「よし、こんな所でいいだろう」
各班全員分の火を起こした平塚先生。
山登りも終わって、今は飯盒炊飯の時間だ。小学校の林間学校では定番となっているカレーを全員で作ることになっている。そこで平塚先生と鉄人が、各班の火をつけたところだ。
それにしても、鉄人はともかく平塚先生も妙に手馴れているなぁ。
「随分手慣れてますね、平塚先生」
気になったのか、八幡が先生に質問していた。
それに対して、
「まぁな。学生時代はこういう行事に行った際に、よく火の番を任されていたものだ。こうして私が火を起こしている間に、周りに居るカップルは火がついたかのように熱い一日を……」
あ、これあかんやつだ。
段々と平塚先生のオーラが暗くなっているように見えるよ。もしかしてこの話題って地雷だったんじゃないかな……?
「ま、まぁ、各自とりあえずカレー作りってことで、いいんじゃないっすか?」
体裁を取り持つ為か、少し冷や汗をかきながら雄二が提案する。
それを聞いた平塚先生は、溜め息を吐きながらも、
「よし、それでいこう。みんな! カレー作りに励んでくれたまえ!」
「「「はーいっ」」」
小学生の前では営業スマイル全開で指示を出す平塚先生。こういう感じでスイッチのオンオフがしっかりできているのは凄いことだと思うけど、オフにした時のキャラ変っぷりが怖すぎるのでもう少し温度差保ってもらえないでしょうか。
「は、ハチ! 一緒に作ろ?」
そんな時、横では八幡と一緒にカレーを作ろうと言ってくる島田さんが居た。
小学生達が準備している間に、僕達も自分達分のカレーをつくることになっていた。
みんなでこういうことをする機会ってなかなかないから、楽しみだなぁ。
「お、おう……」
「ひ、ヒッキー! 私も手伝うからさっ! みんなで作ろうよ!」
それを見過ごさなかったのは由比ヶ浜さんだった。
この二人ってわかりやすく八幡のこと好きだよなぁ……きっと八幡自身は気付いていないのかもしれないけど。
「まったく、遊びじゃないのだから……」
「だめ、かな……? ゆきのん……」
「……だめ、とは言ってないわ」
「わーい! 流石ゆきのん!」
「暑苦しいから離れて欲しいのだけれど……」
雪ノ下さんに由比ヶ浜さんが抱き着いている所を見て、思わず僕と八幡は目と目が合う。
瞬間に、テレパシーのようなものを感じた気がした。
ご馳走さまでした、と。
「え? もしかして二人ってそういう関係なの?」
「「え?」」
何故か、僕と八幡に近寄ってきたのは、クラスの中でも上位に位置する程の眼鏡美少女とも言われている海老名さんだった。いや、今僕と八幡って何かしたっけ? 八幡も、思わぬ人の登場に驚いているみたいだし。
「さっきからなんだか見つめ合っているから、もしかしてって思ったんだけど……でも、吉井君って、連休前に木下君に告白してたから……ああ、でも、ヘタレ負けして葉山君に迫られるヒキタニ君も……こ、これは……キマシタワァアアアア!」
いきなり鼻血出した。
いや、何言っているのか分からないかもしれないけど、とりあえず目の前に現れた海老名さんはいきなり鼻血噴き出した。
「ひ、姫菜っ! こんなところでも出すなし!!」
すかさず、最近巷でおかんと噂の優美子さんがティッシュを取り出した鼻血を処理している。
この人ももしかしてムッツリーニと同じで、実は輸血パックが必要だったりしないよね?
