やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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皆さま、お盆期間をいかがお過ごしでしょうか。
本日は本編の更新ではなく、番外編を投稿したいと思います!
八幡視点での、一色との勉強会エピソードです!


一色いろはは、意外にも真面目な女の子である。

 日曜日とは常に喜びと悲しみの狭間に位置していると思う。次の日が祭日や祝日であれば話は別だが、次の日に学校という地獄が待ち構えているのだ。ならばせめて土日くらい、フルに休みたいものである。朝の黄金タイムを過ごした後はソファに寝転がり、本を読んだりゲームをしたりしながらダラダラと過ごす。休む日と書いて休日なのだ。本来ならば疲れた身体を休める為に引きこもるのに使う日ではないのだろうか。

 などと文句をツラツラと書き並べたところで、俺を呼び出した張本人に届くわけでも響くわけでもないことは明白なので、声高に叫ぶつもりはない。ただ一つだけ文句があるとすれば、

 

「何でこの暑い中、呼んだ本人はまだ来てねぇんだ……」

 

 これから6月にさしかかろうという日曜日。学力強化合宿までの日取りも間近に迫ってきている中、俺は千葉駅で待ち惚けを食らっていた。集合時間を指定してきたのは向こうなのだが、既に30分は遅刻している。もうこのまま帰ってやろうかと思い始めたその時だった。

 

「すみませーん! 遅れてしまいましたー」

 

 あざとい声が俺の耳を蹂躙する。俺を呼び出した張本人である一色いろはは、あざとい笑顔を振りまきながら俺が待つ所まで駆け寄ってくる。いや本当一挙手一投足あざといなコイツ。あざとすぎてゲシュタルト崩壊しそうになってきた。

 服装もまた、デニム柄のトップスに白のひらひらのついたスカート、そして茶色のブーツを履いて選んでくる辺り、中学生ながらこうして色んな男子を虜にしてきたのかと思うと末恐ろしい奴である。こわ、近づかないでおこう。いっそここから離れてしまおうか。

 なんて思考をしながら、一色がやってくるのをただ見守っていた俺。せめてもの悪態の一つでも吐いてやろうと思った俺は、

 

「いや本当待ったわ」

「……そこは今来たところって言うのがセオリーなんじゃないですかね」

「生憎、俺は正直者だからな。嘘はつけないタイプなんだ」

「吉井先輩からは捻くれているって話を聞きましたが……」

「アイツ一体普段何話してるの」

 

 前から思ってたけど、うちの高校受けようとしてるのって葉山に興味を抱いたからだよな? 何故か順調に吉井との仲が良くなっていないか? もうコイツらで仲良くなってくれれば俺が一色の所へ行く必要なくなるんじゃないか? ……いや、なさそうだ。アイツが一色と話す話題のほとんどが俺についてらしいし、何より吉井は人が好過ぎる。恐らく、今まで会ってきた奴らの中では断トツにお人好し。いや、もしかしたら単純にただのバカである可能性もある……吉井の場合はそっちのような気がしてきた。

 

「せっかくのデートなんですからもっとこう、ムードを作ってくださいよ」

「……………………デート?」

「はい~」

「いや、デートじゃないからね。模試が近いから勉強教えてって言ったのそっちだからね」

「……ちっ」

 

 今コイツ舌打ちしなかった? ちょっと一色ちゃん? キャラ崩壊もいい所よ? 言う程一色のキャラを俺は知らないのだけれど。

 

「せんぱいも、こうして可愛い後輩に勉強教えられるんですから役得ですよ?」

「あー役得役得。凄い役得物凄い役得」

「……反応適当過ぎやしませんかね」

 

 一色が不服そうに頬を膨らませている。

 とりあえず、勉強をするという目的は正しいようで、手提げかばんの中には多くの参考書が入っている。なんだかんだで真面目ではあるのだろうか。

 

「場所移動するか」

「そうですね……前せんぱいが働いていたカフェに行きましょう!」

「え、あそこに行くの」

 

