やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第二十三問 会場は熱狂に包まれ、彼の気持ちは冷えていく。 (4)

 コンテスト会場を後にした俺は、適当に中をぶらついていた。一色に加えて魔王雪ノ下さんまでこの文化祭に来ているとは……俺の直感が告げている。絶対ロクでもないことが起こる、と。故にこれは逃走ではなく戦略的撤退。態勢を整えるにはどうしても必要なことだったのだ。その為には犠牲が必要だ。皮肉だが、大義の為だ。

 と、その時だった。

 

 とんとん。

 

 と、誰かに背中を軽く叩かれる。あれ、こういう時って普通肩じゃねえのかなとかそんなことを考えつつ、流石にここまでされれば自分が呼ばれているということを自覚せざるを得ない為、後ろを振り向くことにする。

 

「……お?」

 

 そこには一人の小学生がいた。綺麗な長髪、整った顔立ち、まるで雪ノ下を少し縮めたような少女は──。

 

「ルミルミか」

「ルミルミ言うな、八幡」

 

 ルミルミこと鶴見留美。どうやら今のところ留美は一人で行動しているようで、周りには誰かがいる様子はなかった。

 

「一人できたのか?」

「お母さんに連れて来て貰ったけど、お母さんは今仕事中」

 

 成る程。これによって若干疑問だった事項が一つ明らかになったわけだ。やはり鶴見留美は鶴見先生の娘さんなのは間違っていない。何のラノベタイトルだよこれ。自分で言ってて少し虚しくなってきてしまいそうだ。

 

「……八幡。何でドヤ顔してるの?」

「え、顔出てる?」

「うん。正直キモい……」

「えぇ……そこまで言う……?」

 

 何故か少しだけ心に傷が残った気がする。後でマッ缶飲んで癒してもらおう。ほろ苦い思いをした時には甘いマッ缶が最高だ。

 というか、留美先生は仕事あるのを承知の上で娘さんである留美を連れて来たのね。

 

「本当はお留守番の予定だったけど、お母さんに無理言って連れて来て貰った」

 

 意外と留美は、自分の意見を曲げないところがある。その傾向が特に強くなったのは林間学校を終えてからだと俺は思っていた。あの一件によって鶴見留美は成長し、たくましくなったのだろう。その結果なのかどうかは知らんが、時折留美の背後に雪ノ下と同じようなオーラを感じるのは果たして気のせいなのだろうか。

 

「そんなに文化祭来てみたかったのか? ぶっちゃけ、出店とかのクオリティ期待するなら近所の祭り行った方がいいぞ。いくら食べ物があるといっても、ここにあるのは素人達が作ったものしか……」

「……そんなんじゃない」

 

 心なしか、ムスッとした表情を浮かべている留美。何処か間違えてた? 正しい証明が出来ていたと自分では思っていたんだが。

 

「友達に会いに来たの」

 

 真剣な眼差しで俺を見上げる留美。

 彼女は今、『友達に会う』と言った。そして今日ここには、小町に連れられた葉月も来ている。もしかしたらその事を事前に掴んだ上で無理言ってここまで来たのかもしれない。だとすれば。

 

「そうか。それなら小町に連絡して葉月も呼ぶわ」

「……」

「なんだよ」

「別に。本当に八幡ってば鈍感だなって思っただけ」

「何いってんだ。むしろ俺はこれでも敏感な方だぞ」

「…………はぁ」

「分かりやすいため息を吐くな」

 

 心から馬鹿にされているようにすら思えてくる。あれ? 俺今もしかして小学生にとてつもなく煽られてない? 

 そんな事を考えていると、

 

「確かに、葉月ちゃんや小町さんに会いたい。この後私の方から連絡するつもりだった」

 

 なるほど。そこは既に考慮していたから俺から何かする必要はない、というわけね。流石しっかりしているというか。

 だが、留美の言葉はそれだけでは終わらなかった。

 

「だからこそ、一番に会いたかったの」

「誰にだ?」

「…………八幡に」

 

 照れたような小さな声だったが、確かに俺の耳には届いた。別に俺は難聴系主人公でなければ、聖人君主でもない。だから、こんな言葉一つでも、つい心が動いてしまいそうになる。

 

「お、おう……」

 

 だから俺は、小学生相手にそんな情けなく吃った返事をしてしまった。

 

「せ、せん、ぱい……?」

 

 そしてそんな光景を、知り合いに見られるというハッピーセットも待ち受けていた。

 ……全然ハッピーじゃねぇよ。アンハッピーセットだわ。

 

「ちょっと一色。お前の考えてることがなんとなく分かるんだが」

「なんですかお前のことは全てお見通しだしよく見てるアピールですかごめんなさいいくらなんでもロリコン現場を目撃して尚ときめくとかありませんし劣情抱いている現場に遭遇した以上は通報して然るべき処置を受けてもらいきちんと帰ってきて貰わないといけませんのでそうしてから出直してきてください」

「やっぱ通報しようとしてんじゃねえか」

 

 予想通りすぎてむしろ泣けてくるまである反応だった。相変わらずの早口でほとんど何言ってるのか分からないけど、掻い摘んで情報を読み取れば、通報しますアピールだと思われる。

 

「俺は別に何もしてないんだが」

「今まさに小学生の女の子を誘拐しようとしているのに言い逃れが出来るんですか……?」

「コイツは知り合いだ」

「八幡。それは違う。私達は友達」

 

 いや、うん。留美にとってはそうだったよな。その点は間違えてしまって申し訳ないとは思いつつも、このタイミングで訂正されると余計ややこしくなる未来しか見えない。

 

「……せんぱい。とうとう小さい女の子しか友達居なくなったんですか?」

「どうしてそうなんの」

 

 俺だって戸塚とか戸塚とか、同世代の友達だっておるわ。材木座? 知らない子ですね……。

 

「留美。コイツは一色いろは。来年ここの学校を受けようとしているらしい。なんでも目当てのやつがこの学校にいるらしい。俺のクラスにいるやつなんだけどな」

 

 仕方ないので、俺は互いの紹介をすることになる。このまま放置しているといつまで経っても話がまとまりそうにないから、ある程度話を進めて小町を呼ぼう。そうすれば少なくとも留美は連れてってもらえるはずだ。つか一色よ。ツレは一体どうした。

 

「そしてこっちは鶴見留美。この学校にいる先生の娘さんだ。訳あって知り合い、今に至る。所謂出先で偶然知り合った、って奴だ」

 

 一応これで互いのことは認識した筈。

 それにしても、中学三年生と小学五年生が睨み合っている姿はなかなかに珍妙な光景だな……しかもここ、二人が通っている訳でもなんでもないんだぜ。

 

「よろしくお願いします。一色さん」

「こちらこそよろしくでーす、留美ちゃん」

 

 おかしい。

 何故か表面上はしっかりコミニュケーション取っているように見えるのに、全然空気が軽くない。てか重い。何これ。逃げたい。


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