やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十九問 唐突に、鶴見留美と出かけることになる。 (5)

 結局、その後喫茶店から逃げるように立ち去った俺達は、留美や葉月を引き連れる形で千葉散策を楽しむこととなる。とはいっても、結局やったことと言えばららぽで色んな店を見て回るだけなのだが。正直、もう少し色んな所を見るべきかと思ったりもしたが、俺はもちろんのこと、島田の体力も底を尽きていたので、ららぽだけで終わらせることにした。それでも、普段こうしてなかなか店を見ることのない留美にとっては貴重な経験だったらしく、飽きることなく店を見て回ったりしていた。内心知り合いに会ったりしないか不安だったりもしたが、そういったトラブルが起きることもなく終わることが出来て何よりだ。

 そうして過ごしている内に。

 

「あっ、お母さんから連絡……」

 

 留美の携帯に、留美の母親から連絡が入った。

 どうやら緊急の職員会議が終わった為、迎えに行くという連絡だ。

 

「仕事、終わったんだな」

「そうみたい……」

 

 なんだか少しだけ嬉しそうではない様子の留美。

 せっかく母親の仕事が終わったと言うのに、何か引っかかることでもあるのだろうか。

 

「もう帰っちゃうです?」

 

 葉月も心なしか寂しそうにしている。

 なる程……せっかく仲良くなれたのに、すぐに帰らなくてはならないのが寂しいというわけね。

 

「まぁ、こうして一緒に歩きまわったんだ。またどっかのタイミングで会えるだろ」

「そうね。その時はウチらも一緒に遊びましょう」

 

 便乗する形で島田が語り掛けてくれる。流石は姉というべきだろうか。しかし、『ウチら』って一体誰のことなのだろうか。恐らくは葉月と島田のことなのだろうけど……まさか俺が入っていたりすることはないよね?

 

「……うん。分かった」

 

 留美は島田の言葉を聞いて素直に従う。

 その後で、俺の方に向き直ると。

 

「八幡。また今度も一緒に遊んで」

 

 そう言って俺の返事を待っていた。

 ……コイツはどうして俺の返事を待とうとしているんだ。島田と葉月で十分ではないのか。

 いや、思えば留美は最初にこう言った。『私は八幡に案内してもらいたい』と。あれだけのことをやらかしておきながら、留美は俺と一緒に行動するという選択肢を選んだのだ。正直、それはあり得ないことだと思っていた。けれど、そこまでして尚俺と遊んだり行動しようとしているということは、それは――。

 

「ハチ。まさか小学生の言葉まで疑っているわけじゃないでしょうね?」

 

 優しく、しかし確実に指摘してきた島田。

 そうか。俺はこんな小さな子まで疑ってしまっていたのか。いくら何でもそれは俺らしくない。ぼっちを極め過ぎて、小さな子まで信じられないようになっていたのか。何処までおかしな話だろうか。救いようのない阿呆と言われても仕方ない。

 だから――。

 

「お前がそうしたければ、そうすればいい。前にも言ったろ。人ってのは勝手に色々やる生き物だって」

「……そっか。なら私も、勝手にする。勝手に八幡を誘う」

「お、おう」

 

 その時の留美は、恐らく笑顔だったに違いない。

 年相応の――いや、大人びた笑顔だった。心から嬉しそうなのに、魅力的だった。何というか、将来雪ノ下程の美人になるのではないかと思わせられるような……いや、それだけは勘弁してもらいたい。あの毒舌まで移ってしまうのかもしれないと思うだけで、心臓にナイフを突き立てられたような気持ちになる。というか勘弁してください。

 

「それじゃあ八幡。また今度!」

「お、おう。またな」

 

 そう言うと、母親との集合場所らしい所まで向かっていった。

 ららぽ内に、俺と島田、そして葉月の三人が残される形となる。

 

「ウチらも帰りましょう」

「はいです!」

「……そうだな」

 

