いろはちゃん達も帰り、客足もある程度落ち着いたことによって、僕達はようやっとゆったりとすることが出来た。特にたくさん人が来たわけではないのに、気持ちだけなんとなく疲れた気分だ。特に店長の暴走っぷりはとんでもなく、一番気を付けなくちゃいけない。油断すると発作のように『Dear My Daughter』って言い出すものだから……早く娘さんに帰ってきて欲しい。
そんなことを考えていると、カランカラン、とベルが鳴る。
お客さんが来た合図だ。
「いらっしゃいま……あれ? 美波!? それに姫路さんまで!」
次にやってきたのは美波に姫路さんだった。そういえば林間学校でボランティアをやって依頼、この二人で行動することも増えたような気がするよ。仲良くなれたってことかな?
「吉井君がここでバイトしてるって聞いたものですから……」
「情報の出どころは小町ちゃんよ」
「あー、なる程ねぇ」
何かどっかから『小町め……』って聞こえてきた気がするけど、とりあえず八幡が何かボソッと呟いたんだと思っておこう。というか十中八九八幡だと思うし。
「ほらほら、店員さん。とりあえず案内して?」
「あ、そ、そうだね。何名様でしょうか?」
美波に言われた通り、僕は案内をすることにする。
すると姫路さんが、
「四人です」
「あれ? けど今二人しかいないよね……?」
うーん、姫路さんがこんな所で嘘つくわけないし、まさか僕には見えない二人が……!?
「あー、一人は今遅れているわ。もう一人は……もうそこに……」
「へ?」
美波が指差した先に居たのは――。
「雄二。こんな所でバイトするなんて、私聞いてない」
「なんだ!? どうしてここに居る筈のない翔子の声が聞こえるんだ!?」
「……そこに居る」
ムッツリーニの声が心なしか呆れているように聞こえる。
雄二も雄二で、今この場に霧島さんがいることがかなり驚きのようだ。
「えっと、それじゃあとりあえず三人ともこちらの席まで……」
姫路さん達を席に案内して、メニューを渡す。それにしても、こうして三人で遊びに来る程になっているなんて、なんだか微笑ましいような気がするなぁ。
霧島さんの雄二を見る目線が少しだけ怖い気もしなくもないけど。
「ところで……ハチは一体何処に?」
「あれ? そう言えば八幡は?」
美波が周りを見渡している。恐らく八幡を探しているんだと思うんだけど、肝心の八幡はその場に居ない。
「八幡はどうやら店の裏に隠れているようじゃ……ワシが連れてくるから待っておれ」
ひょこっと顔を出したかと思うと、裏に隠れていた八幡を連れてきた秀吉。
あ、八幡の顔が『ゲッ』という顔に変わった。
そう言えばさっきも、葉山君達の相手を頑なにしようとしてなかったから、知り合いに見つかるのを心底嫌がっていたのかもしれない。
八幡を見つけた美波は、何処か嬉しそうな表情を浮かべている。
「ハチ、とっても良く似合ってるわよ。後で小町ちゃんに写真送ってあげるね」
「え、これ撮るの?」
「うん。だって、ハチよく似合ってるし」
「……確かに。みんなよく似合ってる」
「吉井君もかっこいいですっ」
なんだか素直に褒められて照れるなぁ。
八幡も頬を掻きながらそっぽ向いてる。なんだか照れてる時によくやってそう。
「遅れちゃってごめん!」
その時、たぶん姫路さん達の言っていた四人目と思われる女の子が店に入ってきて--。
「って、秀吉!?」
あれ!?
秀吉が二人いる!?
でも、秀吉にしては胸が少し大きいような……まさか本当に戸籍上でも女の子になったというの!?
「違うわよ、アキ。この人は秀吉の双子の姉。木下優子さんよ」
「……マジ?」
八幡も目をぱちぱちとさせている。
言われなければ僕も気付かなかった位だ。
それにしても、秀吉ってば双子の姉がいるなんて初めて聞いたよ?
「姉上!? ワシはここのこと教えてなかった筈なのに……」
「……よかった。きちんと男物の服着てるのね。女物を着てたらどうしてやろうかと思ったわ……」
「ひぃっ! 変なオーラを出さんで欲しいのじゃ!」
あれ、何だろう。
今のやり取りで秀吉と木下さんのパワーバランスが垣間見えた気がするよ?
「とりあえず、注文いいか?」
前に出されたからにはきちんと仕事をこなそうということなのだろう。
八幡が四人分のオーダーを取ろうとしていた。
「……ハチがちゃんと仕事してる」
「おいちょっと? 流石に泣くよ?」
美波の言葉に、八幡が少しショックを受けている様子だった。
うん、分かるよ美波。僕もつい数分前に同じこと思ったから。
「何が一番オススメでしょうか?」
姫路さんが尋ねてくる。
そう言えばここのお店のおすすめメニューってなんだろう?
