「みんなー、セットメニュー作ってみたんだ。食べてみてくれないかな?」
「……準備万端」
お盆に料理を載せて現れたのは、吉井と土屋の二人。その後から着いてくるように、坂本も現れる。
お盆に載せられているのは、胡麻団子三つと烏龍茶が入ったコップ。
「なるほどな。そう難しくない料理を作ったわけか」
「鉄人に家庭科室を貸してほしいって言ったら通してもらえたから、こうして色々作ってみたんだ。だけど最終的に、胡麻団子ならば他の人も作りやすいし、何より安く作れるからちょうどいいかなって。家庭科室を使うにも、他のクラスの人達も居るから長居出来ないし」
喫茶店をやろうとしているのは何も俺達のクラスだけではない。雪ノ下のクラスだってメイド執事喫茶をやるみたいだし、他だって今話題のタピオカだったりクレープだったり、色んな出店を出してくることだろう。それに、シフト制にしている以上はそこまで一人に対する負担はかけられない。様々な要因から当然の帰結と言ってもいいだろう。
「にしても、随分とお前は姿変わっちまってるなぁ。普段とは別人だぜ?」
「ほっとけ」
坂本が俺の顔を見ながらニヤニヤとしている。
木下が本気出しすぎただけだっての。
「葉山君達にはさっき食べてもらったんだ。好評だったよ」
「……その葉山は部活の方に顔を出している」
この文化祭で動くのは何も各クラスだけではない。当然部活でも様々な出し物が用意されているし、有志によるイベントも盛りだくさんだそうだ。
「後食べてないのはここに居る奴らだからな。よければ島田や由比ヶ浜からの感想も聞かせてくれ」
「分かったわ」
「了解!」
坂本に促される形で、俺達は用意された胡麻団子を一つずつ摘まむ。そしてそれを口の中に放り込んで。
「……美味い」
純粋に、その美味しさを味わっていた。
外はサクサク、中はホクホク。胡麻の風味と、こしあんの甘さがマッチしている。その後に飲んだ烏龍茶は、甘い胡麻団子に対して少し渋みを強くしていることによって、口の中に甘さだけが残らなくてちょうどいい感じになっている。なる程、流石は男子の中でも生活力が高い連中が作っただけはある。
「本当。これ美味しい!」
「これならたくさん食べられちゃいそうだよ!」
「うむ! なかなか美味なのじゃ!」
他三人からの評価も上々。
これならばクラスの方も盛況するのではないだろうか……忙しくなる時間帯は、俺のシフトが終わってからにしてもらいたいところだが。
ちなみに、俺や島田、吉井に由比ヶ浜、そして戸塚…………と材木座のシフトは一番最初だ。始まってすぐに駆け込んでくるような殊勝な輩はそう多くいない筈だし、何より葉山と被っていない以上、そこまで忙しくない筈だ。ちなみに葉山や三浦、海老名さんに坂本、土屋や木下といった豪華メンバーが勢揃いするシフトは俺達のすぐあと。つまり入れ違いという形になる。ざまぁ見ろ。
「ワシは演劇部の方での出し物があるから、そっちの方に顔を出すことにするのじゃ。また後でシフトの時間前に顔を出すから、それまで暫しの別れじゃ」
「いやだよ秀吉! いかないでくれぇえええええ!」
「何を今生の別れみたいに仰々しくしておるのじゃ……」
号泣している吉井に対して、呆れたように溜息をつく木下。そんな吉井を一瞥した後、木下は教室から出ていったのだった。
「……俺は校内をさつ……回ってみる」
今明らかに撮影って言おうとしてたよなコイツ。一体何を撮ろうというのか。
「ところで、今年の文化祭はどうやら二大イベントが用意されてるらしいぞ」
「二大イベント?」
由比ヶ浜がキョトンとしたような表情を見せている。
「ミス総武高コンテストと、ミスター総武高コンテストだ」
なんだその頭の悪そうな企画は。
「簡単に言うと、女性ナンバーワンと男性ナンバーワンを決めようってことね……」
島田がポツリと呟く。
うちのクラスから出場するとすれば、間違いなく葉山にお鉢が回ることだろう。というかアイツが居れば大抵のことはそつなくこなせるような気がする。
……そしてミスコンという響きにはあまりいい思い出がない。まさか今回も女装して出場しろとかいう意味不明な展開にはならないだろうけど。
「クラスの宣伝するにはちょうどいい機会だろ。島田や由比ヶ浜は出てみたらどうだ? 今日の昼頃までエントリーすることが出来るらしく、一日目がミスコン、二日目がミスターコンテストって流れらしい」
「やけに詳しいな……お前はそんなの興味なさそうに見えるが」
不思議に思ったのは、坂本がこの件に関して妙に詳しいこと。
この手の行事に関して坂本は無関心でいそうなものなのだが、一体どういう風の吹き回しだろうか。
「…………実はな。この件について教えてくれたのは翔子なんだ」
「霧島さんが?」
吉井が尋ねる。
……何となく読めてきたんだが。
「ミスターコンテストの優勝賞品とミスコンの優勝賞品はディスティニーランドのペアチケットなんだ……」
「あー……なるほどね。つまりウチか結衣にチケットを手に入れて欲しい、ってことね」
先が読めてしまったのが残念過ぎる。
坂本としては、霧島と二人きりで遊園地に行くのを避けたいのだろう。何故そこまで嫌がるのだろうか。リア充爆発すればいいのに。
「ミスターコンテストについては、葉山に出てもらって賞品を持っていってもらえればそれでいいと思っている。ちなみに何故か俺は翔子によって勝手にエントリーされてた」
「どっちにしてもチケットをもらえるようにってことか……しかももし雄二も霧島さんも優勝した場合は、二回も行けるって算段……貴様許さないからな!!」
「なんでそういうことに対する頭の回転だけは無駄に早いんだよ明久は! 普段はとてつもなくバカな癖に!!」
何というか、随分と現金な理由である。
「まぁ、理由はともかくイベントは面白そうだよね。今回は女装するわけじゃないみたいだし、出てもいいかもね……学校中に僕の魅力を見せつけなきゃ」
「そう来ると思って、お前の衣装は既に木下や土屋に見繕ってもらったぞ」
坂本がそう言いながら、とある物を取り出す。
――それは総武高校指定のセーラー服と、吉井の髪の色に合わせた長髪のウィッグだった。
「って、それ完全に女装道具じゃないか!!」
「明久は色物枠だ。そして比企谷はダークホース枠だ」
「なんで俺も出場する流れになってるんですかね……」
「いいじゃない、ハチ。たまにはそういうのもやってみたら?」
何故か島田が俺にそう提案してくる。
「己の魅力なんて物は、たかが一回のイベントでそう出せるものじゃない。時間を重ねて磨き上げていったものが評価されてこそのナンバーワンだからな。おまけにただ単に盛り上がるだけのイベントに俺が顔を出さなくてはいけない理由が分からん」
「それじゃあ雄二、僕と八幡の分も登録よろしくねー」
おい。