やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十一問 夜時間の中で、彼らの心は進み始める。 (2)

 ロビーにある椅子に座り、天井を眺めながら俺は考え事をする。

 葉山は俺や吉井のことを『羨ましい』と言った。吉井はともかく、俺は少なくとも心当たりが――ないわけではなかった。自惚れでもなんでもなく、アイツが言っている羨ましいとは、恐らく雪ノ下とのことだろう。アイツは俺との会話の中で、雪ノ下のことを『雪乃ちゃん』と呼んだ。恐らく、今でもそう思っているのだろう。呼べない理由は簡単だ。雪ノ下がそれを拒否しているからだ。

 幼少期、雪ノ下は葉山との関係性によって虐めを受けていた。その時に葉山がとった行動は、『みんなの葉山隼人』の域を脱することが出来なかったのだ。それだけ他人を信じることが出来る葉山に、最早尊敬すら抱いている。事実、俺は他人を信じることが出来ない。いや、昔はこれでも信じすぎる位だったのかもしれない。だが、そんな浅はかな考えはとうの昔に捨てている。

 

 ――最近、信じてもいいと思う奴らが現れた。

 

 良くも悪くも、バカをやっている奴らが居た。

 俺の隣で、俺のことを頼りながらも、一緒に並び立とうとする一人の女の子が居た。

 同じ部屋の中で、捨てがたい空間を作る二人の女の子が居た。

 俺と『友達になりたい』と真正面からぶつかってきた奴が居た。

 

 すべて、俺には勿体ない位だった。

 俺は所謂ぼっちだ。ぼっちにはぼっちに相応しい立ち位置が存在している。少なくとも、葉山隼人が羨むような存在ではないことは確かだ。アイツは俺なんかよりもカーストが上で、中心であり続ける男なのだ。

 

 ――同時に、吉井のことを羨ましいと思ったのは、事実だ。

 

 吉井明久は、自分から輪を作りに行く。葉山隼人は常に輪の中心で居続ける。二人に共通することは、『共に輪の中に存在している』ということだ。その立ち位置に決定的な違いはあるものの、いずれにせよ彼らは輪から外れることはないだろう。

 俺は、その輪の中に居ない。ぼっちとは常に孤高の存在であり、何かの輪から省かれ続ける者だ。

 

「……比企谷か。何をそんなに考え事をしている?」

 

 そんな俺の近くに現れたのは、西村先生だった。

 旅先であるというのに、仕事だからという理由で律儀に黒いスーツを着こなしている。ある意味先生にとって一番似合っている服装とも言えるかもしれない。

 

「先生こそどうしたんですか?」

「あのバカ共が女子風呂を覗こうとしないか見張っている所だ……ここまで丁寧に分けてやったが、それで引き下がらない奴もいるだろうからな……」

 

 溜め息を吐きながら、西村先生は語る。

 その予想は確実に当たっている上に、やはり時間を分けて規律を作ったのは西村先生だったんですね。

 

「ここは風呂場近くではないし、比企谷ならそんなバカなことをしないと思うから別に構わない」

「そうっすか……」

「授業中寝るのだけは矯正しなくてはならないがな」

「あれはその、次の時間にフル活動する為の休息時間です」

「授業は常にフル活動しろ……」

「数学が将来の為に役に立つとは思えません」

「勉強は将来の為にやるものだからな……役に立たない勉強など存在しないのだぞ?」

 

 流石は生徒指導の教科担当というべきだろうか。勉学関連についての討論なら簡単に打ち負かされそうになる。少なからず、平塚先生とこの手の話をすると、言葉よりも先に手が出そうで怖い。いや、確実に手が出るだろうな……恐ろしい人だ。本当誰かもらってやってくれ。でないと俺の身がもたない。もう西村先生と平塚先生が結婚すればいいのでは? と思ったが、西村先生が可哀想だから止めておこう。

 

「平塚先生からある程度話は聞いている。奉仕部での活動の様子も、担任である俺の所へ来ているぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ。林間学校ではすぐ近くでお前達の行動を見ていたわけだしな。まったく、よくもまぁあんな方法を思いつくものだ……頭の回転で言えば坂本並だな……」

「それ、褒めてるんですか……?」

 

 坂本と同じにされると、どことなく『バカ』と認められているような気がして、いまいち褒められている気がしない。実際坂本は『頭は良い』とは思うが。

 西村先生は俺の横に座ると、

 

「なぁ、比企谷。学校は楽しいか?」

「……まぁ、ぼちぼちっすね」

「そうか。これでも一応、担任として心配していたんだ。最初のお前の目を見て、馴染めるか不安だったからな」

 

 その言葉は、とても温かく、優しさに満ち溢れていたと思う。それこそ、普段の西村先生からは想像がつかない程だった。

 あぁ、この先生はきっと生徒のことが好きなんだな。時には相当厳しく取り締まっている先生であるが、それは受け持っている生徒達がしっかりと正しい道を歩んで欲しいという気持ちの表れなのだろう。その証拠に、吉井や坂本が何を企んでいるのかすらも見破る程だ。そんなことが出来るのは、一人一人をしっかり見ているからこそだろう。

 この学校に居る大人達、いい人ばかりじゃねえか。

 

「友達を作れ、とは言わない……だがせめて、充実した高校生活を送って欲しい。俺は少なからずそう思っている。だが、今のお前を見たらなんとなく分かる……いい友を持ったな」

「とも……?」

 

 友達。

 確かに周りに人は集まっている、のかもしれない。恐らく高校生活が始まったばかりの頃には想像もつかない程、俺は色んな奴らとの関わりがある。中には俺のことを友達と呼んでくれる奴もいる。

 

 ――少なくとも、信用してもいいのではないかと思う人も居る。

 

 だが、俺は結局そこから一歩を踏み出せない。

 どうしてもちらつくのは、過去にあった出来事。今の俺を作るに至った根底の理由。突き崩せないものがそこにある。

 

「まぁ、今はそれでもいいだろう。いずれ比企谷も、気付くことだろう。だから今は、もう少しだけ猫背を治して前を見てみるといい。そうすれば見える世界も変わってくるかもしれないからな」

 

 西村先生は俺にそう言うと、椅子から立ち上がり、見回りへと戻る。

 そんな先生の背中を見送りながら、俺はふと考える。

 

「見える世界も変わってくる、か……」

 

 果たして本当にそうなのだろうか。

 人というのはそう簡単に変わるものではない。他人に言われて易々と変わるような『自分』なら、それは最早『自分』ではない。少なくとも今の俺は、過去から学び、痛みを経験し、その結果創り上げてきた自分だ。故に、変えるのだとすれば他人からの言葉ではなく、自分の意思で変わるのだろう。

 西村先生は、俺を変えようとしない。平塚先生もまた、俺を変えようとはしていないのだろう。

 二人の教師がやっているのは、『変わることを促し、見守ること』だ。

 結局のところ、強制的に何かをさせることはほとんどしない。人として間違ったことをすれば流石に正すが、大事な所では必ず選択させるのだ。

 

 俺は今、迷っている――?

 

「ヒッキー……?」

 

 そんな俺の前に現れたのは、風呂上りの由比ヶ浜だった。

 




今回は意外にも鉄人回でした。
思えば担任として登場している筈なのにあまり出番ないなと思いまして……。
ちなみに鉄人は、覗きを警戒している模様(情報漏れているのでは!?)。
最早今回の話に関してはほとんどオリジナル回です。
それ故に動きがゆったりな気もしますが、お許しを……。
ちなみに、このエピソードでバカテス側のネタである『勘違いメール』まではいきたいなぁ……と思っています。

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