材木座の書いた小説は、言うなれば異世界転生バトルもの。主人公はある日トラックに轢かれて転生し、様々な転生特典を得た。転生先には同じように異能力を持った転生者がたくさんおり、そんな中で魔王を倒す為に、転生特典のみならず元から秘めていた力を解放して敵を倒していくというもの。
最近のムーブメントを大量にぶち込めばいいってものじゃねえからな? それにこれ読み切るのにほぼ徹夜だったからおかげで眠気に襲われて仕方ないのだが。
「おはよ、八幡……」
どうやら律儀に読み切ったらしい吉井が、欠伸をしながら挨拶してくる。無理もないだろう。あの長さを一晩で読んで来いという、編集者泣かせもいい所な鬼畜っぷり。せめて一週間は欲しいものだ。漫画ではないのだからラノベ大賞に応募するだけの長さを読ませるとは大したものだ。ちなみに大賞応募に必要なのは最低でも5万字~8万字らしい。
「眠そうだな……」
「八幡こそ。とにかく長かったのと、読めない漢字が多くって……」
「……」
口には出さなかったが、まさしくその点は吉井らしいと思った。包み隠さず言うとすれば、『バカ』。
「やっはろー、ヨッシー、ヒッキー!」
そんな中、何故かコイツは元気満々に話しかけてくる。
あれ読んでよくそんな元気で居られるな?
「やっはろー、由比ヶ浜さん……」
「あれ? ヨッシーもヒッキーも元気ない?」
「そりゃそうだろ……あれだけの長さ読んだんだからな……」
「……。…………そうだよねぇ~。あれ、私も急に眠くなっちゃったなー……」
「「絶対読んでないよね」」
珍しく俺と吉井のツッコミが重なった瞬間だった。
※
放課後。
結局ほとんどの授業を寝て過ごした。現国の授業で寝ていた時には、平塚先生による地獄の鉄拳制裁を喰らいかけ、危うく西村先生の補修部屋へとご案内されるところだった。担任として西村先生が仕切っているから分かる。あの人の授業は絶対平塚先生より厳しい。そりゃ吉井や坂本が補習から必死に逃げ切ろうとするわけだわ。
そんなわけで今日は珍しく吉井と二人で部室へ向かっていた。程なくして部室に辿り着いて扉を開けてみると、
「あれ? 雪ノ下さん。おつかれだね?」
雪ノ下が、穏やかな寝顔で眠っていた。
すうすうと寝息を立てている彼女の姿は、普段とは違って隙だらけ。そのギャップに、胸の鼓動が早まる。見た目は完全に美人である為、余計にその様子が似合ってしまう。ラブコメの神様がいるとすれば、気まぐれにこういったサービスシーンを提供してくれるのは凄く有り難い。
「……驚いたわ。貴方の顔を見ると一発で目が覚めるのね」
訂正。俺も今ので目が覚めた。
「やっはろー……ゆきのんもねむそうだね」
後から追いついた由比ヶ浜が、朝俺達に会った時と同じような挨拶をする。あの雪ノ下ですらここまで疲弊させる原稿を書いてくるとは……材木座、恐ろしい子っ!
「頼もう!」
ちょうどいいタイミングで材木座が入ってくる。それを見た俺達は、最早定位置となっている場所に座ることにする。材木座もまた、腕を組んでドカッと椅子に座った。なんか偉そうだ。
「さて、では感想を聞かせてもらおうとするか……」
もう一度言おう。何で偉そうなのコイツ。
対する雪ノ下は、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、
「ごめんなさい。私、こういうのはよくわからないのだけれど……」
と、切り出していた。
「構わぬ。凡俗の意見も聞きたいところだったのでな。好きなように言ってくれたまへ」
材木座の言葉を聞いた雪ノ下は、小さく深呼吸をする。
うん、これ材木座不味いんじゃないかな。
その予感はどうやら当たりだったようで……。
「つまらなかったわ」
「げふぅっ!」
容赦ない一言で叩き伏せられていた。
「さ、参考までにどの辺りが……」
「文法滅茶苦茶。倒置法を使いすぎなのよ。『てにをは』の使い方知ってる? 小学校で習わなかった? 一体何を強調したいのかしら?」
「そ、それは平易な文体で読者により親しみやすく……」
「そういうことは最低限まともな日本語を使えるようになってから考えることよ。それと、ルビと漢字が明らかに合っていないわ。能力に『ちから』なんて読み方は存在しないし、鉄拳制裁と書いて『にくたいげんご』と読むわけないじゃない。そして何より、何故『暗黒魔人剣』と書いて『デスナイトメアクラッシュソード』って読むの? 英訳にすらなってないじゃない」
「げふぅ! ち、違うのだよっ! 最近の異世界転生ものではルビの振り方にも特徴を……」
「大体トラックに轢かれただけでどうしてチート能力をもらえるのよ。神に選ばれたにしては最初交通事故で死んでるじゃない……」
少し、雪ノ下が『交通事故』という単語を言う度に苦しそうな表情を見せた気がしたが、気のせいだと思うことにした。由比ヶ浜も少し顔を曇らせている。今はそのことは関係ないから問題ないぞ由比ヶ浜。
「そ、それは元々生きている世界から異世界に転生するにはよくある手段で……」
