放課後。
結局逃げ場をなくした俺は、吉井と一緒に職員室まで足を運んでいた。最早慣れているのだろう吉井の足取りは軽く、一方で俺の足取りは凄く重い。いや、呼び出しで足取り軽くてどうすんだよコイツ。
「一体何させられるんだろうね」
「さぁな……俺は早く帰りてぇ」
「まぁまぁそう言わずにさ」
「てか、なんでお前そんな元気なの……呼び出しくらってるのに」
「え? 何か楽しそうじゃん? それに今回は八幡も居るし」
「あっそ」
大体今の会話で悟ったが、やはり吉井明久という人物はバカだ。あまり物事を深く考えられる人間ではなさそうだ。なのに、どうしてかコイツの生き方は別に窮屈に感じない。むしろ――。
「失礼します」
余計な思考を断ち切る意味でも、俺は職員室の扉をノックして、すぐさま開いた。
開いた先で待っていたのは、椅子に座って足を組んでいる平塚先生だった。
こうしてみるとやはり様になっている。美人でかっこいいのに、どうして貰い手がないのだろうか。
「おい比企谷。今何か余計なことを考えなかったか?」
「滅相もございません」
そういうとこだぞ。
「約束通り来たな」
「西村先生にまで根回しするなんて卑怯ですよ」
「そうでもしないと、吉井はともかく比企谷は来ないだろう?」
「……」
本当、何処までも生徒の思考パターンを読んでくる人だ。確かに生徒指導を担当しているのも納得がいく。ちなみに、担任である西村先生も同じく生徒指導を担当しているが、こちらはどちらかというと教科関係での仕事が多いらしい。生活指導面は平塚先生が担当しているのだそうだ。
同じ生徒指導でも、違うアプローチが存在するらしい。
「それじゃあ、行こうか」
「行くって、どちらへ?」
吉井は首を傾げながら尋ねる。
平塚先生は、椅子から立ち上がると、
「いけば分かる。とりあえずついてきたまえ」
そう言って平塚先生は俺達の間を横切って、そのまま前を歩き始める。
俺と吉井は一度目を合わせた後、先生の後をついていくことにした。
※
普段なら絶対行かないだろう特別棟。
音楽室や生物室、図書館等が建ち並ぶ場所だが、奉仕活動とは一体何をやらされることになるのだろう。
しかし、平塚先生はそれらの教室をスルーして、さらに進んでいく。
やがて辿り着いたのは、一つの教室だった。プレートには何も書かれておらず、何の教室なのかもわからない。
「ここ、ですか?」
「あぁ」
吉井が尋ねると、先生はすぐさまがらりと扉を開けた。
中に広がっているのは、元々は倉庫だったのかと思われる程の内装。隅の方に机や椅子が無造作に積み上げられたその教室の中に、一人の少女が椅子に座って本を読んでいた。
俺は思わず見惚れてしまっていた。
「先生。入る時はノックを、とお願いしていた筈ですが」
「ノックしても君は返事をしないだろう?」
「返事をする間もなく先生が入ってくるだけです」
俺達に気付いた少女は、読んでいた本に栞を挟んだ後で先生に抗議していた。
俺は――というか、恐らくこの学校に通う生徒なら大抵は知っているだろう。
雪ノ下雪乃。一年J組にいる彼女は、国際教養科に居る。普通科より偏差値が二~三高い学科であり、千葉県でも国際教養科がある学校は珍しいという。
今年、一年J組に入った生徒の中で有名な生徒の内の一人が、雪ノ下雪乃である。他にも相当な学力を保持しているとして頭の良さが際立っている生徒がいるらしい。一人は当然国際教養科に居るらしいが、実はもう一人、普通科に居ながら相当の学力を保持している生徒がいるらしい。
「それで、そのぬぼーっとした人と、何も考えてなさそうな人は?」
「八幡、何も考えてなさそうって言われてるよ?」
「吉井、それお前のことだから。お前ぬぼーっとしてんの?」
「してないけど?」
今自分で認めたよコイツ。
それにしても、会っていきなり随分と辛辣な言葉が飛んできたものだ。
「比企谷に吉井だ。今日はちょっと部活見学ってことで来てもらった」
「一年F組、比企谷八幡です……って、部活見学?」
「同じく一年F組、吉井明久です。気軽にダーリンって呼んでください」
「呼ばないわよ……」
早速と言うかなんというか、雪ノ下がこめかみに手を抑えながらボソッと呟いていた。
初対面の人間相手に何故ダーリン呼びを推奨するのかコイツは。
「ここに居る二人はそれぞれ違う理由からではあるが、このまま過ごしていると社会的にまともに生きていけるか怪しいのでな……比企谷の方は、見ればわかると思うがなかなか根性が腐っている。吉井は、全教師が認めるバカだ」
「全教師にバカって思われてるんですか僕!?」
見て分かる位に落ち込んでいる様子の吉井。
何か、その情景が妙に鮮明に浮かんできそうだ。
「そこで私からの依頼だ、雪ノ下。比企谷の捻くれ孤独体質の更生と、吉井のバカさ加減を何とかして欲しい」
「それなら、先生が躾れば解決だと思うのですが」
俺の件はともかく、吉井に関しては教師がアプローチかければそれで解決する話だと思うのは同意する。
しかし先生は、
「西村先生が手を焼いているレベルだ。この意味が雪ノ下には分かるか?」
「それ、つまりは諦めの境地に達しているということになりますね?」
「待って。僕諦められてるの?」
間接的に吉井がいじめられていた。
「それに雪ノ下。まさかとは思うが君ともあろう生徒が、あっさりと手放す選択をするわけはあるまい? 逃げるのは君にとって美徳ではないだろう」
「……そうですね」
どうやら雪ノ下は勝負事に勝つことに拘り、逃げることを嫌う傾向にあるらしい。
先生はそのあたりをよく理解しているのか、雪ノ下のことを挑発していた。
「そういうわけだ二人とも。ここで少し雪ノ下と話していくといい。今日については強制だが、明日以降については強制しない。自分達で考え、行動し、その上で決めることだ……機会は与えたからな?」
そう告げると、先生は教室を後にする。
残ったのは、椅子に座っている雪ノ下に、突っ立っている男二人のみとなった。
さて、今回の話については少し解説が入ります。
原作だと有無も言わさず強制入部という流れでしたが、今回は部活見学に留めております。
西村先生が関わっていることもそうですが、何より彼らはまだ一年生ですからね……そもそも奉仕部自体は一年の頃から存在していたのか分からないですが(記憶違いでなければ、原作でもアニメでも特に言及はされてなかった気がする)、この作品では一年の頃から奉仕部は存在していることにします。
さて、選択の猶予が与えられた上、原作よりも若干マイルドになっている雪ノ下……一体この先どうなっていくのか、お楽しみに!