やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第五問 何故か、男達は闘いに身を投じる。 (2)

 四月末といえど外の空気はなかなかに生温い。公園までの道のりを自転車で漕いでいるわけなのだが、正直生温い風が体にまとわりついて鬱陶しい。夏の陽気が合わさってたとしたら、外に出た段階で完全に溶けてしまっていた自信がある。なんでこんな時に外出しなければいけないんだ? やはり自宅は最高じゃないか。まだ公園に着いてないけど、あの後二度寝してしまったんだごめんとかいっておけば問題ないだろう。よし帰ろう。

 と、公園まで後少しというところで自転車を降りて、回れ右して帰ろうとした時のことだった。

 

「あっ! お兄ちゃん!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきた気がした。そういえばあの公園は、以前吉井と一緒に女の子のぬいぐるみを渡す為に待ち合わせ場所として利用した所だった。即ち、その子の家は近くにある可能性が高いということになる。なんか思い出しただけですごい顔が赤くなるんだけど? なんであの時俺抱きつかれたのん? ていうか吉井キスされてたよな? 

 

「お兄ちゃん? 誰よそれ、葉月」

 

 なんか、もう一人知り合いの声が聞こえた気がするんだが。

 そういえば、初めて会った時に『引っ越したばかりで』って言ってたな……まさかな……。

 

「お兄ちゃんですーっ!」

「うぉっと」

 

 背後から訪れた感触に、俺は思わず倒れそうになるとなんとか踏みとどまった。お互いに倒れ込んでしまってはたまったものじゃない。自転車を止め、後ろを振り向くと。

 

「あっ……ひ、比企谷!?」

 

 ある意味予想通りというかなんというか。

 嬉しそうな表情を浮かべながら俺に抱きつく葉月と、そんな俺達を見つけて驚いたような表情を浮かべている島田の姿があった。

 

「い、いつの間に比企谷は葉月と知り合ってたの!?」

 

 凄い勢いで島田が近づいてきた。

 近い近いいい匂いマジで近くていい匂い! 

 

「た、たまたまだ、たまたま」

 

 思わず俺はどもってしまう。

 突然過ぎることに頭が回らない。しかも相変わらず葉月は甘えてくる。駄目だ、俺の妹は小町だけ。そう、妹は小町……葉月も俺の妹だった……? 

 

「俺の妹になってくれ」

「ちょっと何言ってんの比企谷!?」

 

 島田がツッコミを入れてくれたおかげで、俺の意識はなんとか戻ってくることが出来た。危なかった……本気で葉月をうちの妹だと誤認してしまう所だった。

 

「ところで、比企谷の家もこの辺りだったの?」

 

 少し顔を赤くしながら島田が尋ねてくる。

 

「あ、あぁ。自転車なら数分って所だな……」

「そっか……実はウチの家もこの近くなんだ。そうなんだ……比企谷の家、ウチの家の近くにあったんだ……」

 

 ポツリと呟く島田。

 やめてくれ、その反応は心臓に悪い。勘違いした上に告白して振られてボロ雑巾にされてしまうだろ。いや最後おかしくない? 

 

「もしかして、お姉ちゃんが言ってた……」

「葉月! そ、そろそろ行かないと時間に間に合わなくなっちゃうよ!」

 

 何かを葉月が言いかけたが、そこを島田が被せるように言う。何やら慌てているみたいだ。長居は無用か? 

 

「用事があったのか」

「ひ、比企谷こそ公園に向かってたみたいだけど……」

「そうだな……」

「そっち、公園じゃないよ?」

「そうだな……」

 

 島田に指摘されて軌道修正する事にした。言われてしまっては仕方ない。まさかこのまま帰るわけにもいかないだろう。

 

「お兄ちゃんはこの後暇じゃないです……?」

 

 相変わらず俺に抱きついたまま、葉月が尋ねてくる。身長差がある為自然と上目遣いになって、正直すごく可愛い。何故だろう、あざとさとかそんなの全然感じさせない。天使はここにいたというのか? 