「話の先も読め過ぎて面白くないし、第一主人公やヒロインの行動に必然性がなさ過ぎるわ。どうしてこのヒロインは主人公の目の前で肌を晒しているのかしら?」
「そ、そういう要素もないと、その、売れぬというか……」
「地の文が長いししつこい字が多くて読みづらい。そもそも頂いた原稿を最後まで読んだのだけれど、これ結局完結していないじゃない。せめて完結しているかしていないか位、読む前に伝えたらどうなのかしら? 文才の前に常識を身に付けた方がいいわね」
「げぶはぁっ!」
材木座が椅子から転げ落ち、身体をぴくぴくと痙攣させていた。だから言ったのに……雪ノ下の方が容赦ないって……。
「うわぁ……雪ノ下さん、その辺りにしてあげて。材木座君、最早立ち直れない所まできていそうだよ」
「そう……まだ言い足りないのだけれど……」
「まだあるのかよ……」
本当そこまでにしてあげて。材木座の筆折れちゃうから。
「仕方ないわね。次は由比ヶ浜さんの番ね」
「えぇ!? あ、あたしっ!?」
まさか自分が次に指名されると思っていなかったのか、存分に驚いている由比ヶ浜。材木座は由比ヶ浜に対して縋るような目つきで見つめている。そんな彼を見ながら、由比ヶ浜は必死に言葉を選んでいるみたいだった。数秒考えた後に彼女から告げられたのは――。
「えーと、難しい漢字、いっぱい知ってるね!」
「げぶはぁっ!」
ある意味作家にとって死刑宣告にも等しい言葉だった。
「あ、あれ? ……じゃ、じゃあヨッシー、どうぞ!」
「う、うん……」
ここまでコテンパンにされている材木座だ。そろそろ救いの手が欲しい所だろう。
そう願いながら見つめている材木座に告げられる、吉井からの一言は――。
「ごめんね。僕、漢字が読めなくてなかなか最後まで辿り着けなかったんだ……」
「ひでぶっ!!」
それはつまり、『読みづらい』ということを遠回しに指摘されているということ。
いくら書いても、相手に伝わらなければ何の意味もない。材木座はそれを察してしまったのだ。
「えーと……それじゃあ八幡最後に一言を……」
吉井は申し訳なくなったのか、それだけを言うと俺にバトンタッチしてくる。
「は、八幡……お前なら理解出来るな? 我の描いた世界、ライトノベルの地平がお前になら分かるな? 愚物共では誰一人理解することが出来ぬ深遠なる物語が……」
「あぁ、分かってるさ……」
俺の一言に、材木座は目を輝かせる。
安心しろ、材木座。お前の言葉に、俺は必ず答えるぞ。ここで答えなければ男が廃るからな。
「で、あれは何のパクリだ?」
「ぶぐはぁっ!! ぐ、ぐは、あ、ぶ、ぶひっ……」
材木座義輝、完全に燃え尽きてしまった瞬間だった。
「……八幡。今の一言は容赦なかったよ……」
吉井も人のことは言えないからな。
※
「また、読んでくれるか……?」
部活終了後。俺達に投げかけられた材木座からの言葉に、思わず耳を疑った。
あれだけ酷評されて尚、コイツは作品を読んでもらおうというのか?
「お前、本気か……?」
思わず俺は尋ねてしまう。
対する材木座は、決意に満ちた瞳を見せながら、
「無論、本気だ。正直さっきはあれだけコテンパンに言われて、どうせ友達もいないし死ぬしかないかなぁ。てか我以外死ねと思った位だが……」
「……うん、まぁ……僕もあれだけ言われたら流石に同じこと思うかな……」
吉井が納得したように材木座の言葉に答える。
確かに、あんだけぶちのめされたらしばらく立ち直れないだろうな。
しかし、と言葉を続けた材木座は、
「それでも嬉しかったのだ。自分の書いた物を誰かに読んでもらって、その上感想を言ってもらえるというのはいいものだな。読んでもらえると、やっぱりうれしいよ」
あぁ、コイツは中二病だけではなく、立派な作家病を患っているんだ。書きたいことがある。誰かに伝えたいことがある。たとえ認められなかったとしても、何度でも書き続ける。
最早生き甲斐になっているのだ。
それだけ、材木座は執筆に対して本気なのだ。
だから俺の答えは決まっている。
「あぁ読むよ」
「……また、新作が書けたら持ってくる」
そう言って、材木座は去って行った。
その背中は、戦いを終えた一人の男のようだった。
……去り際に決めポーズを作らなければ、いい話で終わったのになぁ。
材木座の話は一旦終了です。
彼が書いた話については、とにかく漢字が多いんですよね……つまり何が言いたいのかと言うと、『吉井明久はどこまで読むことが出来たのか』ですよね。
一応ラノベや漫画類については読んでいるだろうとは思うのですが、あれらはほとんどルビ振ってますので……。
ちなみに、『暗黒魔人剣』とか、異世界転生ものについては原作にはありません。
これらは勝手に私が作りました()。
ちなみに、今回の話はなんか終わりっぽい空気見せていますが、実はまだ一回だけ続きます。もう一人、どうしても書きたい人物がいます故……。
ヒントです。
バカテスのキャラで、『アキちゃんが好き!』と言っている女子生徒と言えば……?