「なぁ、翔子。これは一体どういう状況なんだ?」
あの後霧島さんが雄二に行った命令というのは、『この王様ゲームが終わるまで、ずっと手を繋いでいる』というものだった。霧島さんは嬉しそうにしているし、雄二も満更でもない表情を浮かべている。正直羨ましいんじゃ!!
「しかし、霧島と雄二は本当に仲良しじゃのう」
「べ、べつに俺達は……」
「……ありがとう」
顔を少し赤く染めてそっぽを向きつつやんわりと否定しようとする雄二と、素直にお礼の言葉を言ってニコッと笑っている霧島さん。
霧島さんが幸せそうならそれでいいのかな?
「それじゃあ続けていってみよっかー♪」
そんな中で続きを促したのは工藤さんだった。仲良し時空に浸るのもいいけど、今は王様ゲームの時間だ。今のところ僕は平塚先生からの恐怖に耐え抜く事しかやっていない。だからこそ、次は僕がきちんと利益を得られるようにしなければならない……!
「せーのっ! 王様だーれだっ!?」
そんなわけで次のターン。
今度こそ僕が王様に……!
「あ、今度は私だね!」
が、駄目……っ!
今回王様を引いたのは由比ヶ浜さん。由比ヶ浜さんは正直どんな命令を出すのか分からないんだよなぁ。でも、一つ言えることがあるとすれば、少なくとも雄二よりは酷い命令はしないはず!
「えーとね、それじゃあ……一番と九番がハグする!」
ちょっと待って。
それ事故起きるやつ。
ってか僕一番なんだけど!?
「九番は私です……あの、一番の方ってどなたですか……?」
訂正。
ありがとう由比ヶ浜さん。君は幸運の女神様だよ。
おずおずと手を上げてきたのは姫路さんだった。キョロキョロと辺りを見渡して、誰が一番なのかを探している様子だ。
これは、その、いいのかな……?
「えっと、一番は僕だよ」
「吉井君が一番ですか?!」
なんだかとても嬉しそうな反応をしてくれた姫路さん。そんなに僕とハグするのがいいのかな……いや、これってもしかして、ハグじゃなくて、『剥ぐ』なのか……? 身ぐるみを剥ぐってことなのか……?
「おい吉井の奴がどんどん面白そうな表情浮かべてんぞ」
八幡が何やらじとーっとした目を見せながら言ってくる。
面白そうな表情って何!?
「えっと、つまり一番がヨッシーで、九番が姫路さんってことでいいのかな?」
王様である由比ヶ浜さんがまとめてくれた。
やばい、このままだと姫路さんに身ぐるみ剥されてしまう……!
「……明久の奴、羨ましい……けしからん!」
ムッツリーニ!?
君は姫路さんに身ぐるみ剥されることがそんなに羨ましいのかい!?
いやある意味では羨ましいのかもしれないけど、少なくとも僕には露出癖も服を脱がせてもらう趣味もないよ!?
「明久よ。覚悟を決めるのじゃ」
秀吉ぃ!
そんなにこにこした表情を見せないで!!
「あの、吉井君……そろそろ、いいでしょうか?」
「へ? あ、う、うん……覚悟は、出来たよ……」
僕を剥いでも精々塩と水しか出ないよ!? 美味しくないよ!?
「……何処をどう勘違いしたらあんだけわけわからない反応が返ってくるのかしら」
「諦めろ、雪ノ下。吉井の反応は、ある意味で俺達の予想を遥かに上回る」
「そうね……現状を受け入れるわ」
なんだか可哀想な物を見る目で見られているような気がするんだけど。
というか実際そんな目で見ているよね?
とかなんとか思っている内に、いつの間にか姫路さんが近づいてきていた。
ちょ、姫路さん? まだ心の準備が……っ!
