肝試しも終わり、残すところ本日の予定はキャンプファイヤーのみとなった。これに関してはただ単に小学生達が火に近づかないようにすればいいだけなので、正直な所そこまで俺達高校生がやることはない。
俺は一歩離れた場所から、留美達の様子を眺めていた。
もう、彼女達は一緒に居ることはなかった。
「お疲れ、ハチ」
そんな俺の所にやってきたのは、意外にも島田だった。
島田はマッ缶を両手に持って、俺の傍までやってくる。その内の片方を、
「はい。これは労いの気持ちよ。施しじゃなくて然るべき報酬だからきちんと受け取ってよね」
「お、おう……」
どうやら島田はある程度俺の扱いを心得てきているようだ。八幡検定三級を上げちゃおうかな。持っていても何の価値もなさそうな検定だけど。
「坂本もそうだけど、ハチもこんな短時間でよく出来たわよね……ウチには思いつきもしなかった」
「んなことねぇよ。俺のやり方は褒められたもんじゃねえ」
現に方法に関しては最低な物だった。一歩間違えれば問題になり兼ねない、所謂危ない橋を渡ったようなものだ。もっと他にも方法があったかもしれない。それこそ、吉井がやったことをもう少し広げることが出来たならば、きっといい方向に解決へ導かれたのかもしれない。だが、それでは今回はあまりにも遅すぎた。
「けど、きっかけを作ったのは間違いなくハチだよ。みんな頑張ったし、ハチだって頑張った。だから……ご苦労様」
その時に見せた島田の笑顔がなんとなく心地よくて、そう感じてしまった自分がいることに気付いてしまって、気恥ずかしくなった俺はマッ缶を一気に流し込んだ。
決して勘違いしてはいけない。島田は別に『俺だから』そう言っているわけではない。この好意は誰に対しても向けられる物で、決して特別な何かがあるわけではない。それに、そんな表情を向けられるようなことを俺はしていない。そうされる価値なんてない。
だから俺は、優しい女の子が――苦手だ。
かつての俺は、『嫌い』と称したのかもしれない。それで何度も痛い思いをし、黒歴史を生み出し、そして自滅した。だが、ここ最近の俺は何かが変わり始めているのかもしれない。遅すぎる高校生デビューだ。嘆かわしいにも程がある。こういう風に少しずつ考え方が変わっているのも、コイツらに出会えたおかげなのかもしれない。
――だが、いつか必ず終わりは訪れる。
それが俺の追い求める『本物』なのかどうかは分からないが、温かい夢はいつか醒める物。鶴見留美が『友達』という温かさに触れてしまったせいで、余計に小学校における自分の立場を自覚してしまったように。
俺はこのまま、コイツらと一緒に行動していいのだろうか。何処かで見切りをつけ、コイツらの世界から俺は切り離されて、ぼっちに戻った方がいいんじゃないか。
――そもそも俺は、ぼっちではなかったか。
「どうしたの? ハチ。大丈夫?」
隣では島田が心配そうな表情を見せてくる。
その表情は俺に向けられるべきものではない。ぼっちの俺には、そんな優しさは火傷してしまう。
「な、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだ。むしろ考えすぎて何もないまである」
「なにそれ……ハチってばよくわかんない」
そう呟きながら、島田は俺の隣でマッ缶を飲み進める。
しばらく、俺達は無言だった。互いに何を話すでもなく、ただ隣に座って飲み続けているだけ。けど、そんな無言の時間も苦痛ではなく、むしろ何処か心地よいと思ってしまう。
そんな時に、
「……八幡」
鶴見留美が、やってきた。
「……どうした」
留美からしてみれば、俺達高校生は恐怖の対象にしか過ぎない筈だ。あれだけのことをやらかしたのだ。彼女達の中で当然ながら許すという言葉が出るわけがない。そもそもこうして近づいてくることの方がおかしいのだ。
なら、何故鶴見留美はここに来た。
「……肝試し。あれ、八幡の仕業?」
隣に居た島田は目を丸くする。
うっすらと、俺は留美がこの解に行き着く可能性を考えていた。昼間、川で彼女と写真を撮る前に、俺は『肝試し、楽しいといいな』と告げていた。その言葉から、留美は辿り着いたのだろう。何せ留美は小学生にしては聡明な方だ。それこそ小町の小学生時代よりも頭がいいと言っても過言ではない。
なら、余計にコイツは俺の所に来てはいけない筈。
「全部が全部俺ってわけじゃないけど、大体は正解だ」
「やっぱり……何となく、上手くいきすぎてると思ったの。私達の班だけああして高校生達が現れて、狙いすましたかのように脅されて……」
「は、ハチは……」
「いい。何も言わなくて」
島田が何かを言おうとしたが、俺はそれを止める。その先の言葉を言われてしまっては意味がないからだ。
「後はお前次第だ。八幡は確かにそう言ったよね?」
「言ったな。後はお前の頑張り次第だ……それでどうなるかが変わる」
「……うん」
これでいい。
これで、鶴見留美と俺達を取り巻く関係は終わった。もし、留美がクラスの奴と仲直りしたいと願えば、彼女は行動を起こすことだろう。留美はぼっちになる事を進んで望んでいるわけではない。そうなってしまったことを受け入れていただけだ。そして彼女は、自分も誰かを見捨てたことを後悔していた。後悔しているということは、手順さえ間違えなければやり直すことだって出来る。
関係性はリセットされたのだ。坂本ならば、『お膳立ては済んだ』とでも言うのだろうか。
後は、留美がどうするかによって変わっていく。
そこに俺は関与していない。無論、これ以上関わることは出来ない。
「じゃあな」
「……え?」
俺がそう言うと、留美はキョトンとした表情を浮かべていた。
え、あれ、これで終わりじゃなかったの? 俺何か間違えたのん?