 正直あの喫茶店は嫌な思い出がたくさん詰まっているからあまり足を踏み入れたいとは思わないのだが……。そんな俺の心の内など知る由もない一色は、

 

「あそこならそこまで人の出入りもありませんし、何より珈琲を飲んだりデザートを食べたりしながら勉強出来ますので♪」

「あ、そう……」

「むー、なんですか。せんぱい何か不満そうですね……」

「俺達駄弁りに行く訳じゃないんだが……図書館とかじゃ駄目なのか?」

「……もぉ、せんぱいってばムードがないですよ」

 

 悪かったな、ムードなくて。

 

「と、に、か、く! せんぱいほら、行きますよ!」

「ちょ、おま、手引っ張るなって……」

 

 俺が同意しないのが納得出来なかったのか、一色は強引に俺の手を掴んで、そのまま引っ張っていく。俺はと言えば、自分の手に感じられる無慈悲なる柔らかさに対して煩悩を打ち消すのに必死だった。つかコイツの手柔らかい。見た目は可愛い女子なので、尚の事俺の心臓がバクバク言っている。これがもし戸塚だったら、そのまま抱きしめて警察へ突き出されるまである。確かに事案だわ。

 

 

「とりあえず、まずは模試の範囲を教えてくれ……そして、一色が苦手そうな単元をある程度問題集を使ってカバーしていこうと思う」

 

 確か千葉の模試と言えばV模擬があった筈だ。それに準ずる内容を把握して、それで一色の苦手分野を克服する方向へ持って行けばそれで今日の相談は解決へと導くことが出来るだろう。そう考えたからこそ俺は提案したのだが、受け手である一色はキョトンとした表情を浮かべながら、テーブルの上に置かれているミルクティーを口にしていた。

 

「……なんでそんな顔してんだ?」

「あ、いえ。本当にやってくださるんだなって思って……」

 

 恐らく、この表情は取り繕ったものではないのだろう。

 一色いろはという少女の、素の表情なのかもしれない。

 俺はまだこの少女と二回しか会っていないが、それでも今の表情が『あざとい』ものではないこと位理解出来る。外郭を取り繕う人間は、いざという時に解れると分かりやすくなるものだ。本当に外郭を塗り固めている超外郭人間は、そもそもヒビすら入れないのだろうが。

 元々、一色いろははまだ中学生だ。中学校で何があったのか知らないが、上の人間に対して取り繕った表情を見せ続けるという方が難しいのかもしれない。

 何が言いたいのかというと……ちょっとグッときてしまった自分がいて悔しい。

 

「と、とにかく! まずはせんぱいが得意な国語から教わりたいと思います! 範囲についてはここに範囲がまとめられた紙がありますので……」

 

 早口で捲し立てながら、一色はカバンの中から範囲表を出してくる。

 何をそんなに焦っているのか分からないが、俺はその範囲表を受け取って眺めてみた。

 

「……そんなに難しそうな範囲ではないな。これなら教えられるかもしれない。んじゃ、早速国語からやっていくか……」

「……」

「どした、一色」

「何ですか俺出来るんですアピールで女の子を口説き落とそうとしているんですかごめんなさい私好きな人いるのでまだ駄目です」

「いやなんで俺また振られてんの?」

 

 しかも前とは違う理由で振られているし……告白してもいないのに振られるって何処まで悲しい運命を背負わなければならないんだ俺は。

 まぁ、確かに一色が気になっているのは葉山だしな。相変わらずの爽やかイケメンめ。爆散してしまえばいいのに。

 

 俺はそんな事を考えながら、一色の勉強を見ることにした。

 

 

 思ったよりもやることはきっちりとこなすタイプの人間だったようで、こちらが指示したことに関しては黙々とこなしている。ゆるふわ系女子だと思っていただけに、根は真面目なのだということを認識させられた。動機はどうあれ、総武高校に入りたいという気持ちは本物のようだ。

 今、一色は数学の問題を解いている所だ。俺は一度トイレに行き、そこから帰ろうとしたところで、

 

「また貴方でしたのね」

 

 縦巻きロールの女に遭遇した。

 

「前はバイトとして来たようでしたが、今度は女の子を連れてデートとはいい御身分ですわね」

「デートじゃねえよ……頼まれて勉強見てやってるだけだ」

「その割には随分と仲良さそうでしたけれど……お付き合いなさっていますの?」

「んなわけねぇだろ……」

 

 なんでコイツは俺のトラウマを正確に抉りにかかってるの?