 時計を見れば結構いい時間になっていた。今から帰るのでも十分な時間帯だ。俺も帰ってゲームでもすることにしよう。

 ……決して、この時間がもう少し続けばいいとか考えていない筈だ。何故か、後ろ髪を引かれるような気持ちになるのは気のせいだと信じたい。

 

「今度はバカなお兄ちゃんも交えてみんなで一緒に遊ぶですー!」

「あぁ……そういや吉井とはあんまり会ってないんだっけか」

 

 バカなお兄ちゃん、という言葉だけで最早吉井が浮かんでしまうのは仕方ないことだと思う。というか葉月が言い続けていたらほぼ条件反射的に思い出してしまう。だから俺は悪くない。QED。

 

「そうね……そういえば今度文化祭だから、葉月も来る?」

「楽しそうですー! 葉月も是非ご一緒させてください!」

「そういや、夏休み終わったらもうそんな時期か……」

 

 文化祭。

 休日出勤させられるイベントということもあり、正直な所そこまで乗り気ではない。クラスの出し物については馴染める自信がないから、いっそのこと文化祭実行委員になった方が気楽なのではないか……いや、文化祭当日も仕事サボれず働かされるのは嫌だからやめておこう。大人しくクラスの出し物に従事し、適当にサボれば……。

 

「ハチ。サボったら多分クラスのみんなにバレると思うわよ?」

「そ、そんなこと考えてねぇって……」

 

 秒でバレた。

 本当最近、島田が俺の心を読んでくる件について小一時間問い詰めたい。いややっぱ辞めるわ。そんなことをしたら警察に通報されかねない。

 

「お兄ちゃん、サボりはメッ、ですよっ!」

 

 葉月が人差し指を俺の方に向けて、頬を膨らませながらそんなことを言ってくる。

 やばい。なにこれ可愛い。

 

「……ハチ。いくらなんでもそれはダメよ。ウチが許さないわ」

「何もしねぇよ……」

 

 やっぱり島田も大概なシスコンだよな……人のことシスコンって言えねぇよ。俺は小町のことを愛しているけど。それ以上に戸塚との愛を育みたいとまで思っているけど。くそっ……なんで戸塚は男なんだ!

 

「でも……文化祭、楽しみよね」

「……そっか」

「ウチね、正直四月の時にはこうして誰かと一緒に遊びに行く未来すら見えてなかったの。アキのおかげでもあり……ハチのおかげでもあった。ハチがあの時アドバイスしてくれなかったら、勝手に勘違いして、勝手に殻に閉じこもったままだったかもしれないから」

「……それは違う。俺がああいわなかったとしても、お前はいずれ――」

「ううん。違うのよ、ハチ。ハチとこうして出会えたことが、ウチにとって嬉しいことだったの」

「葉月も、お兄ちゃんと会えてうれしいですっ!」

 

 ……あぁ、その言葉の温かさ。無邪気さ。そして、心を傷つける諸刃の剣。

 かけられたかった言葉のせいで、俺はどんどん蝕まれていくような感覚を得た。

 

「だから……また学校で、ハチ」

「また遊びましょう、お兄ちゃん!」

 

 そう言って、島田と葉月はその場を立ち去る。

 俺はしばらくの間、動けないでいた。

 

 ――今ここで何かを言ってしまったら、俺は自分の心に生まれ始めた感情を認識してしまいそうになったから。

 




本編換算で言えば95話分。全体で見ると102話となりました。
一話を五話に分けて掲載しているので、本編で言えば19話とも言えるかもしれません……え、まだ19話? というかこれだけやって、やっと夏休みが終わった?
次回は20話。夏休みも終わり二学期の幕開けです。
一年生の文化祭が始まります。
今回の文化祭は、俺ガイルエピソードというよりも、バカテス色が強くなる予定です。あの喫茶店が登場するということですね……。
予定では、あのコンビも登場するとかしないとか()。

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