やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第七問 言うまでもなく、優しさは人に影響を与える。 (4)

 さて、夜がやってきた。林間学校のプログラムでは、夜に肝試しをしてからキャンプファイヤーという流れになっている。各自配置につき、持ち場を担当することとなっていた。各々仮装(というかほぼコスプレ)をしつつ小学生達を脅かすという内容だ。ただ、戸塚の魔法使い姿は本当に怖かった。そのままマジで戸塚ルートに行きそうだった。巫女服を着た島田に身体を揺さぶられなければ本当に襲い掛かる所だった。危うく肝試し前に俺の肝が取られてしまう所だった。

 それはさておき、携帯電話には既に小町からの作戦開始合図が入っている。ここからが本番だ。

 

「ここからが比企谷君の作戦、といった所かしら」

 

 隣で様子を見ている雪ノ下がそう呟く。

 

「……俺だけじゃねえけどな」

 

 結局、根幹は俺、微調整を坂本が行った上で作戦決行となった。ただしやろうとしていることはほぼ変わらない為、配役が少し変わる位の細かな物だ。いずれにせよ、俺は汚れ役をアイツらに押し付けて、自分は高みの見物をするという最低な立ち位置に居る。それに、この方法は恐らく褒められたやり方ではない。下手をすれば問題になりかねない諸刃の剣のようなものだ。

 しかし、短時間で問題を解消するにはこれしか方法がなかった。

 それでも俺は問題ないと判断した。

 たとえこれで多少危険なことが起こりかけたとしても、フォローするような奴はいる筈だ。それが俺じゃないだけの話。例えば吉井や島田、それに姫路とか。木下でもいいかもしれないし、戸塚かもしれない。いずれにせよ、今回の作戦において前に立つ人間と言うのは、『ある程度認識されていて、かつ、信じられている人間』である必要があった。そう言った意味で今回白羽の矢が立ったのは。

 

「そこで、坂本君や霧島さんが作戦の要となるとは……」

 

 本来ならば、葉山や戸部、そして三浦が効果的だと考えていた。

 しかし、そこで立候補してきたのは坂本や霧島だった。確かにこの二人ならば条件にも合うのかもしれない。特に霧島はオリエンテーションにて挨拶をしたのだ。その笑顔に魅了された人物だってそう少なくない筈。

 ただ、アイツらが前に出たのはそれだけではない気がする。もっとその裏には、何か自分本位な理由があるような気がしてならない。

 

「比企谷君。来るわよ」

「……」

 

 考えている暇はない。

 今はとりあえずようすを見ることにしよう。

 

「あれ? あの二人って……」

「高校生のお兄さんとお姉さんだ!」

「確かチェックポイントにいたカップルの人達だよねー?」

「ひゅーひゅーっ」

 

 留美を除いた四人が、坂本と霧島の二人を囃し立てる。確かに二人で行動することが多かったからか、山登りしている時にもこうしてネタにされていたのかもしれない。

 

「……あ? テメェら何調子乗ってんだ?」

 

 だからこそ、その落差はとても大きい。

 最初に会った時とは明らかに様子が違っていることに、彼女達は気付いたみたいだ。

 

「黙って聞いてりゃ、やれカップルだの、やれお似合いだの。テメェら人の関係見て調子乗ってんじゃねぞ? 満足にテメェらの人間関係だって取り持つことの出来ねぇようなガキ共に、俺達のことをとやかく言われる筋合いはねぇんだぞ?」

 

 凄みを感じる。

 演技だと分かっていても、坂本の言葉には説得力があった。いや、これは本当にすべてが演技なのだろうか。アイツ自身の中にある何かが含まれているのではないか。

 考えたって無駄なことなのは十分理解している。

 今は、坂本の言葉がどれだけの効果をもたらしたのかを確認するべきだ。

 

「で、でも、だって……」

「だってじゃねえよ。影でも散々俺達のこと噂してたみたいだな」

「そ、そんなこと……」

「言質は取れてるんだよ。テメェらの行動なんざ御見通しってわけだ」

「……証拠はバッチリ」

 

 わざと大きな音を立てて木から飛び降りてきたのは、ボイスレコーダーを持った土屋。

 もちろん、そんな音声なんて入っているわけがない。単なるはったりであることは間違いない。だが、一回目の前に恐怖の対象を目の当たりにしてしまっている為、ただの子供である彼女達にまともな思考回路など出来る筈がない。

 

「……人を馬鹿にするのも大概にして。許されないことだってあるのよ」

 

 今まで黙っていた霧島から発せられる言葉。内容も大事だが、タイミングがバッチリだ。散々怯えている今、彼女達はどうしても許しを乞おうとする。そんな中、『許されない』という言葉を使い、逃げ道をどんどん塞いでいくのだ。一度地獄に陥った人間程、本質が出てきてしまうという物。

 

「だが、俺達も鬼じゃない。半分は許そう。だが、もう半分は絶対に許さない」

「……告げ口も無駄。既に認識済み」

 

 不気味なのは土屋の話し方だ。

 低く、そしてぶつ切りにされている為に、こう言った状況下では恐怖を簡単に与えることが出来る。

 