「店長、オススメって一体なんでしょう?」
「ディア、マイ、ドウタァ……」
あ、駄目だこりゃ。
「えっと、結構さっきから他のお客さんはクレープと珈琲のセットを頼んでいってるよ。さっき来た学生さんも珈琲とクレープのセット頼んでたみたいだし」
「じゃあ、それを四つ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
僕と八幡は、霧島さんより受けたオーダーを受け取り、店長の所まで報告しに行く。
そして報告の仕方は――。
「「「「「店長! 珈琲とクレープ! 四つ!」」」」」
この場に居るバイトメンバー全員で、店長の耳元で叫ぶことだ。
こうしないと、さっきから店長がトリップ状態から戻ってきてくれない。
「……ねぇ、ハチ。ここの店長大丈夫なの?」
「……大丈夫だ。問題ない」
「一番いい装備頼まないといけないの?」
「お前が乗るのかよ吉井……」
ネタが通じたからね!
ちなみに美波はキョトンとしてるよ。
何故か木下さんはそわそわしてるけど。
「……吉井君と比企谷君って、仲いいのね。霧島さんからはうかがってたけど……」
何かボソッと木下さんが呟いてた気がするけど、心なしか、眼鏡をかけた黒髪の女の子を思い出したよ……鼻血噴水図がどうして今この場で蘇ったのかな?
それにしても、美波の言う通り、このままだと店長不味い気がするんだよなぁ……早く娘さんに帰ってきてほしい。
と、そんなことを考えていた時だった。
ガチャ ← 扉が開いた音。
カランカラン ← ベルが鳴った音。
かつ、かつ ←足音。
「どう? お父さん。少しは反省した?」
よかった……っ!
娘さん、帰って来てくれたんだ……っ!!
「でぃあ、まい、えんじぇるぅ……」
店長、完全に泣いてるよ。
嬉し泣きしちゃってるよ!
「よかったですね、店長」
「ありがとう……ありがとう、吉井君……っ」
これで店長も元通りに――。
「あれ? 美波お姉様! 私に会いに来てくださったのですね!」
「……へ? ここ、もしかして美春のお家だったの!?」
おや?
美春ってことは……もしかして……。
そう思って僕は入ってきた女の子の顔をきちんと確認した。
縦ロールにツインテール。
そして御嬢様口調……あ、間違いない。
僕と八幡が初めて奉仕部に行った時に来た--。
「清水か……」
「なんであの時の猿人類までいらっしゃいやがりますの」
八幡に対して威嚇する清水さん。
もう本当この子は、男の人と女の人で扱いが凄く変わるんだから……。
……って、あれ?
「……貴様か。貴様が娘をたぶらかす女かぁああああああああああ!」
店長が暴走したーっ!!
って、娘をたぶらかす女って表現最早おかしいですからね!?
「ちょっと待ってください店長!! 暴走しないでくださいよ!!」
「……へ? あ、えぇ?」
「……島田。悪いことは言わない。とりあえず一旦逃げとけ」
「は、ハチ?」
「ハチ!? どうしてお姉様がゾンビ男のことを愛称で呼んでいるんですの!?」
「ゾンビ男って言った? それ完全に目だけで決めてるよね?」
「貴方のような目の腐った男にはお似合いの名前ですわ」
「美春!!」
あぁ……駄目だ……これはもう収まりそうにない……。
店長は暴走。清水さんは八幡を精神攻撃。姫路さんと木下さんは完全に置いてけぼり。
霧島さんは雄二に対して熱い視線を送り続けている。
――うん、こんな騒がしい一日も、あるよね(白目)。
ちなみに、バイト代はきちんと出た。これで少しはマシな生活が送れるようになると信じている――。
何とかバイト編終わりました!
結局、奉仕部の二人が出せなかった……何気に木下姉こと優子さん初登場です。
彼女にもこの後きちんとエピソードが用意されております。
実はこの人、隠れ腐女子なんですよね……。
ちなみに、彼女に関しても原作より若干マイルドになってます。
確か原作でのバイトエピソードだと、秀吉の関節が大変なことになってましたよね(しろめ
もしかしたら、腐女子コンビが設立されるかもしれませんね……バカテス側にいるアキちゃんラブの子は、あの子腐女子というよりかは男の娘萌えなイメージが強いので……。
ところで……いつの間にかお気に入り登録数が900を超えて……960件を突破しておりました!!
応援ありがとうございます!!
そんなわけで、次回予告です!
次回、勉強合宿に行く前にちょろっとキャラエピソードをまとめた短編集的な話を出すつもりです。
まだ本編では出ていないキャラも居たりしますからね……具体的に言いますと、なんちゃら将軍さんとか、久保なんちゃらくんとか……。
当作品でも勉強合宿は取り扱うのですが、ほぼオリジナルストーリーとなるのでご容赦ください。