以下の問いに答えなさい。
「『我が輩は猫である』や『坊っちゃん』などの著者として有名な人物の名前を答えなさい」
姫路瑞希の答え
「夏目漱石」
教師のコメント
正解です。この問題は簡単過ぎましたでしょうか?
吉井明久の答え
「日本人」
教師のコメント
範囲が広すぎます。
島田美波の答え
「人」
教師のコメント
せめて国籍までは分類しましょう。
正直な話、学力強化合宿は面倒臭いとしか思っていなかった。わざわざ旅先まで行ってやることと言えば勉強とか、物好きにも程がある。だが、思いの外しっかりと勉強に取り組むことが出来てしまったというのも事実だ。何より普段は遠ざける数学の勉強も、出来る奴に教わりながらやることによって理解出来た気持ちになる。だが、勉強を教え合うというのは何ともむず痒く、そして俺にとってはこれほどまでに苦痛なことはないのだ。
この学力強化合宿は、最終日にテストがある。そのテストで一定水準の点数を取らなければ再テストが待ち構えているのだ。正直再テストだけは何としても免れたい。しかし問題はそこではない。
他人から勉強を教えてもらうということは、人様にある程度迷惑をかけてしまうことにも繋がる。よって、このテストで最低限の結果を残さなかったら、その人の顔に泥を塗るようなものになるのだ。それを糾弾されることが非常に面倒臭く、出来ることなら一人で勝手に勉強していたかった。それに、当日になるまで俺はあくまでどのグループに所属していたとしても一人で黙々とやっていようと考えていた。
――蓋を開けてみれば、結局ほとんど島田と苦手科目を克服し合っていた。
結果として、勉強の進みはよかった。確かに理解も深まった。
同時に、俺の中にある何かが警戒警報を鳴らしているような感覚がした。たまたま島田が理系科目が得意であり、俺が文系科目が出来るだけの話。互いに互いの穴を埋められた、Win-Winな関係だっただけ。だから島田も俺を相手として選び、俺も島田を相手として選んだのだろう。そこに深い意味など存在しない筈だ。そんな可能性など本来一考するにも値しない筈だ。
何より相手は俺なんだ。決してあり得ないし、そんな価値もない筈だ。
俺は、今の時間が心地よいと感じてしまう自分に、どうしても腹が立ってしまっていた。
※
流石に勉強する時間も終わり、現在風呂に浸かっている。男子の時間と女子の時間で入浴時間がはっきりと分けられており、今は男子が風呂に入る時間。ここまで徹底した管理をしているのも、恐らく平塚先生や西村先生の差し金なのではないかと思う。それぞれ分けた理由は違うだろうけど。
ちなみに、何故か戸塚と木下の姿はない。くっ……何故だ……戸塚と風呂に入ることも許されないというのか……っ!
「ねぇ雄二、八幡。今回の合宿、僕達に対する警戒が凄くない?」
「待て。俺まで一緒にすんな」
吉井が何とも言えない表情を浮かべながら話題を投げてくる。だが、ナチュラルに警戒対象として俺まで含めようとするのはやめよう? 俺何もしてないよ? これから何かするつもりなのん?
「別に女子と男子の風呂時間わけること位普通だろ?」
「女子が風呂に入る時間帯に風呂場近くに行くことを禁じられた上に、近づいたら即刻鉄人の補習が待ち構えているのっていくら何でもやりすぎだと思うんだ!」
いや、血の涙を流す程悔しいわけではないと思うんだが……。
土屋に至っては血の涙だけでなく、歯を食いしばり過ぎて歯茎からも血が流れ出ている始末だ。コイツら何処まで覗きに行きたかったんだ……。
「落ち着けよ明久。たとえ女子風呂を覗きに行けるような状況があったとして、他の先生方がそれを見逃すと思うか? それに……翔子に何されるかわからねぇ……」
あぁ、そっちが本音なのな……。
坂本の言葉にはひどく説得力がある。何せ温かいお湯に浸かっている筈なのに、まるで南極に裸で放り投げられたかのように震えあがっているのだから。
「こうなったらムッツリーニ、せめて僕達だけでも後で……っ!」
「吉井、俺も手伝うぜ!」
そこに現れたのは、えっと、確か……。
「す、どう?」
「須川な? クラスメイトの名前はそろそろ覚えて欲しいぞ」
やる気に満ち溢れたオーラを醸し出している須藤改め須川だった。
彼の周りには、数人の男子が集結している。
「須川君! 来てくれたんだね!」
「我々FFF団が集結すれば怖い物なんて何もない。同士諸君、覚悟はよいか?」
「おぉー!」
須川の声に合わせて、周囲の男子たちが声をあげる。
ここは軍隊か何かなのか?
