なんとなく居た堪れなくなった俺は、一度席を外してトイレに入っていた。女子三人に男一人という状況は思っていたよりもきつい。普段の奉仕部には吉井がいる為かそこまで感じなかったことだ。改めてこうしてみると、案外ためになっていたんだなアイツ……と心の中で思わざるを得なかった。感謝に繋がるかどうかは怪しいところだが。
用を足して、気分も入れ替えたところで、自分の席に戻ろうとして、
「……………………うん」
思わず引き返した。
いや、別に何かやばいものを見つけたとかそういうわけではないんだよ?
ただ……。
「なんで清水がいんの……」
こういう時に限って、まるで示し合わせたかのように清水がいた。しかもわざわざご丁寧に俺の席に座っていた。テーブルの上に置いてある珈琲とケーキが見えないのん? そこお前の席じゃねえよ? なんなの? お前の席ねぇとでも言いたいの? いやマジで俺の席ねぇんだけど。
仕方ないので、どんな会話しているのかを聞く為にもしばらく席に戻らないでいておくとしよう……決して今戻ったら面倒なことになるのが嫌と言うわけではない。
「こんなところでお姉様にお会い出来るなんて、美春幸せです!」
「ちょ……み、美春!?」
多分いきなり抱き着かれていると思う。
くそっ……百合百合空間を撮影する為のカメラが欲しい……てか、なんか喫茶店の店内に広がる殺気が一段と増した気がするけど、これ間違いなく店長だよな? やばい。何がやばいって、このままだと殺人事件が起きてしまいそうな勢いだ。具体的に言うと被害者は島田。
「お姉ちゃん? この人は……縦巻きのお姉さんです?」
「もしかしてこの子……お姉様の妹さん!?」
そう言えば清水も葉月に会うのは初めてだったな。普段は学校でしか会うことがないから、学校の外でこういう風に姉妹揃っている光景というのは彼女にとって珍しいのかもしれない。ついでに言うと、そこにルミルミも居るんだけどね。
「……八幡。逃げるなんてズルい」
「ってなんでお前ここにいんの」
いつの間にか避難していた留美が、俺の元まで近寄っていた。明らかに不満全開の表情を浮かべている。いやこうなるなんて思いもしなかったのよ? ハチマン、ウソツカナイ。
「八幡帰ってくるの遅いから様子見に行こうと思ったら、影からこっそり様子窺ってるのが見えた……来ないの?」
「いや、だって俺の席ねぇし……今戻ったら何言われるか分かったもんじゃねえからな……」
「……あの人、八幡にとって苦手な人か何か?」
「ある意味そうとも言えるな。アイツは島田の事が大好きなんだ」
「……ん?」
そりゃそうだよなぁ。
小学生にこの世界はまだまだ早いと思うし、きっと『大好き』という言葉一つとってみても、友情としか思わないんだろうなぁ。実際、留美はキョトンとしている。そのままの君で居て。素直で純粋無垢な貴女のままで居た方がいいと思うの。というか染まらないままのお前で居てくれ。
「それとこれとどんな関係があるの?」
当然、留美からそう言った質問が飛んでくる。
正直説明しても理解出来ないと思うから、スルーするのが安定だと思うんだよなぁ……。
「でも、あの人が仮に島田さんのことが好きだとして、八幡に関係あるの?」
……そういえば留美、俺だけは呼び捨てなのな。先輩として敬う必要がないとでも思っているのかね。いやまぁ別にいいんだが。
「ぶっちゃけ面倒なだけとも言える」
「そうとしか言えないじゃん……」
「うっせぇ」
最早弁解の余地がなかった。普段現代国語の成績は良いことを自負しているにも関わらずこの様である。何とも言えない感じがする。
とはいえ、このまま見ているだけではいつまで経っても戻れなさそうだし、何より。
「ここでお会い出来たのも何かの縁ですし、お姉様からこうして美春に会いに来てくださったのも二回目……これは運命と言わず、むしろ必然と呼ぶべきなのかもしれませんわ!」
「ウチは今日、ここに居た子が来たいって言うから……ってあれ?! いない!?」
「留美ちゃんならおトイレにお兄ちゃんを迎えに行ってるですー」
「……オニイチャン?」
やべ。留美が居ないことと連鎖して、少なくともこの場に男が居ることがばれた。
「はいです! お兄ちゃんとお姉ちゃんが、留美ちゃんを案内していたです!」
「るみちゃん、というのも誰なのか気になりますが……お姉様、まさかとは思いますが、『オニイチャン』ってもしかして……?」
君のような勘のいい人は嫌いだよ。
ガキではないからあの人の台詞そのままは言えないけれど、少なくともその勘は当たっている可能性が高い。ここで吉井とかを名指しするような清水ではない。アイツはどうも俺と島田のことを疑っている。それだけ強く想えるのは『本物』であるとは思うが、その結果として俺を恨むのは止めて頂きたい。
「……娘を狙う不届き者がいる」
って待って。
マスターの声が何処かから聞こえてきたんだが。
やばい。このままだとカオス空間が展開されること間違いなしだ。
それならば少なくとも俺と留美が戻って、島田に被害が及ばないようにする方がいい。一応葉月が居るから、良識ある大人として変なことをしでかすことはないと思うが、念には念を入れた方がいいな……。
「なんか……その……バイト、大変だったんだね」
そして留美は、一連の流れを受けて何かを察してしまったらしい。
うん、細かいことまでは想定し切れていないだろうが、その考えは凡そ正しいから困る。
「仕事はそれなりに忙しいわけではなかったんだがな……心労の方がきつかった。とりあえず俺達もあそこに戻ろう。これ以上ここに居ると厄介なことになる」
「……うん」
留美を引き連れて、俺は席へと戻っていく。
「あっ、ハチ……!」
「おかえりなさいですー、お兄ちゃん♪」
俺が帰ってきたことによって、『助かった』という表情を浮かべている島田と、笑顔を見せる葉月。そして……。
「……やはり貴方でしたのね。『オニイチャン』というのは」
「別にお前の考えるようなことは何もねぇから安心しておけ」
開口一番に、俺はそのことを否定しなくてはならない。
清水が疑うようなことは、島田との間に決してない。
……だから島田。少し寂しそうな表情を浮かべるのだけはやめてくれ。うっかり勘違いしそうになる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと嫌いです……?」
んん!?
その方面からの攻撃は予想外だったぞ!?
「い、いや、嫌いってわけじゃない」
「それじゃあ好きです?」
葉月の表情が泣きそうになる。
彼女を泣かせることだけはしてはならないと思った……。
「あ、あぁ……俺と島田は仲良いからな。だから泣くなって」
「本当です……?」
「あ、あぁ。本当だ」
本当かどうかは正直分からないが、宥める目的の為にも葉月の頭を撫でながら言う。
……撫でた瞬間何故か留美の方からの視線が痛いが、今は気にしている場合ではない。
「……お姉様のことを一番に愛しているのは私ですの! 貴方なんかに負けないわ!!」
「いやお前とそんな勝負した覚えねぇし……」
「は、ハチ! ウチを助けて!」
「いや、これはもう、無理……」
正直これ以上はキャパオーバーなので、誰か助けてください……。
書いていてここまでカオスな状況が生まれることになろうとは正直思ってもいませんでした!
しかし、書き続けたら思いのほか楽しくて仕方ありません……なんか今回のオリジナルエピソードは筆者的に活き活きしながら書けている気がします。
出すキャラクターを絞っているのもあるかもしれません。
基本的に原作モチーフの話を書く際には、登場するキャラがどうしても多くなってしまいますので……。