よく見ると、隣に居る島田まで目を丸くしている。
「えっと、ハチ? それってどういう意味の『じゃあな』なの?」
「どういうも何も、これでお別れって意味じゃ……」
「八幡。私達の関係性は?」
突然、留美は俺に確認をとってきた。
関係性も何も、留美と俺は別に込み入った関係があるわけでは--。
「友達。八幡も、明久も、他の人達も、友達。好きなようにしろって言われた。後はお前次第とも言われた。だから好きなようにやってる」
なんとなく、留美に一杯食わされた気分になる。
確かに、今留美が言った言葉は、すべてこの二日間で俺が留美に対して行った発言だ。それを利用してここまで清々しくやり返されてしまっては、最早ケチのつけようがない。むしろそれで『そんなのは違う』と言ったら、俺が嘘つきになってしまう。
「みたいよ? で、どうする? ハチ。ウチも友達として、ハチの間違いを正さなくちゃいけないんだけど」
「え、俺と島田って友達だったのか?」
「……ハチ、それはないよ……」
ポニーテールがシュンと垂れ下がったかのように見えた。
「ま、まぁ、島田がそう思うのなら、そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないし。人って言うのは勝手に色々やる生き物だろうから、勝手にすればいいんじゃねえか?」
「……小町が言ってた通り、ハチって本当、捻デレなんだね」
「おいその造語流行ってんの? 流行語大賞ノミネートまでいくの?」
小町から色んな奴らに伝染している気がするんだが。もしかして感染症レベルでその言葉はどんどん伝わっていくのか? パンデミックなのん?
「……八幡。連絡先」
「え?」
「だから、連絡先教えて」
マジか。
俺の携帯電話に、とうとう小学生のアドレスまで加わるっていうのか。
「明久達はもう教えてくれた。後は八幡だけ」
「ウチのも教えたし、後、葉月も留美に教えてたわよ。後はハチだけ」
「……マジ?」
何それ、行動力ありすぎでしょ。
てか、葉月携帯電話持ってたのか。
「あ、そう言えばハチって他の人のも登録してなかったわよね……この際だから、ウチが協力したげる。だからみんなの連絡先、今の内に交換しちゃおう?」
待って。
待ってください。
なんでいきなりそんな展開になっているのか、八幡分からない。
「恩返しだと思って……ハチが頑張ってくれたお礼。だからハチ、ハチはぼっちじゃないんだよ?」
……あぁ、その笑顔はとても反則だ。
最早勘違いなんかで解釈するのは無理だ。きっとコイツは、吉井と同じく理屈なんて物はなく、心からの善意で行動してくれているのだろう。
なら、ちょっとくらい俺も踏み出してもいいのだろうか。
「……よろしくおねがいしましゅ」
「「あ、かんだ」」
泣きたい。
――こうして、波乱に満ちた二日間は幕を下ろしたのだった。
というわけで、林間学校編ようやっと終わりました!!
原作と違いまして、今回はみんな一学年下となっておりますので、ルミルミも実は小学五年生……八幡達も高校一年生……つまり、学年が一個下の生徒会長がいないということになり、クリスマス会も行われないということに……。
つまり、留美と八幡の接点はここで作らないと一年以上先の話になってしまう!!
ということで、今回このような結末となっております。
そして何より、最近ヒロイン力が着実についてきている島田さんの出番も、ここぞとばかりに増えております。
次回はバカテス側から短編をオマージュして作ろうかと思っております。
ヒントは、バイトです。
あ、ですがその前に――余力があれば土日で番外編を一つ作ろうと考えております。
是非ともそちらの方もお楽しみに。