お前も口元にクリームつけてんぞ」

「えっ」

「葉月とお揃いですー!」

 

 ちょっと嬉しそうに葉月が言っていた。

 自分だけじゃなかったのが嬉しかったのかもしれない。

 対する留美は、スカートのポケットからハンカチを取り出し、拭っている。その後で、

 

「……バカ、ボケナス、八幡」

「待て。八幡は悪口じゃないだろ。てかそれ誰から聞いた」

「……小町さん」

 

 何かここ最近、小町語録がどんどん周囲の人に広まっていってませんかね……ポイント制から始まり、まさかこの言葉まで広まっているとは思ってなかったんだけど。というか島田。何笑ってるんだお前。葉月ちゃんがきょとんとしているから笑うのやめなさい。

 

「まぁ、けど、なんとなく留美ちゃんの気持ちも分かるかもしれないわね。ウチももし同じことされたらちょっとムッとしちゃいそうだもの」

「……」

 

 島田がそう言うと、留美は少し複雑そうな表情を向けていた。

 何だろう、この二人に流れる空気というかなんというか。留美が島田のことを敵視しているように見えるのは果たして気のせいだろうか。

 

「ところで、あれから友達は出来たのか?」

 

 話を変える意味でも、俺は気になっていたことを尋ねる。

 林間学校の肝試しで、俺達は鶴見留美の人間関係をリセットした。その後どう動くかは留美次第ということで、果たして彼女がどのような選択をしたのか気になった。だからだろう、なんとなく聞いてしまったのは。せっかくこうして会話する機会が設けられたのだから、聞くだけ損ではないだろう。

 留美はオレンジジュースを一口飲んでから、

 

「……友達はまだ分からない。だけど、少しずつ話すことは出来るようになった」

「そうか。頑張ってるんだな」

 

 形はどうあれ、鶴見留美は一歩を踏み出している。それは褒められるべきことなのかしれない。俺ならば、そのままぼっちであることを受け入れて喜んでいたまである。しかし、彼女はそうしなかった。ぼっちであることに対して抵抗があるわけではないものの、出来るのならば友達と一緒に居たかったのだろう。そうなれば、一から取り戻すことは難しくても、ゼロからやり直すことはそう難しいことではない筈だ。

 方法は褒められたものではないし、最低なものであったことは自覚している。

 けれど、こうして留美が動けているのならば、問題はないのかもしれない。

 

「八幡達みたいな友達が出来たのも嬉しいこと……」

「葉月ともお友達ですね!」

「……うん。葉月も大切な友達」

「留美ちゃん大好きですー!」

 

 なんというか、微笑ましいというか。

 葉月の言葉はとても素直で優しくて、温かいものだった。きっと留美が聞きたかった言葉の一つなのだろう。こうして誰かから『友達』であると認めてもらえるだけで、随分と違うものなのかもしれない。

 たとえそれがいつかは崩れ去ってしまうような脆い温かさであったとしても、享受したいと思ってしまうのが人間の心理であるのかもしれない。

 ……だが、なんとなく。留美の行動や葉月の言動、それらに対して『本物』を感じ取ることが出来たような気がした。少なくともそこには、偽善に満ちた偽物の感情は存在していない。

 

「……ハチ。難しいこと考えている顔しているわよ。今は楽しい場なんだから、リラックスしなきゃ」

 

 島田美波。

 思えば、いくらリスク管理の結果とはいえ、俺は『人に頼る』という行動をとっていた。普段の俺ならば決してしない行動だ。

 ……俺の中でも、何かが変わっているのだろうか。そして、目の前に居る少女は、俺にとってどんな存在なのだろうか。

 

 何度も何度も現れる疑問は、理性によって殺し続けている。

 

 




さて……マスターは敵をしっかりと捉えているようですね()
というわけで、喫茶店でのお話となりますー。
思えばこうしてルミルミを動かすことがなかったので、動かしてみると可愛さにびっくりします。
むーっとしたり、クール系に見えて意外と表情変わるんですよね。
筆者はロリコンではありません。

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