実を言うと、体育の授業でテニスがあった時からずっと、彼──比企谷八幡君のことが気になっていた。テニスの授業でペアを作ることになった時、
「八幡! 今日も地獄のような時間を共に乗り越えようではないか!」
「体育のペアな? 分かったよ……」
「流石は我が相棒! 我が魔球をとくと味わうがいい!」
「お前が下手くそでボールが遥か彼方にぶっ飛んでいくだけだろ」
「ぐはっ!」
材木座君と比企谷君がペアで打ち合うのはある意味恒例となっていた。僕もいつも打っている人と一緒に打ち合うことになっている。
「雄二! 今日こそ決着をつけよう……」
「いいぜ。負けた方が今日の飯奢りな」
「望むところだ!!」
あの二人は相変わらず楽しそうだなぁ……。
そんな中ラリーは始まって、僕はその合間に比企谷君の方を見てみると、
「フォーム、綺麗だなぁ……」
実を言うと、この学校のテニス部はそこまで強くない。先輩方はもちろん強いんだけど、僕達の代がそんなに部員入らなかったこともあって、僕も含めて弱い方に入ってしまう。比企谷君はフォーム綺麗だし、練習すればきっと上手くなると思うんだよなぁ……。
うん、決めた。
比企谷君と仲良くなって、もし部活に入ってなかったらテニス部に勧誘してみよう。
だけど、普段なかなか教室にはいないし、話しかけるタイミングもなかなかないんだよね……。
そんな時に吉井君から聞いたのが、奉仕部の林間学校ボランティアだった。どうやら比企谷君も奉仕部に入ってるみたいで、その段階でテニス部に勧誘することが出来なくなっちゃったけど、せめて友達になれたらいいなって思ってボランティアに参加することにした。少しでも比企谷君と仲良くなれるといいなぁ。
※
車で移動している途中。僕達はサービスエリアで休憩を挟むこととなった。トイレを済ませて飲み物を買おうと自販機のところまで行くと、
「あっ」
「お、おう」
ちょうど何かを探している比企谷君を見つけた。
「えっと、たしか……」
「戸塚だよ。戸塚彩加。よろしくね?」
「かわいい」
「え?」
「あ、よ、よろひくおねがいしまひゅ」
あ、比企谷君今噛んだ? 何だろう、なんだか可愛いなぁって思った。
「何探してるの?」
「あ、あぁ。マックスコーヒーをな」
「あー! あれ、甘くて美味しいよね?」
「ほ、ほんとうか!?」
まるで同志を見つけた人みたいに目を輝かせる比企谷君。マックスコーヒーのこととなると普段と人が変わるみたい。凄いテンション上がってそう。
試しに僕も探してみると、
「あ、比企谷君。あれじゃないかな?」
黒と黄色によって装飾された缶が一つ、自動販売機に陳列されていた。
僕はその自動販売機にお金を入れて、マックスコーヒーの下のボタンを押す。
ガシャン、という音と共に缶が出てきて、
「はい、比企谷君」
と、取り出した後で差し出した。
すると比企谷君は、
「お、俺は養われる気はあっても、施しは受けない主義だから……」
と、遠慮(?)してきた。
それってどう違うんだろう?
「そっか……じゃあ、比企谷君。一つお願いがあるんだけど」
「お願い?」
これくらいのわがままなら言ってもいいよね?
だって比企谷君が施しを受けるつもりがないって言ったから、一つ位お願い言ったって損はないと思うんだ。
「比企谷君のこと、その……八幡、って呼んでもいいかな?」
「喜んで」
反応が凄い早かった。
それはもう、満面の笑みと共に言われちゃった。
どうしよう、自分から言っておいて、その、恥ずかしいな……。
「えへへ……ありがと、八幡」
「お、おう……」
八幡の顔が赤くなった。
照れてるのかな?
「お、お兄ちゃんが……秒殺されてる!?」
そんな光景を見ていた比企谷君……ううん、八幡の妹の小町ちゃんが、凄く驚いたような表情を見せていた。それこそ、少女漫画で登場するような。何だろう、背景に稲妻が見えるような気がしたよ?
