やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十一問 夜時間の中で、彼らの心は進み始める。 (3)

「由比ヶ浜か。どうし、た……」

 

 名前を呼んでから、俺はしまったと思った。

 女子風呂の方面から歩いてきたのだから、由比ヶ浜が風呂上りなのは察することが出来た。だから、今の状態の彼女を直視するとどうなるか位分かっていた筈だ。

 制服でも体操服でも、まして私服でもない。旅館で用意されている浴衣。湯上りで少し潤んで温まった身体は、熱を帯びているように見える。仄かに紅潮した顔に、瑞々しい瞳。浴衣からでも分かる、豊満な胸。

 これが万乳引力……乳トン先生が再び現れてしまったというのか。

 そんな彼女を見て、俺の心臓が鼓動を早めない訳がない。

 控えめに言って、色っぽいというか、エロい。

 

「ひ、ヒッキー……なんか目が怖いよ?」

 

 由比ヶ浜は恥ずかしさのあまりに顔を赤くしながら、自分の両腕で胸を覆い隠す。

 待ってください。その方がエロいです。余計に胸が強調されて今すぐにその柔らかくて豊満な胸に指をそっと差し込んで堪能したくなりますごめんなさい。

 ……なんかどこぞのあざとい後輩みたいな感じの言い回しになったが、アイツならそんな変態チックなことはしないし言わないだろうな。

 だが、おかげで少しは落ち着いた。

 

「風呂上りか?」

「うん。けど不思議だよね? 女子風呂の周り、なんだか先生達が気合い十分に見張ってたんだよね……」

「……まぁ、色々あるんだろ」

 

 もう完全に吉井達の計画ばれてない?

 あの先生方、実は吉井達のこと好き過ぎでしょ?

 

「それにしても、ヒッキーは浴衣着ないの?」

 

 別にこの旅館には、女子用だけでなく男子用の浴衣も準備されている。だが俺は敢えてジャージを着ている。由比ヶ浜はその点が少し気になったのかもしれない。

 

「周りと同じ格好をするということは、それだけ周りに合わせているだけのように見えるからな。俺は常に孤高な存在でありたい。その感情が服装からもにじみ出てしまっているのだろう」

「うーん……よくわからないけど、着たくないってことかな?」

 

 随分とばっさりと斬られた気分だ。

 これが雪ノ下ならば、『それは単なる言い訳に過ぎないわね。結局は単純に浴衣を着るのを嫌がっているか、そもそも浴衣の着方が分からない哀れな自分を見せたくないだけなのでしょう?』とキレッキレの言葉が返ってくるに違いない。

 何か、想像したら心に深い傷を負った気がする。戸塚に癒されたい。戸塚の浴衣姿を存分に堪能したい。

 

「なんかヒッキー、今度はキモイ顔になってるよ……?」

「キモイって言うなビッチ」

「誰がビッチだしっ!?」

 

 由比ヶ浜が一気に顔を近づかせてくる。

 近い近い良い匂い柔らかい近い!!

 

「ゆ、由比ヶ浜。す、少し落ち着け!」

「え? あ、あうぅ……」

 

 自分がやったことについて恥ずかしかったのか、慌てて距離を取って、それから俯いてしまう。

 

「ひ、ヒッキーが、こんなに、近くに……」

 

 小さな声で言っているけど聞こえていますからね?

 そんなこと言うと勘違いしちゃうよ? いやこれってひょっとしてその後に『近くに来ちゃってマジキモイ』とか続くのん?

 

「あ、あのさ! ヒッキー!」

「お、おう」

 

 急に気合いを入れたかのように顔をあげてきた由比ヶ浜。

 そのおかげで、二つの巨大なメロンがぽよんと動いた気がした。

 うん、眼福……じゃねえよ落ち着け俺。万乳引力にとらわれ過ぎだ。視界にメロンしか映らなくなっていやがる。

 そんな俺の心の葛藤なぞいざ知らず、由比ヶ浜は言葉を続ける。

 

「あのね? 夜って消灯時間まで自由時間でしょ?」

「あー、そんなこと書いてあったな……」

 

 旅のしおり的な物にも書かれていたが、流石に夜に勉強することはないのだそうだ。故に夜については自由行動となる。ただし消灯時間を過ぎても尚部屋に戻っていなかった場合には、西村先生と平塚先生による地獄の徹夜補習が待ち受けているという。何が地獄って、先生達も寝られないことだ。

 

「だからさ、後でゆきのんと二人で、ヒッキーの部屋遊びに行ってもいいかな?」

「……は?」

 

 まさかのお誘い。というか雪ノ下まで連れて来ようとしてんのか?

