「ディア……マイ……ドウタァ……」
店長がぼそりと何かを呟いている。
確かあれって……。
「親愛なる娘、な。明久」
「サンキュー雄二」
雄二から言葉を教えてもらう。
いや、あの子は店長の娘ではありませんからね。親愛なる娘さんは今別の所に居ますからね!?
「……不味い。暴走仕掛けている」
ムッツリーニが店長の顔を確認しながらそう呟く。
うん、これは僕でも分かる。今野球で言うならばチェンジを四回くらい繰り返しているレベルでアウトが重なっている所だよ。暴走モード突入してそこら一帯が食い荒らされてしまう所だよ。最早喫茶店を運営している人とは思えない程の暴れっぷりが繰り広げられちゃう!
「さっきまではワシらしかいなかったからよかったのじゃが、今はあそこに客がおるぞ……」
「……とにかく、接客は続ける。俺が行くから、店長はお前らに任せた。最悪、暴走した時は何とかする」
何か考えがあるのか、八幡は客の所まで行く。
そういえばまだオーダー取ってなかったね。作戦を練るのは大事なことだけど、元々ここは喫茶店。仕事の方も大事にしなきゃいけないんだった。
八幡って、基本的に仕事嫌がっているけど、やる時はきちんとやるよね。
後でフォローしなきゃいけないのが嫌なのかもしれないけど。
「ディア、マイ、ドウタァ……!」
段々と店長のボルテージが上がっていっている。
え、ちょっと待って。少し目を離しただけなのに店長の目が血走ってない?
「客の方は比企谷に何とかしてもらうとして、秀吉は店長の耳元で『女子高生の娘が父親に言いそうな、大嫌い』を言ってくれ」
「わ、分かったのじゃ」
こうして怯んでくれれば、店長も暴れずにすむということか。
流石は雄二! 考えている!
秀吉は店長の傍まで近づくと、耳元で、
「お父さんなんて、大嫌いっ!」
と、店長と周囲にしか聞こえないように囁いた。
瞬間、店長は動きを止めた。
「よ、よし……これで何とか……っ」
ガシッ ← 店長が秀吉の手を掴んだ音。
グイッ ← 店長が秀吉を引っ張った音。
ギュッ ← 店長が秀吉を抱きしめた音。
「そんなことを言うのなら、今日は父さんと一緒にお風呂に入ろうか」
「なんでそうなるんですか!?」
思わずツッコミ入れちゃったよ!
なんで『大嫌い』から『お風呂』という選択肢まで行くのさ!?
「しかし、僕の可愛い可愛い娘をたぶらかすのはよくないな……ちょっと待っててね。今から抹殺しに行くから」
「待ってください店長ぅううううううううう! 別人ですから!! あそこに居るのは愛しい娘さんでも、その娘さんを付け狙う輩でもありませんからぁあああああ!」
なんでこういう時だけ無駄に力強いのさ!! さっきまでの無気力な店長は一体何処へ消えてしまったというの!? やっぱり『殺る気』が『やる気』を引き出しているっていうの!?
「……なんて迫力!」
ていうかこれ最早お客さんに隠しきれない事態まで発展してるよね!? ほら、若干テーブル席に居る二人引いちゃってるから! 八幡も明らかに隠しきれてないから!
「あ、あの、あの人って、一体……?」
女の子が八幡に尋ねている。
「ひゃ、ひゃい」
あ、噛んだ。
「店長です」
「え、店長?」
「店長です。今ちょっと発作起こしているだけなので安心してください。危険は生じません」
「い、いえ。あの、被害が及ばなさそうなのはいいんですけど、あれ、大丈夫なんですか?」
「多分大丈夫です。気にせずご注文を」
「絶対大丈夫じゃないですよね!?」
「大丈夫。何かあったら、俺が守るから」
あ、ここぞとばかりに向かい側に座っている男の人が女の子にアピールしてる。
そんな男の人の台詞を聞いた女の子は。
「本当? わーい、ありがとーっ♪」
うわぁ、超あざとい。
満面の笑みと共に、可愛い声で言っていた。悔しい、だけど可愛い……っ!