そのままそそくさと離れていった二人だった。
「……とりあえず、俺ごはん研いでるから、島田は野菜切ってくれるか?」
「え? あ、う、うん!」
島田さんは嬉しそうに八幡の隣に並んだ。
その様子を見ていた由比ヶ浜さんは、ハムスターのように頬を膨らませている。可愛い。
雪ノ下さんはこめかみを抑えながら、『まったく……』と零していた。
何だろう、やっぱり奉仕部の人達っていい人ばかりだよね。改めて仲良くなりたいなぁって思った。
「お兄ちゃんが……女の人と並んで料理している……小町は感動だよ……っ」
「お姉ちゃんがお兄ちゃんとお料理……楽しそうです!」
一方、妹組である小町ちゃんと葉月ちゃんは、二人とも目を輝かせていた。
「バカなお兄ちゃん! 一緒に料理するです!」
「もちろん! 小町ちゃんもどうかな?」
「ややっ! 私もいいんですか? 吉井さん……でしたよね?」
「うん。吉井でも明久でも、どっちでも構わないよ?」
「それじゃあ、バカなお兄さんで♪」
「どっちでもないじゃないか!?」
「冗談ですよ、明久さんっ」
悪戯が成功したような笑顔を見せる小町ちゃん。
まったくもぅ、この子は油断ならないなぁ……。
「バカなお兄ちゃん! よろしくです!」
「うん、葉月ちゃん頑張ろうね!」
「あ、あの……」
ちょうどその時。
少し遠慮したような感じで僕達に声をかけてきた人がいた。
「あっ! 綺麗なお姉さんです!」
綺麗なお姉さん?
何としてもその人とご挨拶しなければ! と思って後ろを振り向いてみたら、そこに居たのは――。
「姫路さん!」
エプロンを着けて少し顔を赤くしている姫路さんだった。
どうしたのかな? 調子でも悪いのだろうか。
「姫路さんどうしたの? 顔が赤いけど……」
「こ、これはなんでもないです! さっきまで火の近くに居たから熱かっただけで……」
僕が話しかけると、姫路さんは焦ったように両手を振りながら否定する。
そんな様子を見ていた小町ちゃんが、『はは~ん♪』と呟きながら顔をニヤニヤとさせていた。なんだろう、その無性に頬を両方からつつきたくなる表情は。
……止めておこう。なんだかあらぬ方向から殺気が飛んできた気がしたから。
「比企谷小町ですっ! もしよければ、私達と一緒に料理しませんか? いいですよね、明久さん?」
訳:断ったらどうなるか分かっているよね?
と言っているような表情を浮かべているよねそれ。
とはいえ、元から断るつもりもなかったし、それに姫路さんと一緒に料理したら楽しいんじゃないかなって思ってたところだったか、むしろ僕としては喜ばしいことだ。
「もちろんだよ、姫路さんも一緒に作ろう?」
「あ、ありがとうございます!」
そう言いながら姫路さんは、手に持っていた調味料をその場に置いた。
トン ← 姫路さんが調味料を置いた音。
スッ ← 僕が調味料を手に取った音。
ビューン! ←僕が調味料をぶん投げた音。
「バカなお兄ちゃん!?」
驚いたように葉月ちゃんが声をあげる。
それは無理もないだろう。いきなり目の前で調味料の入った瓶をぶん投げた人がいるのだから。もちろん普通ならそんな状況あり得ないこと位分かっている。
だけどね? 例えば、さっきからジャガイモの皮を剥こうとしてすべてなくなってしまう程の神懸ったセンスをお披露目している由比ヶ浜さんとか、砂糖と塩を間違えてとんでもない失敗をしてしまう女の子とか、そんな位だったらまだ可愛かったと思う。
「姫路さん、そしたらまず米を研いでもらえないかな? あ、小町ちゃんも一緒にお願いね。その間に僕は葉月ちゃんと一緒にカレーの方を作っちゃうから」
「? 了解です!」
「わ、分かりましたっ」
「はいですーっ!」
よし、とりあえずその場を乗り越えた。
まさか言えるわけないよね……。
姫路さんが持っていた調味料が、劇薬だったなんて――。
キャラが多くなった宿命みたいなものを感じますが、進みが少し遅くなったように感じますね……しかし、次回では留美のことが明らかになる回となります。
今回やりたかったのは、妹組を絡ませたかったことと、姫路さんの料理やべぇ説を垣間見させることでした。
両方行えたので満足です……葉山君の悪手は次回に回ることとなります。
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