 アイツが男部屋に来るとは思えないのだが……。

 

「いや、俺の部屋吉井とかも居るんだが……」

「あ、それならミナミナや姫路さんも呼ぼうよ! 私姫路さんに声かけておくから、ヒッキーはミナミナに連絡しておいて!」

「お前が二人に声かければ……」

「じゃあヒッキー、よろしくね!」

 

 そう言うと由比ヶ浜は、部屋へと駆け足で戻っていく。少し進んだ後で、

 

「ヒッキー、また後で、ね?」

 

 後ろを振り向いて、首を傾げながらそう言った由比ヶ浜。

 ……お前、それを素でやれるとかマジ凄い女だな。これをもし一色とかがやったら単にあざといという感想しか出ないのだろうが、計算せずに天然でやっているだけ、由比ヶ浜はたちが悪い。

 しかし、結局由比ヶ浜からの提案を断ることが出来ず、吉井達の居る部屋に女子が来ることになってしまった。島田へのメールはもちろんのこと、吉井達にもメールを送っておかなければいけないな。

 まずは島田へとメールを送ろう。

 

『由比ヶ浜から提案があったんだが、夜の自由時間に俺達の部屋に来てくれないか?』

 

 こんな感じでいいだろう。

 別に俺から提案した内容ではないし、由比ヶ浜からという言葉を使えば、きっと断られても傷つくことはあるまい。流石に返信位は来るだろう……来るよね?

 次に吉井達への連絡だ。メールを送るのは吉井でいいだろう。

 

『後で女子達が来るから何か遊べるものがあれば準備しておいてくれ』

 

 これでいいだろう。

 別に自由時間に遊ぶ分には特に注意されることもない。テレビゲームとか漫画を持ち込んでいなければ問題はない筈だ。

 そんなことを考えている内に、島田から返信が来た。

 

『オッケーよ。けど、どうしてハチがウチにメールをくれたの?』

 

 そこだよなぁ。

 いくら由比ヶ浜から提案されたとはいえ、元々由比ヶ浜と島田はクラスメイトだ。本来ならば俺からメールせず、由比ヶ浜から直接メールを送ればそれで解決するというものだ。

 と、そんなことを考えている内に、

 

「今度は吉井からか……」

 

 吉井からもメールの返信がきた。

 

『任せろ! 女子を迎え入れる準備は出来ている。所で八幡。さっき八幡の荷物に足が当たっちゃって、中身大丈夫かなって思って鞄を開けたら、勉強道具や着替えの他に、何本かのマックスコーヒーがあったんだけど……どうしてこんなに入っているの?』

 

 自分の荷物をそんな足が当たるような場所に置いたかどうか分からないが、鞄の中にマッ缶を入れたのにはきちんとした理由がある。基本的に何かあればマッ缶を飲んでいる俺だ。もしかしたら宿泊施設にマッ缶が売っていない可能性も考慮して、予め何本か入れておいたのだ。後で部屋の冷蔵庫に入れて冷やすつもりで鞄の中から取り出していなかったものだ。

 何より、マッ缶を持ってくる理由など一つしかない。

 

『そんなの、好きだからに決まってるだろ?』

 

 送信。

 ……送信ボタンを押してから、俺は何処か違和感を覚える。

 今、俺は一体誰にメールを送信した?

 滅多に複数人相手にメールのやり取りをしない俺だ。ましてチャットアプリなんてスマホに入れていないから基本的にやり取りのほとんどをメールで済ませている。

 故に、つい送信相手を確認することを怠ってしまった。

 ……そして、気付く。

 

「……ちょっと待て。これは待て。やばい」

 

 冷や汗が止まらない。

 なぜならば、俺が今メールを送った相手は……。

 

「……何故今の文面が、島田に送られているんだ」

 

 吉井に送る筈のメールが、島田に送られていた――!

 やばい、これはまずい。今すぐ訂正メールを送らなければならない。これでは文面を通じて己の内なる恋心を打ち明かしたみたいになってしまう。リスク管理については誰よりもしっかりとこなしているのではなかったか。最近の状況と、由比ヶ浜との会話と、その他諸々で浮かれていたというのか。

 このままでは島田の気分を害してしまう。腐った目の男にいきなり不快極まりないメールを送りつけられて、今まである程度築かれていた関係性が一気に崩れてしまう可能性すらある。

 そうして俺が訂正メールを送ろうとした時に。

 

「あ、は、ハチ……」

「し、島田……」

 

 メールを送られた張本人である島田が、顔を赤くしながら俺の前に現れてしまった。

 




さぁ八幡よ、この逆境をどう乗り越える!?
というわけで、今回勘違いメールを送ってしまったのは八幡です。
原作では主に明久が大間抜けなことをやらかしてしまう展開でしたが、八幡が何処か浮かれていたのか、それとも気を抜いてしまったのか、本来ならばあり得ないようなミスをしてしまったという感じです。
さり気なく自由時間でいつものメンバーが集まろうとしている中、果たして八幡と美波はどうなってしまうのでしょうか……?
作者的には、何とも嫌な予感しかしませんが……。

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