帰り道。
雪ノ下は部室の鍵を職員室に返しに行くということで、下駄箱までの道のりを吉井と二人で歩くことになった。とはいえ、俺の方から吉井に話すことはないのだけれど……。
「さっきの清水さん、凄い人だったね……」
逆に吉井の方から話しかけてきた。
「まぁ、そ、そうだな」
あの時の清水は、真に迫る何かを感じられた。正直、島田に対する愛が本物であるだけに、こちらから言えることは何もない。と言うより、何もしたくない、というのが正しいかもしれない。
実際、雪ノ下に話を振られなければ、俺はあのまま会話に参加しようとは思わなかった位だ。
「でも、あれだけ誰かを想うことが出来るのも、凄いことかもしれないね」
「……そうだな」
どんな形であれ、清水のそれはまさしく『本物』。
世間的にはなかなか認められないものかもしれないが、それでも純粋に、誰かのことを想って行動出来るその勇気は褒め称えられるべきものなのかもしれない。
世間体や、立ち位置、そしてファッションで決めているわけではない。常に全力。
もし、これだけ本気で誰かを想うことが出来るのだとすれば――そして、これだけ相手を信じて行動することが出来ていたとすれば、あの時間違えることはなかったのだろうか。
いや、それは過ぎた話だ。今更過去を振り返ったところでどうにもなりやしない。
それに、勘違いをしてはいけないと悟った筈だ。
「八幡? どうかしたの?」
そんな時、隣に居た吉井が少し心配そうな表情を見せながら俺に話しかけてきた。
「……なんでもない」
「そっか。それならいいんだけど」
俺の言葉を聞いて安心したのか、吉井は笑顔を見せてくる。
コイツは本当に一体、何なのだろう。
恐らく今まで生きてきた中で会ったことのないタイプの人間であることは間違いないだろう。それに加えて、トップクラスのバカであることも揺るぎない。
それ故なのか、何処までも真っ直ぐで、単純で。
きっと俺とは対極に位置する人間なのだろう。
「ねぇ八幡。明日はどうするの?」
「明日?」
吉井から来た質問の意味を最初は理解することが出来なかったが、すぐに『奉仕部』のことだと理解する。
「自由参加ってんなら、俺は別に行こうとは思わない。部活動に勤しむ時間があるのなら、家に帰って勉強し、テレビを利用して
「そっか……僕も毎日ってわけにはいかないけど、明日は行こうかなーって思ってたんだけど……」
「……ん?」
何か、吉井との会話が若干すれ違った気がする。
俺と吉井の間で、明確な認識のずれがある?
「なぁ吉井。今話しているのって、奉仕部のことだよな?」
「そうだよ? 明日は行けないって話でしょ?」
「……明日から行かないって話なんだが」
「え? だって奉仕部に入部したんじゃないの?」
ちょっと待て。
いつ俺が奉仕部に入部した?
何言ってるんだこいつって顔を見せてくるけど、それは俺の台詞だ。
「入部しただなんて一言も言ってないぞ!?」
「そうなの? けどさ八幡……今日、楽しかったでしょ?」
曇り一つない笑顔で、吉井は尋ねてきた。
あの状況が楽しい、だと?
初対面の女子に罵倒され、いきなり訪問者の相手をさせられて、あれだけ面倒な状況が楽しい、と?
そんなわけがない。
あんな面倒なことは御免だ。
もう来なくていいと言われたならば、喜んで行かないまである。
だと言うのに、俺はすぐにそれを否定することが出来なかった。
「……さぁ、な」
だから俺は、答えることが出来なかった。
正直今の気持ちは俺にも分からない。
この気持ちの正体を、俺は掴むことが出来ないでいた。
「僕はさ、色々あったけど……楽しかったよ?」
「……そうか」
何処までも真っ直ぐで、単純で。
そんな純粋な笑顔で吉井は言う。
「だからさ八幡。また行こうね?」
「……気が向いたらな」
吉井からの言葉を避ける為にも、俺はそう答えることにした。
そうこうしている内に下駄箱まで辿り着く。
俺は自転車通学である為、駐輪場まで向かうことにした、のだが。
「……吉井も自転車通学なのか?」
何故か吉井も一緒に着いてきていた。
「え? 違うけど?」
「ならなんでこっち来てる?」
「八幡と一緒に帰るからだけど?」
え、一緒に帰る約束なんてしたっけか?
