吉井の手から放たれたスーパーボールは、綺麗な軌跡を描いて雪ノ下目掛けて飛んでいく。しかし目的は彼女に当てることではなく、彼女の目の前にある地面に当てて跳ねさせること。そしてそのボールは彼の目的通りに行動を起こし、綺麗に雪ノ下のスカートに吸い込まれていき、そのまま彼女の身を守る布をゆっくりと捲り上げていく。当然、そのことに気付いた雪ノ下は慌ててスカートを抑え、捲り上がらないようにする。
「そこだ明久! 畳みかけろ!」
「分かった!」
いや分かったじゃねえよ。
何更にカルマ値増やそうとしてんだよコイツ。
坂本に指示されるがまま、吉井は更にボールを投げ飛ばす。当然周りの奴らは投げていないし、俺は吉井達からさり気なく距離をとって他人の振りをしている。何かあった時に疑われるようなこともないし、見ていなかったとシラを切ることが出来る。リスクを避ける為には当然の結果だ。
吉井が更に投げたボールは、まるで獲物を捕らえる生き物のように、面白いように雪ノ下のスカートに吸い込まれていく。先程まで涼しい顔でインタビューを受けていて、しかもメイド服を着ても尚美しさは変わらない雪ノ下が、スカートを抑えて恥ずかしそうにしている姿を晒しているのだ。あれだけ完璧な女子からうかがえた意外な一面に、観客の目も釘づけになっている。
いやこれ学校行事だよね? 止めないのん?
「……え? ちょっと待って? なんで雄二達投げてないの?」
そして、違和感に気付いた吉井が辺りを見渡しながら、坂本達に意見を求める。
そう、彼は気付いたのだ。スーパーボールを投げてスカート捲りをしている実行犯が独りしかいなかったということに。そそのかした周りの奴らは、何してんだコイツという目で見ていることに。
「……いい写真が撮れた。流石は明久。奇跡の一投」
ある意味では、『吉井がやってくれたおかげでまぐれでいい写真が撮れた』とも受け取れる土屋からの言葉。コイツは発言することによってさり気なく自分は関係ないというアピールを他人にしているのだ。
「凄いコントロールだな、明久。だが、まさかそこまで色欲に塗れてるとは思わなかったぞ」
「みんなでやるって言ったじゃないか!!」
「何言ってんだ? 俺達は『複数で投げればいい』とは言ったし、『俺達三人で……』とは言ったが、俺達三人で何をするかまでは言ってねぇぞ?」
確かにその通りだ。
複数で投げればいい、というのは提案であり、俺達三人で……というのは、後からいくらでも言葉を付け足すことが出来る。それを勝手に解釈していたのは吉井だ。
なる程。悪知恵働かせたら強いのは本当のことらしい。ちょっとだけ親近感湧いてしまったのが悔しい。
「八幡からも何か……っていない!?」
そりゃそうだろ。
そうやって話ふられるのが嫌で距離とっているんだからな。
そして、吉井達のバカみたいなやり取りの一部始終を眺めていた雪ノ下が、今自分が置かれている状況が誰の手によって為されたのかに気付いたらしく、吉井の方をジッと睨みつけながら、何かを口パクしていた。観客たちは幸いにも、吉井が何かをしたらしいという所までは気付いているものの、彼が実行犯だと全員が気付いたわけではないらしい。
だからなのか、雪ノ下のそれは更に恐怖を植え付ける。
俺の読唇術(独学)が間違っていなければ、雪ノ下は吉井に対してこう宣言していた筈だ。
か く ご し な さ い 。
「こ、こえぇ……」
思わず俺はぼそっと呟いてしまった。
※
文化祭効果もあり、何が起こってもとりあえずはスルーされるらしい。吉井の行動も特にお咎めなしで、ミスコンはそのまま続けられていた。
「貴様雄二ぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
「落ち着けよ明久。とりあえず許されたんだからいいだろ?」
「散々土下座しまくった挙句、雪ノ下さんからの地獄のような補習を一年生が終わるまで続けることでようやっと許してもらえたよ!!」
「よかったのぅ、明久。部活中に雪ノ下に勉強を見てもらえるのじゃ。学力が上がるのではないか?」
確かに、雪ノ下は一度決めたことについてはやり遂げようとするタイプだ。元々平塚先生から、吉井のバカを治して欲しいという依頼を受けている以上、これはあくまで依頼解決に向けた一環であるのかもしれない。なる程、アイツは本気だ。これは吉井も本腰入れて覚悟を決めたほうがよさそうだ。
『意外な一面を見つけた後は、この人の登場っしょー! 同じくJ組より、雪ノ下さんと並んで優秀な生徒として入学してきた天才! 霧島翔子さんっしょー!』
戸部のマイクパフォーマンスを受けて、今度はメイド服に身を包んだ霧島がステージの上に現れる。
先程の雪ノ下と同じレベルで、霧島は美しさを全面に押し出していた。ただし、彼女の場合はそれだけではない。雪ノ下にはなかった……そう、女性としての色気があった。
例えるならば、それは好きな人に向ける視線。
その視線を辿ると、彼女を知る者ならばとある一つの答えに簡単に辿り着けてしまう。
「なんで翔子のやつ、こっち見てんだよ……」
目を背けながら、坂本はそんなことをボソッと呟いていた。
だが、そう呟く坂本の表情は、何処か満更でもない様子。
……何故か、その関係性が羨ましいと思う反面、俺の中で何かが冷めていくのを感じた。
坂本の場合、勘違いでもなんでもなく、本当に霧島からの好意を受けている。一方の坂本は、それを分かっていて尚、受け流そうとしているように見える。ただし、坂本自身も決して心から嫌がっているわけではなく、あくまで『そういう一面』が嫌であるだけだという印象だ。
だからだろうか。坂本と霧島の間にも、やはり『本物』に近い何かが浮かんでくるのは。そして俺は、そういった類の何かを……持っていない。勘違いして、自滅して、勝手に傷つくだけ。迷惑以外の何物でもない気持ちなのだ。
なのに、最近の俺は何処か期待してしまっているように思える。
――そんな関係なんて、手に入らないというのに。
「どうしたの? 八幡」
気付けば、吉井が俺の顔をジッと覗き込んでいた。
思わず俺は仰け反りそうになるが、何とか堪える。
「いや、なんでもない……少し考え事してただけだ」
「そう……?」
「あぁ。考えすぎてむしろ意識が飛びそうだったまである」
「何言ってるの?」
適当に誤魔化すと、吉井はそれ以上詮索してこなかった。
今はそれでいい。助かる。
最近、どうも自分の中で何かが変わりつつあり、その変化に追いつけていないような気がしてきている。きっと環境の急激な変化に自分が追いつけていないだけなのだろう。
そう結論付けて、俺はミスコンを見続けるのだった。