吉井の家からの帰り道。俺は一人、帰り道を歩いていた。
結局、休憩してから俺達は、時間も忘れてがっつり大乱闘をやりまくっていた。柄にもなくゲームをやり倒したと思う。こんな経験はかなり貴重なのではないだろうか。
なんて、感傷に浸るつもりはない。
こんな機会など、今日で最後だろう。
確かに、連休中に奉仕部で出かけなければならない用事もある(それもあの手この手を使ってサボろうかと思うが、もし事情を知った段階でサボったことが平塚先生にバレれば何をされるか分かったものではない為、風邪引かないかなぁなんて今から思っている所だ)。だが、連休中の用事なんてそれで終わりだ。
こんな機会だからこそ、お祭り気分で俺は誘われただけだ。
希少種がたまたま予定合ったから一緒に居たような感覚だ。それ以上でもそれ以下でもない。
つまるところ、俺と吉井達には、特別な何かは存在しないということだ。
何かを期待するなんて烏滸がましい。俺にはそんな価値などない。
「……ん?」
その時、ポケットの中に入っていた携帯電話が震えていることに気付く。
帰りついでに小町から買い物でも頼まれるのだろうかと思いながら一応確認すると、
「島田……?」
そこに表示されていたのは意外な人物からだった。
島田美波。
そう言えば吉井の家に行く前に連絡先を交換したんだったな。にしても、まさかその日中に連絡が来るとは思ってもみなかったが。
自転車を押しながら歩くことにし、俺は鳴り続ける電話を止める意味でも通話に出ることにした。
「もしもし?」
『比企谷? よかった……なかなか出なかったから忙しいのかなって……』
「チャリ漕いでたからな。今は押してるから問題ない」
『そっか。自転車乗りながら通話するのは駄目だもんね』
「そういうわけだ……ってか、どした?」
一体島田は何の用事で電話をかけてきたというのだろうか。
『あ、あのさ。由比ヶ浜さんから聞いたんだけど……比企谷達、今度部活動でキャンプ行くんだって?』
「あ、あぁ。そうだけど……」
ってか、いつの間に由比ヶ浜と仲良くなってたのね。
順調に交友関係を広げているみたいで何よりだ……やっぱり島田は、ぼっちになることはなかったじゃねえか。
『それでさ、ウチも誘われたからさ……一緒に行くことになったよって報告がしたくて』
「お、おう……」
わざわざ俺に報告してくるとは。
余程由比ヶ浜に誘われたことが嬉しかったのだろうか。
島田美波は、元々日本語がそこまで流暢ではなかったが為に浮いていて、それ故に孤立していただけだ。元々の性格はやはり明るい為、必死に日本語を勉強した今、友人だって出来ている。
それに、妹である葉月の話を聞く限りだと、優しい姉であることは確かだ。
あぁ、やっぱりコイツは、俺とは違う世界に居る人間なんだな。
悪意によって孤立していたわけではなく、孤高でありたいと思ったわけでもなく、たまたま運が悪かっただけ。
そして今は、彼女自身の努力の賜物で、ようやっと本来の島田美波を取り戻せたのだろう。
――やはり、そこに俺の存在は関係なかった。
『キャンプ、みたいだね?』
「と言っても、俺達は林間学校に来る小学生の面倒見る係だそうだ。だから、ボランティアの方が正しいぞ」
『確かに。葉月にも話をしてみたら行きたがってたけど……』
「そういうことなら平塚先生に相談してみたらどうだ? 一応あの人顧問やってるみたいだし」
『それもそうね……って、電話番号知らない……』
「教えておこうか?」
『……なんで比企谷が平塚先生の連絡先知ってるの?』
なんでだろうなぁ……。
普通生徒にほいほいと連絡先教えるかねぇ。
とはいうものの、部活の連絡とかをする為に使うこともあると言われてしまえば、逆らえない。
ちなみに、由比ヶ浜や雪ノ下とはまだ連絡先を交換していない。別にこっちから言う必要もないから、特に交換しようとも思っていないが。
『まぁ、いっか……後でメールで教えてね?』
「あぁ。まぁ、あの人なら事情説明すればオッケー出しそうな物だけどな……」
『何だかんだで、平塚先生優しいからね。西村先生と一緒で』
「西村先生は吉井や坂本達が絡むと厳しいけどな」
『あれは吉井や坂本がバカやってるからでしょ……』
「違いない」
なんてことのない会話を交わす。
電話越しだからか、それとも学校でも隣同士で話す機会が多い為か、それとも吉井の家でゲームをやった帰りで浮足立っているからなのか。理由は分からないが、自然と饒舌になっている自分に気付いた。
何を舞い上がっているというのだろう。
『あのさ、比企谷……』
「どした?」
少し、電話越しの声が緊張しているように聞こえた。
まるで何かを俺に対して言おうとしているような、そんな感じ。
俺は島田の言葉を待っている。
『由比ヶ浜さんから聞いたんだけど、比企谷ってヒッキーって呼ばれているんだって?』
何を言い出すかと思えば、俺のニックネームについてだった。
いや、本当に何を決意したの?