 

「す、すまん。今日は約束があるから……」

「そうですか……残念です……」

 

 しょんぼりする葉月を見ていると、なんだか凄く申し訳ないことをした気分になる。何だろう、小町限定だったお兄ちゃんスキルが際限なく発揮されてしまうよ? 

 というか、島田からの視線が痛い。この視線の意味はなんとなく理解出来る。同じく妹を持つ身であるからこそ、伝わってくる。

 

 うちの妹を泣かせるな、ってやつだ。

 

「また今度、一緒に遊ぼうな」

 

 頭を撫でながら葉月に言う。

 すると葉月は、満面の笑みと共に、

 

「はいですっ!」

 

 はい可愛い。もう天使。

 

「あ、あのさ! 比企谷!」

 

 その時、島田が顔を少し赤くしながら前に出る。まるで何か気合を入れたかのように。

 

「葉月と遊んでくれるのなら、時間とか合わせなきゃでしょ? だ、だから……比企谷の連絡先を教えて!」

「へ?」

 

 まさか、島田から連絡先を聞かれるとは思ってなかったので、思わず間抜けな声を出してしまった。

 そんな俺の反応を勘違いしたのか、

 

「駄目……?」

 

 と、少し不安げに島田が尋ねてきた。

 ……どうしたんだろうか。このところ、俺の防御力がどんどん削られている気がする。ぼっちであるが故に強化されていたはずの何かが、どんどんボロボロ壊れていくような感覚すらある。

 まして、そんな表情をされると断れない。

 

「……ほれ」

「え? うわっ」

 

 ポケットから携帯を取り出して、島田に放り投げる。慌てて島田はキャッチした。そんな島田に俺は言う。

 

「登録しといてくれ。いまいち俺、やり方分からないんだわ」

「……自分の携帯、人に見せちゃうんだ」

「見られて困るようなことねぇからな」

「……何それ、変なの」

 

 そう言いながら、島田は連絡先を入力していく。程なくして、

 

「はい。これで連絡先交換出来たから! ……と、そろそろ行くよ、葉月!」

「はいです! またね! お兄ちゃん!」

「あ、あぁ。また、な」

 

 葉月の手を握りながら、島田は立ち去っていく。その間、葉月は俺の方を見ながら手を振っていた。

 俺は軽く手を上げて、それだけだった。

 

「……本当、どうしちまったんだろうな」

 

 携帯電話のアドレス帳には、家族以外の連絡先として、吉井と島田の二人が登録されている。高校生活が始まってまだ1ヶ月しか経っていない中、ぼっち生活が始まると思っていた俺の生活は、当初の予定とは大きくずれていた。これが果たして今後どんなふうに変わっていくのだろうか。少し期待すらしてしまいそうになる。

 だが、やっぱり勘違いしてはいけない。勘違いは黒歴史を生み、やがては自分の身を削る。だからこそ最初から防御線を構築する方がいいに決まっている。

 

「……はぁ」

 

 だが、心の何処かで、今の生活が楽しいと思っている自分が居た。少なくとも、中学時代よりも明らかに充実している。いや、し過ぎている。

 そんなくだらないことを考えながら、待ち合わせ場所である公園まで自転車を押して歩いていくと、

 

「あ、八幡! 時間ぴったしだね!」

 

 笑顔で俺を迎え入れる吉井と、相変わらず不敵な笑みを浮かべる坂本、そして後二人の姿があった。




気付けば字数が50000字突破しておりました……そしてお気に入り登録数も450を突破しておりました……。
投票してくださった方、お気に入り登録してくださった方、感想投稿してくださった方、読んでくださった方、本当にありがとうございます!
何気にデイリーランキングに生き残ってるのも初めての経験です……。

本編の方では、八幡が自身の心境の変化に戸惑い始める形となりました。日に日に増していく島田さんのヒロイン力にも注目です。

ではではまた次回!

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