「途中までは帰り道一緒だし、せっかくだから一緒に帰ろうよ?」
さも当然のように提案してくる吉井。
「あ、そ、そう……」
思わずどもってしまう俺。
吉井はその言葉を肯定と受け取ったのか、俺の横を着いてくる。
何だろう、この感じ。
「そういえば八幡って、GWは何するの?」
校門を抜けた後で、吉井が尋ねてくる。
もうすぐGWだ。家から一歩も出なくて済む十日間が待っている。
正直待ち遠しい。働かなくていい上に、家には小町が待っている。これほどまでに幸せな十日間はないだろう。
「家に居る。ゲームする。本を読む。妹と遊ぶ。以上」
「八幡って妹居たの!?」
わざとらしく驚く吉井。
そう言えば妹がいるって言うのをこの学校の奴に言ったのは初めてのことだ。
「あぁ。天使だ」
「秀吉とか彩加みたいな?!」
「秀吉……? 彩加……?」
吉井の口から聞き慣れない単語が飛んでくる。
それに対して吉井は、
「二人ともクラスメイトだよ!? しかも凄い可愛いんだよ!?」
「そ、そうなのか……」
ここまで吉井が必死になるということは、よっぽど可愛いのだろう。
だが、小町には勝てまい。
「明日紹介するよ! あ、その時に由比ヶ浜さんも紹介するね!」
「べ、別に、いい、けど……」
そう言えば先日、吉井からそんなことを言われた気がした。
由比ヶ浜……後から知ったが、どうやらクラスメイトである由比ヶ浜結衣。
特に知り合いというわけでもないし、きっかけなんて俺は知らないのに、何故か仲良くなりたいと言っている女子生徒。一体何をしたというのか分からない。
――あぁ、何というか、俺は疑っているのかもしれない。
「そうだ八幡! GW暇だったら……」
「暇じゃない」
「さっきの話じゃ暇でしかないと思うんだけど?! ……って、そうじゃなくて! もしよければ、雄二達と家でゲームする日があるんだけど、一緒にやらない?」
なる程。
雄二――ということは坂本か。
そう言えば吉井は坂本とも仲がいいんだったな。
何というか、コイツは交友関係が広い。
「……気が向いたら」
「そっか。それじゃあ八幡、何かあったら連絡したいし、連絡先交換しようよ」
「へ?」
マジで?
流れるように連絡先交換しに来たよこの人?
「どうしたの?」
キョトンとしている吉井。
特に断る理由もないが、登録の仕方がいまいちわからない為、
「分かった……じゃあやっといてくれ」
「へ? うわっと!」
吉井に対して携帯電話を投げた。
「えっと、登録登録……って、本当に八幡、アドレス帳の登録数が……」
「うっせぇ」
ただの目覚ましでしかなかった俺の携帯に、吉井の連絡先が加わった。
恐らく加わっただけで使われることはないのだろうが、別に構わないだろう。
「じゃあ八幡、日時とか決まったらまた連絡するからね!」
「……分かった」
送られる分には構わない。
別に行くも行かないも俺の勝手なのだから、来た時に気付かなかったことにすれば何も問題ないだろう。
と、そんなことを考えていた、その時だった。
「ん……?」
吉井が何かに気付いて立ち止まる。
そこにあったのは、とあるぬいぐるみ屋。
扉が開かれていて、中の声が聞こえてくる。
「葉月、一生のお願いです! あのノインちゃんが欲しいんですっ!!」
小学生くらいの女の子が、店員に対して必死に懇願している姿がそこにあった。
「八幡、行くよ!」
「え、ま、まじ?」
何故か吉井は店の中へと入っていく。
俺も慌てて自転車を止めて、中へと入っていった。
――何故か今日は、全然家に着きそうにない。
これにて、第三問は終了となります。
次回は明久目線での葉月回です!
ただし、今回は八幡が登場していたり、奉仕部があったりとで、原作とは違う展開が予想されます。
当作品は、あくまで原作ネタを用いたオリジナルストーリーです。
お楽しみに!
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