島田は先程のメールを風呂上りに見ていたのだろう。由比ヶ浜と同じく浴衣を着て、温泉から出たばかりの状態特有の、謎の色気を醸し出している。いつもはポニーテールにまとめている髪も完全に降ろされており、新鮮味が増していた。何というか、凄く美人だった。思わず見惚れてしまう程の魅力。
しかし、その手に持っているスマホを見つけると、俺の意識は一気に現実へと引き戻された。今は一刻も早く誤解を解かなくてはならない。島田は顔を赤くし、俺を見つけると俯いてしまう。よって、その表情を確認することが出来ない。
「そ、その、島田……さっきのメールについてなんだが……」
ビクッと身体が動いた気がした。いや、それはきっと気のせいなんかではないだろう。本当に身体が震えたのだ。それでも島田は俺の顔を見ようとしない。
先程のメールを怒っているのだろうか。それとも他の感情から来ているのだろうか。
……駄目だ、想定し得る可能性を考えてはならない。
俺の中でガンガンと警鐘が鳴り響いている。これ以上先延ばしにすることも、深読みすることもしてはならないと。そうして勘違いして、自分がまた傷ついてしまうと。
「その、ハチ、ウチ……」
駄目だ。
今は島田に何かを喋らせてはいけない。
その先の言葉を言わせてはいけない。
――関係性を壊しかねない一言を、言わせてはならない。
「悪かった島田。さっきのメールは送り間違えたんだ」
「…………え?」
ここで島田は初めて顔をあげる。その顔は驚きと寂しさ、それに悲しさに満ちているようにも見えた。
やめろ、やめてくれ。そんな表情をしないでくれ。
きっと今、島田は俺を弄ることが出来なくて悲しいとか、そんなことを考えているのだろうそうであってくれ。俺は別に鈍感というわけではない。むしろ他人の感情の動きや気持ちに関しては人一倍敏感であるという自信すらある。
敵意や悪意はもちろんのこと――好意だってそうだ。
「そ、そっか。ハチの勘違いだったのか……ウチに送ったわけじゃなかったんだ……」
目に見えて元気がなくなっていく島田。
「あ、あぁ……島田に俺がメール送ったのも、由比ヶ浜に頼まれたからなんだ」
「……そっか。結衣に頼まれたから、だったんだ」
おかしい。
きちんと正しく情報を伝えた筈なのに、余計に島田の機嫌が悪くなっているように見える。これはきっと、勘違いの上に更に勘違いを重ねているに違いない。
「それで、さっき島田に送ったメールは、吉井への返信だったんだ」
「……そんな嘘、つかないで」
「う、嘘なんかついてねぇって……」
「……ホント?」
島田が上目遣いに尋ねてくる。
今その目をされると、俺はめっぽう弱くなる。
それが本当であることを確かめる為、俺はメールの履歴を見せることにした。
「ほれ。これで嘘じゃないって……」
「……」
島田は俺からスマホを受け取り、メールの履歴を確認する。
しかし、別に見られて困ることがないとはいえ、メール画面を見せるのは警戒心なさすぎだろうか。
そんなことを考えていたが、
「……うん。本当だったみたい。ごめんね、ハチ。疑っちゃったりして。けど、次からはあんな勘違いするようなメール送らないでよね。ウチの心臓にも悪いし……」
「悪かった……もう、しない」
島田の表情に笑顔が戻る。
今回ばかりはほとんど俺が悪いような物なので、素直に謝る他なかった。
それにしても、小声でもそんなことを言うのは止めて欲しい。
さっきまでの島田の動揺っぷりと合わせると、答えが導き出せそうになってしまう。俺はその答えを考えないようにするのに必死だった。
「ところで、謝りついでに一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ど、どうした?」
島田の言葉に、思わず俺は動揺する。
ただでさえ色っぽい格好をしている女の子が、深呼吸をして緊張状態を落ち着かせようとしているのだ。そんなところを目の当たりにしたら、俺だって変な気持ちになりそうになる。
だが、俺はそんな感情を理性で押し殺す。
こんな青春ラブコメみたいな状況なんて、俺には訪れるわけがないのだ。そもそもぼっちで始まっている段階で、青春もくそもあったものではない。即ち、考えるだけ無駄なことなのだ。
オッケー、落ち着かせることが出来た。島田の話を聞くことが出来る。
「その、結衣のことって、どう思ってるの……?」
だが、島田の口から発せられたのは、ある意味で今聞きたくなかったものだった。
先程島田が勘違いしていたであろうことが、この一言ではっきりと分かってしまったからだ。
つまり島田は、俺が勘違いして送ったメールの宛先を、由比ヶ浜と勘違いしていたのだ。
話の流れからしても自然だったのかもしれない。俺が最初に由比ヶ浜のことを出したから、きっとそういう風に結び付けたのだろう。
だが、その質問をされたところで、俺の答えは変わらない。
「由比ヶ浜は部活仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……いつも結衣の胸、見ている癖に?」
「ぐっ……」
女子は男子の視線に敏感というのは本当のことなんだな。
この一件により、視線の動きには気を付けようという気持ちになった。
「……ま、まぁ、いいけど。それなら、別に……」
顔を赤くして、島田はそっぽを向いてしまった。
「お、おう……」
俺はただ、どもったような声を出すことしか出来なかった。
そんな俺を見た島田は、
「クスッ……何それ。ハチの反応面白い」
「わ、笑うなって……」
島田は結局、元の笑顔に戻ったのだった。
そしてその後で、
「それじゃあハチ。ウチも準備出来たらハチ達の部屋へ行くからよろしくね? メールの件は、ウチとハチの、二人だけの秘密ってことにしておこう?」
「そ、そうだな……」
二人だけの秘密。
そう聞くと、何処か甘美な響きに聞こえてしまうのは気のせいではない筈だ。
それはどうやら島田にとっても同じことだったようで、少しばかり嬉しそうにしている気がした。
「それから!」
ここで島田は俺の近くまで一気に近づいてくる。
ちょっ、顔近い。お風呂上りで凄く良い匂いがする。どうして女の子ってこんなにいい匂いがするんだ? おかしくない? 俺の心臓が一気にバクバク鳴り響いている気がする。
「さっきメールで確認しちゃったんだけど……一色いろはって、そんな子知り合いにいたっけ?」
あ、やべ。
そう言えばこの合宿に来る前に勉強見る為に一色とも連絡取ってたの忘れてた。
結局、新たな問題が浮上してしまったので、その誤解を解くのに少しばかり時間を有することとなるのだった。
ただ、なんとなくこれだけは思ってしまった。
――やはり、島田と会話する時間は、何処か心地よい。それ故に、決して勘違いしては、ならない。
一応何とか綺麗に収まりはしましたが、それでもまだ尚八幡の心にもやもやみたいなものが残る結果となりましたね。
少しずつ、八幡の中で美波の存在が大きくなりつつあるものの、その正体が何なのか分かっていない状態です。
明久達の影響で多少マイルドかつ素直になりつつある八幡ではあるものの、根底にあるのは結局『比企谷八幡』なので、このままいくと一度関係性をリセットしそうで怖いですね……他人からの好意に対して敏感でありつつも、敢えて見ないようにしていそうな人なので……捻デレさん扱いにくいです()。