「うわ……なんでこんなところに男も混じっていますの……」
突然訪れた女子生徒によって一度議論は打ち切られたわけなのだが、その代わりに新たなる波乱が舞い込んできたようだ。俺と吉井の姿を見るなり、いきなり汚物を見るような目を向けてきた。いやそんなに汚らわしいですかね? 俺も吉井も普通の身なりをしている筈だけど? 何なの? 男見るだけで吐き気を催すのん?
「確か……一年D組の清水美春さん、だったかしら?」
「流石は雪ノ下お姉様!」
「「お姉様??」」
男子と女子――とりわけ、雪ノ下の前では随分と態度が異なる女子生徒――清水美春。
いやまぁ別に態度を分けること自体はいいんだけど、お姉様って何? いきなりゆるゆり乗り越えて禁断な百合の世界へ突入するのん?
「もしかして雪ノ下さんって……そういう趣味あったの?」
「違うに決まってるじゃない……」
吉井の質問に対して、当然雪ノ下は否定する。もしそういう趣味が本当にあるのだとしたら、それはそれでかなり驚いている所だ。実際あるとは微塵も思っていないが。
「美人でスラッとしていて、とても頼りがいのあるお方……ですけど、私には心に決めた方が……っ」
「心に決めた方?」
うっとりしながら清水が呟く。
それに対して吉井が聞いている感じ、なのだが。
「五月蠅いですわね。雪ノ下お姉様との貴重な時間を、汚い猿に邪魔されたくないのですわ。話しかけないでくださいます?」
「いきなり流石に酷過ぎない!?」
あまりにも残酷な拒絶発言をされていた。
いや、何処まで男を毛嫌いしているのこの人。
怖いから話しかけないでおこう……。
「最近、私の中で気になるお方がおりますの。けど、その方はどうもクラスに馴染めていなかったようで……私は違うクラスだからなかなかお話する機会もなかったものでしたから、どうすることも出来なくて……だから、せめてその方の名前だけでも聞けたなら、話しかけられると思って……」
「クラスに馴染めていない……」
雪ノ下がポツリと呟く。恐らく何かしらに気付いているのだろう。
俺の方も、清水の言葉ではっきりと気付いている。
もしかしなくても、俺や吉井についてはまさしくタイムリーな人物なのではないだろうか。
「その方はもしかして、ポニーテールに髪をまとめているのではないかしら?」
「そう! そうですわ!!」
雪ノ下に話しかけてもらえていることと、その人物を言い当ててもらえたことがこれほどまでに嬉しいのか、清水の目が思い切り輝いている。本当に嬉しいことが重なると、人というのはここまで輝けるものなのだろうか。俺には恐らく一生分からない気持ちなのだろうが。
「……比企谷君。後はお願いしてもいいかしら」
「おい何さり気なく俺に押し付けようとしてるんだ」
雪ノ下がこめかみを抑えつつ、俺の方に思い切り話をぶん投げてきた。
ちょっと待て。コイツの相手を俺がするの?
黙っていろと言われた吉井なんて、ご丁寧に約束を守っているのかさっきから発言をしようともしてないのに?
しかも清水の方は、露骨に嫌そうな表情を浮かべているんだが。
「……えっと、そ、ソイツに関しては……」
「何かどもっているの気持ち悪いですわ。流石は男……汚らわしい」
一瞬にして俺の中での清水の評価が下がった瞬間だった。
いや、確かにどもったけれども、そこまで言う必要なくない?
「……ソイツは俺のクラスにいる島田美波って生徒だ」
「なんでアンタがお姉様の名前を知っているんですの?」
「同じクラスだっつったろ……」
話を聞いていないの?
男の話を聞こうともしない問題児なの?
「貴女が知りたがっているのは、島田さんのことでしょう? ならばこの男に聞くのが一番いいと思ったのよ」
「雪ノ下お姉様のお言葉でも、流石に聞けませんわ……私に、男子と会話しろと申しますの?」
本当に男子と話すのが嫌いなのか、清水はこれでもかという程嫌そうな表情を向けている。嫌悪感を隠そうともしていなかった。
対する雪ノ下は、こめかみを抑えながら、
「……分かったわ。一応名前は教えたし、クラスもF組だから、これで貴女は行動を起こせるわね?」
と、いよいよ相談終了の流れに持って行こうとしていた。
「ありがとうございます! とても参考になりましたわ!!」
清水はそのまま目を輝かせ、その場を後にしようとする。
しかし、扉の前に立った後で、
「……そこの、目が腐った男」
「は?」
何故か、俺を指名してきた。
「な、なに?」
「今までの話をまとめるに、貴方はお姉様と同じクラスなのですわよね?」
「……あぁ、そこに居る吉井も含めてな」
自分を指差しながら『え、僕?』って顔をしている吉井。
清水は俺と吉井を見比べながら、
「言っておきますけど、お姉様に何か手出しをしたら……分かっておりますわよね?」
と、思い切り威嚇してきた。
「いや、まぁ。別に隣の席ってだけだし……」
「はぁ!?」
しまった。
つい、言わなくてもいい情報まで渡してしまった……。
清水の目に、怒りの炎が宿ったような気がした。
「アンタのような猿人類が隣ではお姉様が可哀想ですわ!! いいですこと? 私のお姉様に対する愛は『本物』なんですのよ!! 汚らわしい下心満載な目でお姉様に対してちょっかいかけて欲しくありませんから、近寄らないで頂けないかしら!?」
本物、か。
何故かその言葉に惹かれるものを感じていた。
恐らく、清水の気持ちは本物なのだろう。多分島田に対する愛は、他の人から見たら明らかに強すぎる物だし、実際危険な思想が絡んでいそうなことに違いはない。社会に出た時に問題があるのは俺ではなくコイツなのではないかと思ってしまう程のものだ。
しかし、誰かを想う気持ちについて、誰よりも島田のことを想うのだろう。まだ知り合っても居なくて、気になっているだけなのかもしれないが、不思議と揺さぶられる何かを感じた。
――清水美春という女子生徒が、一瞬眩しく映った。
「俺の方からは何もしねぇよ……」
実際、俺の方から何かしたことはない。
むしろ島田の方から話しかけてくることの方が多いのだが、その場合どうしたらよいのだろうか。
「分かりましたわ……今の言葉、忘れないでくださいませ」
そう言い残すと、今度こそ清水は部室を後にした。
というか、なんで俺目つけられてるの。
「……今日はもう終わりにしましょう。明日からくるかどうかについては、貴方達に任せるわ。部活見学ということで、平塚先生に連れて来られたのでしょう?」
疲れたような表情を浮かべつつ、雪ノ下が尋ねてくる。
「そうだな……」
その提案はとてもありがたい物だった。
正直、こんなに面倒なことが続くのだとしたら、明日から来なくてもいいと言われたら喜んで行かないまであった。来るか来ないかを咎められないのであれば、行かないに決まっている。面倒なことに無理に足を伸ばす必要はないのだから。
だと言うのに、何処か後ろ髪を引かれるような思いが残った。
「……後、吉井君。もう喋っていいわよ」
「ぷはっ」
雪ノ下の言葉を聞いた吉井が、息を漏らしていた。
コイツ、まさか息を止めていたわけじゃあるまい?
と言う訳で、問題児の話はこれにて終了です。
次回は帰り道でのお話になりそうです。