「うわぁ、あざと……」
「へ?」
あ、八幡。
今完全に口に出してたよ。あざといって思いっきり出してたよ。
「……珈琲二つでよろしいですね。それでは失礼します」
「あ、ちょっ……」
女の子は八幡を呼び止めようとしたけど、それよりも先に八幡はこっちに引っ込んでくる。
……ていうか、八幡。何か考えがあったからそっちいったんじゃないの?
「というわけで、オーダーを取ってきた。後は店長にこれを伝えて、仕事モードに引きずり込む」
「な、なるほど」
だから八幡はオーダーを取ったのか。
今や店長は暴走しかけているけど、オーダーを取って伝えれば、嫌でも作らざるを得ないということか!
流石八幡、考えたね!
「店長! 珈琲二つ入りましたよ!」
「ディア、マイ、ドウタァアアアアアアアアアアア!」
全然聞いてないよこの店長!?
「な、何か叫んだ!?」
もう完全にその叫び声お客さんに聞こえちゃってるから!!
店長落ち着いてください!!
「「「店長! 珈琲! 二つ!!」」」
「……はっ!」
耳元で、僕と雄二と秀吉が叫んだことで、ようやっと元に戻った店長。
危なかった……このまま放っておいたら、あそこにいる男の人の頸動脈がナイフで切られてしまう所だった……。
「ご、ごめんね。取り乱しちゃった、みたいだね。珈琲、二つだったね。今淹れるから、待っててね」
やっぱり店長は仕事のこととなると真面目になるみたいだ。
程なくして珈琲が入る。
「八幡、お客さんに珈琲持って行ってあげて。僕は今来たお客さんの対応をするから!」
「え、俺がやんの」
明らかに嫌そうな表情を浮かべているけど、そうも言っていられない。
距離的に今近いのは八幡だし、こうしている間にも他のお客さんは入口で待っているんだから。
「頼んだよ! ……いらっしゃいませーっ」
後ろで八幡の声が聞こえた気がしたけど、僕は入ってきたお客さんの相手をする為に入口へ向かう。
入ってきたのは二人組の女性客。
よーし、僕も頑張るぞ!
「にみゃい様でしゃうか?」
くっそ噛んだ。
物凄く噛んだ。
それこそ、目の前に居る二人の女性客が、腹を抱えて笑うレベルで噛んだ。
「……二名様でしょうか?」
「は、はいっ! そうです……ぷぷぷ」
「こ、こちゃらのせきゃにっ!」
「「ぷはははははははっ!!」」
……もうだめだぁ!!
「こちらのお席にお座りください。メニューをご覧になってお待ちください」
早口でそれだけを告げると、僕はそそくさと裏方へ戻って。
「ムッツリーニぃぃいいいいいいいいいいい!」
「……ドンマイ」
盛大に泣いた。
それはもう盛大に泣いた。
八幡も噛んだけど、僕もそれ以上に噛んだ。
ていうか秀吉はさっきよく対応出来たよね!
「……まぁ、とりあえず次は俺が行こう。明久はそこで休んでるといい……くくく」
「お前まで笑ってるじゃないか雄二!!」
くぅ……雄二が笑いながらさっきのお客さんの所まで行っている。
悔しいけど、これは噛んだ僕が悪いから何も言えない……。
とりあえず、僕は八幡の様子を見ることにする。
何故か八幡は、カップルの女の子に捕まっていた。
気付けば……UA数が10万を突破しておりました……っ
応援ありがとうございます……っ!
さて、何人かお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、あのあざとい後輩が登場しております(名前はまだ本編で出てきていないので明かしません)。
ただ、思うように上手く描けないです……彼女は筆者にとって大好きなキャラなんですけど……どうも、原作キャラ同士の掛け合いは毎回きちんと確認しているんですが、それ以外の有象無象との掛け合いが今の所はっきりしていなかったみたいで……前回の話では若干『あの方』とごっちゃになってしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか……。
一応、『亜麻色の髪』と『中学生』というワードは入れていたのですが……。
徐々に慣れていくよう頑張ります!!!!!