それに、本気で決行する気なのかコイツらは……心構え作ってる所申し訳ないが、女湯覗こうとしているだけだからな?
どうせ覗くなら戸塚の風呂を覗きたい。というか一緒に入りたい。とつかわいい。
「ははは。楽しそうだよね」
そんな中、俺の隣に寄ってきたのは。
「……なんだよ、葉山」
笑顔を崩すことない、葉山だった。
「そう警戒しないで欲しいな。こうして風呂一緒に入る機会なんてそうそうないんだからさ、少し位話をしたっていいと思うんだ」
「俺や吉井とは友達になれそうになかったんじゃねえのか?」
「あれは冗談だって言った筈だよ? 意外としっかりと覚えていてくれてたんだね、ヒキタニ君」
確かに、葉山はあの時『冗談だ』と付け足した。
しかし、そう語ったアイツの目は、決して嘘なんてついていなかった。
「勉強は捗ったみたいだね、ヒキタニ君達も」
「……まぁ、そうだな」
「僕達の方もしっかり勉強出来たよ。この調子でやっていけばきっとテストも突破出来るんじゃないかな」
「そりゃよかったな」
「吉井君達はちょっと心配だけどね」
まぁ……確かに吉井や由比ヶ浜がテスト突破出来るのかどうか少々気になるところではある。もしかしたら再テストなんて可能性もあるが……そうなった場合、雪ノ下の指導がますますハードになりそうだな。
「いざとなったら雪乃ちゃんが補習しそうだね」
「……ん?」
今、コイツ雪ノ下のことを、『雪乃ちゃん』と言わなかったか?
いや、もしそう呼んでいたとしても納得は出来る。
林間学校の時、俺は雪ノ下の口から葉山との過去を聞いた。少なからず、小学校時代までは二人の仲は決して悪くなかったという話も聞いた。
あの時の葉山の選択が決定的となり、今の関係性が出来てしまったことも把握している。
だが、気になったのは――。
何故コイツは、俺の前で雪ノ下のことを『雪乃ちゃん』と零したのか、ということだ。
葉山隼人は別に頭の悪い人間ではない。何処までも優しく、そして残酷で、頭の回転は決して悪い方ではないと思っている。少なからずあの雪ノ下が一時期とはいえ多少は心を許した存在だ。コイツもコイツで、それなりに能力はあるのだろう。
「あぁ、ごめんごめん。つい昔の癖で……」
頭を掻きながら語る葉山。
恐らく、雪ノ下の前では本当に昔の癖でぽろっと零れてしまうのかもしれない。だが、今この場に雪ノ下は存在しない。葉山は間違いなく、わざとそう零している。
だが何のために?
「……僕はね、きっと。君や吉井君のことが」
俺が思考している内に、葉山は己の気持ちを告白する。
それはきっと、なんとなく想像ついていた可能性。
葉山隼人という男が、この二か月間で考え付いてしまったこと。
そして何より、きっとそれは宣戦布告でもあり、敗北宣言でもなり、立ち直る為の第一歩なのかもしれない。
「羨ましいと思っていたのかもしれない」
やはり俺は、葉山隼人とは友達になれない。
本編更新の方は随分と久しぶりとなりました。
このお盆休み期間、結局あまり更新できずに申し訳ありません……。
これからは平日の本編更新を盛り返していきたいと思います!
今後とも何卒よろしくお願いします!