奉仕部にPCが導入されて、ますます依頼が来やすくなった所で、今日の部活は終わりとなった。いつものように雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが鍵を返しに行き、僕と八幡の二人で放課後の廊下を歩いていく。
「僕らがこうして知り合って、もう五ヶ月になるんだね」
ふと、ぼくは思わず呟いていた。
「いきなりどうしたんだよ……?」
八幡は何故か不思議そうな表情を浮かべている。確かにいきなりだった自覚はあるけど、そこまで変なこと言ったつもりもないんだけどな……。
「思えばさ、この五ヶ月間で色々あったなぁって思ったんだよね。こうして八幡と会えたのも一つの縁ってわけだしさ」
「俺だけ高校スタート遅かったけどな……」
「事故だったら仕方ないよ。だけど、こうして今では同じ道歩いて帰れてる。これってなかなか凄いことだと思わない?」
「……そうか?」
「そうだよ。少なくとも僕はそう思うよ」
「……そうか」
ポツリと呟かれた八幡の声色は、決して嫌そうというわけではないと思う。だけど、そこに戸惑いが全くないのかと言われると恐らく嘘になる。多分だけど、八幡は今の状況に慣れていないんじゃないかな? 上手くは言えないけど……慣れていないから、どう接していいのかわからない、みたいな?
「それにさ、ここ最近の八幡、なんだかとっても楽しそうだなって」
「俺が……?」
それこそ予想外、と言いたげな表情を浮かべていた。やっぱり自分じゃ気付いてなかったのかな……?
八幡って、周りのことには割と敏感なのに、自分のこととなると本当にネガティブに捉えすぎというか、一周回って感じ取ろうともしてないんじゃないかって思っちゃうというか。
「初めの方は面倒臭そうというか、斜に構えてたっていうか……今も無くなったわけじゃないんだけど……」
えーと、それに相応しい言葉は……あ、これかな?
「なんだかとっても、バカっぽくなったよね!」
「発言を取り消してくれ」
「即答!?」
八幡の反応速度があまりにも早すぎてびっくりしてしまった。いくらなんでも『バカ』に対する反応が早すぎない……?
「最近小町や島田からも似たような事を言われるんだ……特に小町からは、『明久さんと友達になってから、段々明久さんっぽくなってきたよね!』って笑顔で言われるもんだから、正直どうしてやろうかと思った位だ」
「えぇ、そこまで!?」
何故かヘイトが高まっていた。
「俺はお前ほどバカじゃない……バカじゃない筈だ……」
ぶつぶつと念仏のように唱えている八幡。ちょっと怖いよ。迫力増してるよ。なんかこう、凄いよ。
「あれ? 吉井君?」
ちょうどその時、下駄箱近くで女の人の声が聞こえてくる。この声って確か……。
「城廻先輩!」
今朝会った癒しオーラ抜群の先輩だ! まさかこうして一日に二回も会えるなんて! 秀吉とはまた違った天使っぽさというか、マイナスイオン発生しているというか……人間洗浄機? この機会ご家庭に?
「……う、うす」
あ、八幡が『この人誰?』って顔してる。そりゃ当然だよね……というか今朝までは僕も知らなかったんだから。ぶっちゃけ八幡も生徒会からのお知らせとかあまり聞いてなさそうだし。
「八幡、この人は生徒会長の城廻先輩だよ」
「城廻めぐりだよ〜。よろしくね?」
にぱっと笑う城廻先輩。
あ、駄目だこれ……心奪われそう。
「……比企谷八幡です」
一応形式上は自己紹介したって感じだ。初対面だから警戒しているというか、どう接すればいいのか分からない、みたいな?
「比企谷君だね? よろしくね〜」
「う、うす……」
あ、八幡どもってる。これは緊張している証拠だ。
「比企谷君と吉井君は部活の帰り?」
「そうなんですよ。僕も八幡も、奉仕部に入ってるんです」
「そうなんだ! 今クラスでもちょっと有名になってるよ。一年生だけの部活で、生徒の悩みに寄り添う部活だーって」
ちょっとした口コミなのかな?
とは言っても、基本的には部室で駄弁っているか、たまにくる材木座君の対応をするのがメインになってきているところはあるけどね。
「それで、部長を務めてるのは確か雪ノ下さんなんだよね?」
「ん? 雪ノ下のこと知ってるんですか?」
八幡が気になったのか、城廻先輩にそんなことを聞いていた。まさか城廻先輩も、雪ノ下さんのように全生徒を把握しているとか言い出すのでは……?
「えっとね、実はね、はるさん……雪ノ下さんのお姉さんから色々とお話聞いてるんだよね〜」
「雪ノ下さんと知り合いでしたか……」
あ、八幡がげんなりとしてる。なんというか、思い出すだけで疲れてしまいそうな程の表情だ。どれだけ陽乃さんに対して苦手意識持っているんだろう……たしかに凄い人だなぁって思うけど。
「あ、もしかして比企谷君達も知り合いなの?」
共通の知り合いが居たからなのか、少し城廻先輩のテンションが上がったような気がする。対して八幡のテンションはどんどん下がっている。何だろうこの不思議な対立関係は。
「不本意ながら知り合いですね……」
「不本意なの……?」
あ、ちょっと城廻先輩が困ったような表情浮かべてる。
「凄い人だなぁって思いましたよ……テンションでいえば八幡とは真逆の人といってもいいかもしれませんね」
「それで少し苦手意識持っちゃってる感じかな?」
「……」
八幡は特に答えないけど、多分その通りだと思う。言葉に出さない代わりに、割と八幡ってば顔に出る気がするからなぁ。
「はるさんがここに通ってた時、私は色々お世話になったんだよ。色々出来ちゃう人で、私は尊敬してたなぁ」
「流石は雪ノ下さんのお姉さんですね……」
姉妹揃ってハイスペックなの羨ましい。僕なんて姉さんの出涸らしなんてこの前言われたばかりだからね。学力に関しては否定出来ないけど、常識についてならば僕の方が自信あるんだけどなぁ。
「そういえば、もしかしたらはるさんが文化祭覗きに来るかもーって言ってたよ」
「俺文化祭の日風邪で休むんで探してもいないって伝えておいて下さい」
「え、今から!?」
流石にこれには城廻先輩も驚いていた。というか僕もびっくりだよ。生徒会長の前で堂々とサボり宣言してるんだからね!?
「なんだか面白い人達だね……また学校で会った時はよろしくね?」
にこっと笑ってそう言うと、城廻先輩はそのまま僕たちの横を通り過ぎたのだった。