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それにしても……八幡難しい。
「ほら、席につけ!」
西村先生の声が教室に響き渡る。雑談していた生徒はその声に合わせて自分の席にそそくさと戻って行く。やがてすぐに教室の中は静かになった。それを確認すると、西村先生は教壇の方まで歩いて行く。俺もその後ろをついて行く。
「……」
やはり、好奇の眼差しが突き刺さる。今まで見たことないような生徒が、担任に続いて入って来たのだ。気にならない筈がないだろう。
前を見ると、窓際の席で吉井が手を振っているのが見えた。その後ろの席には坂本が口許をニヤつかせながらこちらを見てきている。なんなんだこいつらは。吉井はともかく、坂本の『新しい何かを発見したような』笑みは何だろうか。面倒なのは御免被りたい。
「HRを始める前にお知らせだ。入学式の日に入院してしまい休んでいたが、今日から無事通えることになったクラスメイトだ」
そう言いながら、西村先生は俺の背中を軽く押す。自己紹介をしろということなのだろう。え、いやそんな話聞いてないんですけど。まぁ名前と簡単な挨拶をすればそれでいいだろう。何、簡単なことだ。無事終わらせればそれで済む話……。
「ひ、比企谷八幡です。よろしくお願いしましゅ」
噛んだ。
盛大に噛んだ。めっちゃ恥ずかしい。
俺のそんな気持ちとは裏腹に、疎らに拍手が起こる。どうやらスルーしてくれているみたいだ。いや、してない奴が二人いる。そこで笑いを堪えているバカ二人、後で覚えておけ。特に何もしない。
「……比企谷はそこに空いてる席に座れ」
妙に優しい西村先生の声が余計に辛い。俺は逃げるように空いていると思われる席まで向かう。そこは最後尾。しかも教室の扉のすぐ近く。何というベストプレイス。
隣に居たのはどうやら女子生徒のようだ。大きなリボンを使ってポニーテールにしているのが特徴の彼女は、何やら緊張した面持ちでこちらを見ている。そんなに俺が来るの怖い? 怖いか。
「い……」
「ん?」
口を開いたかと思いきや、何やらワタワタしている様子。そして意を決したらしい彼女が口にしたのは、
「Ich Heiße……島田美波」
まさかのドイツ語だった。
しかも後半になって自分がドイツ語を喋っていたことに気付いたからなのか、名前の部分は妙に小さい上にかなりゆっくりだった。
これはあれか? こいつは帰国子女かなんかなのか?
にしても、ドイツ語を聞くと中学二年の時の自分を思い出してしまって頭を抱えたくなってしまう。何せかっこいいからな。風って単語だけでもヴィントって読むとかヤバい。厨二病患者の心を擽るのずるい。誰もが通る道なのではないかと思われる程だ。くっ、鎮まれ……俺の右手……っ!
ともかく、一応自己紹介してきたらしいし、こっちも挨拶くらいしておこうか……。
「……ハイヤー、島田」
釣られた。
盛大に釣られて、意味分からないドイツ語で返してしまった。よろしくとも言われていないのに、こちらこそとか言ってしまった。何を言ってるのかもうさっぱりわからねぇ。
相手は少し目を丸くしていた。いや、なんというか、ごめんね? 変なタイミングで変なこと言って。そしてこれきりだから安心してくれ。
「それじゃあHRを始める」
西村先生の声が聞こえてくる。隣からも微妙に視線を感じるが、先程の行動が恥ずかしくなって、俺は全力でその場に伏せる。寝たふりでごまかすしか……。
「こら比企谷!! 登校初日から寝ようとはいい度胸だな……」
寝たふりすら許されなかった。
※
午前の授業も終わり、昼休み。弁当を持っていない俺は、購買でパンを買い、自販機でマックスコーヒーを揃える。千葉県のソウルドリンクだから決して外すことは出来ない。人生は苦いから、珈琲位は甘くていい。マッ缶最高。
特別棟の一階。保健室横、購買の斜め後ろ。食べる場所を探していた俺にとってはまさしく都合の良いベストプレイス。そこに移動した俺は、腰をおろしてパンを齧る。
「……はぁ」
思わず溜息が出てしまう。登校初日からこんな感じでは、次の日から一体どうなってしまうことやら。何だろう、早く家に帰りたい。社畜精神なんて以ての外。
と、そんなことを考えながらマッ缶を開け、軽く口にする。疲れた身体に、練乳の甘さが染み渡ってきて心地良い。それにしてもここは静かで程よい場所だ。見つけられて良かったものだ。
ちょうどここからはテニスコートが見えるのだが、そこでは誰かが練習しているようだ。昼休みなのに殊勝なことだな、と思いながら眺めていると、
「……あ?」
その様子を写真に収めまくっている、一人の男子生徒が確認出来た。カメラ片手に学校内で何してるんだあれ。というかもしかして、何かの撮影をしている最中なのかあれ。
テニスコートで練習している人物は、構うことなく、というか気付くことなく練習に没頭している。
その様子を懸命に撮影している男子生徒。何だこの異様な光景は。通報した方がいいのかこれ。
「気にしなくて平気だと思うよ。あれはムッツリーニの日課みたいなものだから」
そんな俺の考えを読んだかのように、背後から声がかけられた。
後ろを振り向くと、そこに居たのは。
「比企谷君、だよね? 僕は吉井明久!」
「俺は坂本雄二だ。これからもよろしくな?」
関わることのないだろうと思っていたバカ二人だった。