ぎゅっ。
「……あ、あれ?」
僕の身体を包み込む優しい柔らかさ。
例えるならば、お母さんの温もりの中にいるような、そんな感じ。
両側の頬に伝わってくる幸せ感覚は、僕の中の何かを目覚めさせようとしている。
簡潔に言うと、凄く気持ちいいです。
「くっ……明久め……っ!(ブシャアアアアアアア)」
「ムッツリーニ君。そんなにハグしたかったら、後でボクとする?」
「なんだと……!?(ブシャアアアアアアアア)」
工藤さんのお誘い文句によって、ムッツリーニの鼻血が更に酷いことに!!
すかさず彩加と秀吉の二人がティッシュを持ってきて、ムッツリーニの鼻血を処理する。なんだかごめんね? そんなことまでさせちゃって……。
「雄二。私も後で雄二にハグする」
「する理由がねぇだろ!?」
「王様の命令」
「もうそれは手を繋ぐって命令で終わりだ! それ以上はルール的にも無効だからな!?」
霧島さんと雄二の二人が、何やらよく分からない攻防戦を繰り広げている。一体裏では何が起きているのだろうか。正直姫路さんの感触に五感のほとんどが支配されていて、実はもう頭がくらくらしてきている。柔らかいし、なんだか花のようないい香りがするし、こんな幸せ夢心地を味わっていいのかなって思う位。
本当にありがとう、由比ヶ浜さん……君は本物の女神だよ。
「そこまでだよ! 二人とも離れるー」
もう少し堪能したかったけど、由比ヶ浜さんによってストップがかけられる。
何事にも始まりがあれば終わりがある。今回の命令もまた終わりを迎えたということか。
それにしたって、僕もこんな想いが出来てよかった……!
「それじゃあ気を取り直して次いってみよっかー」
どんどん進行していく工藤さん。
僕達はもう一度紙を器に戻し、それから。
「王様だーれだ!?」
最早お決まりとなった台詞を全員で合わせる。
そして次に王となったのは――。
「俺か……」
八幡だった。
そういえばここまで王様になっている人はバラバラだね。いい調子で来ているのかもしれない。
一体八幡はどんな命令を――?
「……一番から九番までに命令する」
お、今回は全員に対しての命令かぁ。
このパターンはまだ見たことなかったから、八幡がはじめてかな?
そうしてみんな、次の命令を待つ。
すると八幡は、僕達に対してこう命令した。
「今から一分間、目を瞑ったままその場から動くな」
おっと?
一体何をさせようというのだろうか?
「別にいいけど……」
美波はキョトンとした表情を浮かべつつ、目を閉じる。
由比ヶ浜さんは最初から何の疑いもなく目を閉じていた。
彩加や秀吉は不思議そうに八幡を一瞥した後で目を瞑る。あ、可愛い。
工藤さんや姫路さんも、言われるがまま目を閉じた。
霧島さんはそこまで興味なさそうにして命令に従い、雪ノ下さんと雄二の二人だけ何かに気付いたみたいだ。え、この命令に一体何の意味があるの?
「……なるほどな。考えたな、比企谷」
「……何のことだ」
含みのある声を出す雄二。
僕もみんなが目を閉じた後に瞑ってしまったから、今何が起きているのか分からない。
「カウントは今からな。それじゃあスタート」
八幡の声が聞こえてくる。
それに合わせて周りでは色々と話声が聞こえてくる。
やがて一分が経過して――。
「あーっ!!」
僕はそこでやっと気付いた。
――八幡は、王様ゲームの命令を使ってその場から逃げ出したのだ。
八幡、逃走。
ちなみに八幡が最後に実行した命令につきましては、作者が実際に過去にやられたことを参考にしています。
この命令、何と言うか、卑怯ですよね……所詮遊びですが、何故かこういう場では律儀にしっかりと命令を守ってしまうといいますか……ここまで色々と命令を受けてきているからこそ、守らざるを得ないと言いますか……。
あと、明久は『ハグ』を『剥ぐ』と勘違いするという、ある意味意味不明な反応をしていましたね……書き上げて思ったのは、『よく剥ぐって言葉知ってたな……』ということでした。