と、油断していたその時。
『ウチもさ、その……ハチ、って呼んじゃ、駄目、かな?』
これが、電話越しで本当によかったと思う。
もし面と向かって言われたとしたら、勘違いで黒歴史を量産していた所だっただろう。
その時の声が、あまりにも印象的で、可愛くて、震えていて、その、グッときた。
こんな声で言われた日には、断れるわけがない。
「別に、呼びたきゃ好きに呼べばいい……」
『本当? よかった……』
なんだか、犬の名前を呼ばれているような感覚がするも、親しみを込めてそう呼ばれるのだとしたら、悪い気はしない。ヒッキーという頭の悪そうなニックネームよりはだいぶマシというのもあるが。
『いきなり電話してごめんね?』
「まぁ、帰り道暇だったから、大丈夫だ……っと、家に着いた」
『そっか……ありがとね、ハチ』
「お、おう」
素直にお礼を言われると、そんな返事しか出来なかった。
『それじゃあまた今度ね、ハチ』
「……あぁ、また今度な、島田」
そう言って電話を切った俺。
と、同時に。
ガチャリ、と扉が開かれて、そこからひょこっと顔を出してきたのは、何やら怪しい人を見るような眼差しを向けてくるマイシスターこと小町だった。
「……何してんの?」
「いや、何か外から変な声が聞こえてくるから、怖いなぁ、怖いなぁって思って恐る恐る扉を開けたら、お兄ちゃんだったからびっくりしたんだよ」
「お兄ちゃん不審者扱い? 流石に泣いちゃうよ?」
「うわぁ……」
本気で引いてる目をされた。
このガキぃ……。
「けど、お兄ちゃんが泣いちゃった日には小町が優しく慰めてあげる! あっ、今の小町的にポイント高い♪」
「あぁ。最後のがないのと、泣かせた張本人が小町じゃなければな」
「もぅ、お兄ちゃんってばノリ悪いなぁ……てか、家の前で何してたの?」
首を傾げながら尋ねてくる小町。
まぁ、確かに小町からしてみれば突然兄が独り言呟いているように聞こえたのか。
ん、扉越しに聞こえてくる独り言ってやばくない?
「電話してただけだ」
「えっ……?」
心底不思議そうな表情を浮かべる小町。
そう言えば連絡先を交換したとかそう言った類のこと、小町に言ってなかったな。
「あー……学校の奴と連絡先交換したんだ。GWの中日にある奉仕部の活動のことで……」
「えっ、ごみいちゃんが、GW中に二回目の外出……? しかも部活動……?」
……今日はどうやら小町に説明しなきゃならないことが多くて大変そうだ。
そんなことを考えながら、俺は家の中へと入ったのだった。
――それにしても、本当不思議な一日だった。
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なんか縁起がいいなぁ……なんて思ったのでご報告させていただきました!
そして次回からは、俺ガイル原作においても重大なイベントの一つ、林間学校のボランティア活動編でございます!
八幡達だけではなく、バカテスキャラも参加するこのイベント……ボランティアは何人いても困らないの精神で、恐らくキャラが一気に増えるんじゃないかなって思います()。
次回だけで終わる気はしないので、恐らくじっくり二話かけるのではないかと……(分割している為、実質十話分は投稿することになる可能性もあります)。
ちなみに、次回は明久視点でのお話です。
これから先一体どんな展開が待ち受けているのか?
ご期待ください!