「こ、小町。少し待ってくれ。お兄ちゃんな? 今喜びを噛み締めている所だから」
「うわぁ……これ以上ない程キモイお兄ちゃんだ。キモイチャンだ」
「キモイとお兄ちゃんをナチュラルに混ぜて変な名前つけるのやめなさい? バカが移るぞ?」
「だ、誰がバカだしっ!」
「今自分で名乗ってる奴のことだ」
ミルクティーを飲んでいた由比ヶ浜さんが、八幡の言葉に反応しちゃってる。
小町ちゃんはなんだか楽しそうというか、嬉しそうというか。
きっと、兄である八幡の周りにたくさん人が集まってきていることが嬉しいのかな?
「あのね? 八幡」
「ど、どうした? 戸塚」
あれ? 八幡の顔が赤い気がするよ?
どうしちゃったのかな……?
「八幡って、実は凄いモテたりするのかな?」
「……え?」
あれ?
八幡の顔が何だかおかしな感じになっちゃってるよ?
「だって、島田さんが居て、由比ヶ浜さんが居て、部活には雪ノ下さんも居るんでしょ? 八幡、とっても優しくていい人だから、周りに人が集まってくるんだね!」
「お、おう……」
顔を赤くして頬を掻いちゃってる八幡。
そっぽ向かれちゃったのが少しムッときて、わざと後ろからそっと近づいて……肩をポンと叩いてみる。
「お?」
ぷにっ。
八幡の頬を指で軽くつついてみた。
あ、柔らかくて気持ちいい。
「引っかかった♪」
「……っ!!」
八幡が変な顔になってる。
あはは、なんだか面白いなぁ。
やっぱり、八幡っていい人だし、面白いし、仲良くなれそうな気がするなぁ。
「ボランティア、楽しくなるといいね!」
「お、おう……」
きっと、これから始まるボランティアは楽しい思い出がたくさん作れるんだろうなぁ。
そう考えると、なんだかワクワクしてきちゃった。
「あ、彩加!」
後ろから吉井君の声が聞こえてきた。ちょうど西村先生の車もここに来たのかな?
吉井君の後ろからは、坂本君や木下君、そして何故か写真を撮っている土屋君の姿があった。一体土屋君は誰の写真を撮ってるんだろう? なんだかカメラのレンズが僕の方を向いている気がするけど……。
「彩加達もここにきておったのじゃな。追いついてよかった」
「んで、比企谷は一体どうしたんだ? なんだか顔が赤いみてぇだけど?」
「……何でもねぇよ。少し、吉井の気持ちが分かっただけだ」
「へ? 僕の気持ち?」
吉井君の気持ちって一体何のことだろう?
「少し八幡と仲良しになっただけだよ?」
「「「「八幡????」」」」
四人分の声が重なった。
吉井君達が驚きの声を上げていたのだ。
それに対して八幡は、
「おいそんなに驚くことかよ」
と、睨んでいた。
「だってさ? 僕が八幡って呼んだ時、何かおかしな物を見るような目で言ってきたよね?」
「あれは吉井が突然過ぎたからだ」
「あまりにも理不尽じゃないかな!?」
八幡の言葉に吉井君がツッコミを入れている。
やっぱり、八幡ってぼっちじゃないよね? こんなにもたくさんの人に囲まれて、いい人だっていうことが証明されている気がする。
始まりはテニスの授業で見かけた動きだったけど、気付いたら目で追っていて、そして八幡の人柄を知った。まだ一か月位しか経ってないし、八幡が学校に来てからはほとんど時間は経っていないけど、これからたくさん思い出作れるといいなぁ。
「は、ハチ?! これは一体どういうことか説明してよね!」
「いやなんで島田が怒ってんの」
僕達の楽しい一日は、これから始まるのだろう。
本来は林間学校中のエピソードを書こうと思ったのですが、意外にも話をぶち込むのが難しいなぁと思い、そこで俺ガイルのゲームを思い出しました。
そうだ、千葉村に行く前にサービスエリア行ってるじゃん。
ならそこでの話を軸にすればいいじゃないか。
そう思ったので今回の話が完成しました。
何気に八幡の周りって人がたくさん集まってますよね。
全然ぼっちじゃないのに、本人は認めようとしない……。
戸塚はそのことをしっかり分かっているようです。
最早この子がヒロインでいいんじゃないかと書きながら思ってしまいました……本当に男ですよね?
次回の主人公については今のところ、島田さんか姫路さんを予定しています。
全然話の中身が変わってきてしまいますが……思えば姫路さんは今回が初登場なので、出番を上げなきゃなぁって思っていたり……。
兎にも角にも、次回もお楽しみに!