 俺泣いちゃうよ? あ、やっぱ目立つからトイレの中でこっそり泣く。

 

「私としては、そのまま貴方方にくっついて頂いた方が、お姉様と一緒になれるのでよろしいのですが」

「お、おう……」

 

 コイツは本当ブレないな。

 

「……ただ、一つだけ解せない点がありますの」

「……なんだよ」

 

 清水は俺をキッと睨み付ける。

 何、俺なんかしたっけ。

 そんなことを考えていると、

 

「貴方はお姉様のことを、どう思っていらっしゃいますの」

 

 清水の口から、そんな質問が投げ飛ばされた。

 

「私、言いましたわよね? お姉様に何か手出ししたら……と」

 

 思い出されるのは、奉仕部で初めてコイツに会った時。確かに清水はそう口にしていた。しかし俺には皆目見当がつかない。特に島田に対して何かした覚えがないからだ。

 そんな俺の考えとは裏腹に、清水は――。

 

「なのに最近のお姉様と来たら、ほとんど貴方のことしか口にしないのです!! キーッ!! 一体何をどうしたらそんなことになりますのよ!!」

「いや待てなんで逆切れ」

 

 もうなんていうか、こう、収拾つかない。こういう時に限って店長は何故か買い出しに出かけているようでいないし……てかいなくて平気なのかよ。愛する娘さん、今にも鬼になりそうなんですが。

 

「せんぱーい、数学の範囲終わりましたけど……」

 

 あ、これ終わった。

 

「……せんぱい。私、勉強頑張っていたんですけど」

「お、おう」

 

 一色の目が完全に怒ってる。

 そりゃもう分かりやすく怒ってる。

 一色はそのまま俺の耳元まで近づいてきて、

 

「トイレの前で女の人と話していたんですね?」

 

 訳:何仕事サボって女といちゃついてんだこの野郎。

 とか言ってそうな程冷たいんですけど、声が。

 

「ていうかその女の人誰ですか? もしかして彼女さんですか? でも彼女さんいないって吉井先輩言ってましたけど、まさか誰にも言わないで秘密共有きゃは♪みたいなことしてるんですか?」

 

 こっわ。いろはすこっわ。

 なんでそんな笑顔でここまで冷たい声出せんの。

 というか彼女じゃねえよ。コイツの恋する相手はポニーテールの女の子だよ。

 

「お勉強している中申し訳ありませんでしたね。この人とは同じ学校で見かけただけですの。汚らわしい猿人類とは何も関係ありませんから大丈夫でしてよ」

 

 何か引っかかる物言いだが、細かいことは気にしない方がいいだろう。

 

「そうですかー。それじゃあせんぱい。勉強の続き、みて、くれますよね?」

「お、おう……」

 

 一色に引っ張られて、俺は席へと戻っていく。

 その後、終始一色はしつこい位に勉強についても、他のことについても色々聞き出そうとしてきたので、俺の日曜日は体力回復出来ないまま終わりを告げてしまった。

 

「あ、せんぱい。今日の分全部おごりということで。次回もよろしくでーす」

 

 ちゃっかり奢らされた上に、次回の約束までさせられた……。

 

 




終わってみれば、この作品にしては一話の長さが結構長い話となっていました。文字数でいうと確か五千字いかない位です。番外編は基本一話完結形式をとっていますので、とりあえず終わるまで書いてみようと書き続けた結果、過去最長になりました。一色さん書いていて楽しかったです。清水さんも書く上では楽しいキャラです。
本編更新は来週となりますので、もうしばらくお待ちください。
今週中に番外編をあと2,3話かけたらいいなぁ……工藤さんとか久保君とか、書きたいキャラはまだまだたくさんいますし……。

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