「……選びなさい。残る人物を選ぶ時間位、与えてあげてもいい」

 

 霧島は、『選べ』と言った。

 ここからが本番とも言えるだろう。彼女達は一度どうしようもない地獄に落ちた。そこから這い上がろうと、たとえ友人と呼べる人物達であったとしても簡単に蹴落とそうとする。そうして互いに抱えた闇を吐き出し、仮初めの人間関係はここで破綻するのだ。

 残る人間を選べと言われた時、最初に選ばされたのは留美だった。だが、当然留美だけでは足りるわけがない。後二人は必要になってくる。そうしている内に、一人だけ炙り出された。

 

「……こんな光景、見たくない」

 

 ちょうど持ち場を離れて確認しに来たのは、最後の最後まで留美といじめっ子集団を話し合わせようとしていた葉山だった。葉山は『みんな仲良く』を実践しようとしていた。それもいいのだろう。コイツは人の善を完全に信じ切っている。信じることは大切だ。仲良くすることも大切なのだろう。

 だがコイツは知らない。子供も立派な人間であり、内に秘めた闇が必ず存在していることを。

 

「この作戦を止めなかったのは、俺が最後まであの子達を信じているからだ」

「そうか。見たきゃ見ればいいし、見たくなければ見なけりゃいいだけだろ」

 

 葉山は下唇を噛んで見守っている。

 コイツも気付き始めている。恐らく、このままでは彼女達は何も上手くいかないことを。そして、どう足掻いても話し合いだけで解決するのは困難な状況になっていることを。そしてどうしようもなく修復するのが難しいことを。

 だが、そうして待っている内に一つ、驚くべき展開が待ち構えていた。

 

「あの……っ!」

「え? ……っ!!」

 

 留美が、手に持っていたデジカメのフラッシュを、三人に思い切り浴びせたのだ。それは一瞬の隙を生むのに都合のいい目眩ましとなり、そのまま留美は炙り出された一人の手を握り締め、全力で駆け出していく。その様子を見た他の女子もまた、慌てて後を着いていき、その場を後にした。

 

「……あの子が、みんなを助けた?」

 

 結局、あの場において動けたのは仲間外れにされていた留美だけだった。他の奴らはただ蹴落として、ただ闇をぶちまけて、関係性を悪化させただけ。

 

「……私は霧島さん達の様子を見てくるわ」

 

 雪ノ下は俺達――いや、俺にそう言うと、草むらの陰から出て坂本達の所へと向かう。

 自然と、俺と葉山が二人きりとなった。

 

「……結局、俺はまた、何も出来なかったか」

 

 何かを悟ったように、葉山は口を開く。特に返す言葉も浮かばない俺は、ただ黙って話を聞いているだけ。

 

「凄いよね、君達って……本当、君達がもし同じ小学校だったとしたら、どうなってたか分からないや」

「お前の学校にボッチが一人増えるだけだろ。後、達って誰だよ」

 

 雪ノ下が同じ学校に通っていたことは昨晩聞いている。まして家族ぐるみで今でも尚付き合いがあることも知っている。だとすれば、コイツの言う『君達』とは一体誰のことを指しているのだろうか。

 

「ヒキタニ君と、吉井君だよ」

 

 吉井明久。

 やっぱりというか、予想通りというか。

 コイツと吉井は、決定的に違う何かがある。どちらも等しく優しい人間だ。ただ、その優しさの本質が違う。

 きっとコイツは、過去に何かがあったのだろう。そしてその時に何も出来なかったのかもしれない。今回の一件についても、葉山は最後まで『みんなと仲良く』させようとした。俺は人間関係を解消してリセットを試みた。そして吉井は、自らが率先して友達になった。『仲良く』という観点だけで物を述べれば葉山も吉井も同じ言葉を使っている。だが、葉山は自分が輪から外れ、吉井は自ら輪を作った。

 

「もしかしたら俺は、比企谷君や吉井君とは友達になれなかったかもしれない……なんてね、冗談だよ」

 

 そう告げると、葉山はその場から立ち去る。

 ……コイツ、名前覚えてるんじゃねえか。

 




解消方法の根本は原作とそこまで大きな変化はありません。
ですが、今回大切なのは、
・雄二と翔子が率先して問題解消の為に力を貸した。
・葉山が徹底して傍観者として追いやられた。
この二点です。
番外編でも書いた通り、雄二もまた留美に対して過去を想起させています。翔子もまた、そんな雄二のことを認知しております。そこで彼らは、過去との決別を図るのと、そうすることによって留美を救おうとしたわけです。
そして葉山もまた、同じく留美に過去を想起させているわけなのですが、今回もまた、ただ見ているだけで何も出来なかったことを強調させたかったので、このような形となりました。原作とも会話の順番がずれていたりします。
ただし、今回の話はこれだけでは終わりません。アフターフォローといいますか、その後の展開もしっかり用意してあります。
それでは、次回で林間学校編は完結となる予定ですが、お楽しみに!
(ちなみに番外編も後日一話だけ更新予定です!

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