やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十三問 【日本史】
以下の問いに答えなさい。
「武家社会において尊重された『道理』について説明しなさい」

雪ノ下雪乃の答え
「歴史の推移を古今を通じて当然の筋道としてとらえた観念のこと」

教師のコメント
正解です。中世に流行したこの観念は、武家社会の基本だったそうです。

土屋康太の答え
「月経時に下腹部に起こる痛みで、女性に起こる痛みであり……」

教師のコメント
それは生理です。

吉井明久の答え
「道の理のこと」

教師のコメント
漢字をそのまま文章にしただけじゃないですか。



第十三問 彼の知らない所で、一歩前へと踏み出した。 (1)

 学力強化合宿二日目。

 昼間の時間帯は昨日と同じように勉強に励むこととなった。正直、次の日に待ち構えているテストが激しく面倒臭い。しかし、テストで点数を取り、赤点を回避出来なかった場合の処遇がもっと面倒臭い。つまり、頑張るのであれば今頑張った方がマシだ。そんな考えの元、俺は今日もまた島田と一緒に勉強を進めた。途中何度か由比ヶ浜に質問されたり、吉井に質問という名前の妨害をされたりもしたが、それとなく充実した時間となった気はする。とはいえ、気になることもあった。

 

 ――葉山隼人からの視線だ。

 

 別に、アイツにとって気になることをした覚えはない。もちろん、アイツの周りの人間に対しても俺の方から何かした覚えもない。

 だと言うのに、葉山隼人は、俺と吉井のことをジッと見つめていることがあるように思えた。その度に海老名さんが鼻血を噴き出してしまっているのだから嫌でも気付いてしまう。それがなくともボッチは視線に敏感だ。尚の事気にするなという方が難しいまである。

 

「ねぇ、どうしたの? ハチ。さっきからきょろきょろと辺りを見渡したりして……」

「……何でもない。気にしなくていい」

「気にするわよ。勉強も少し上の空で身に入ってなさそうじゃない」

 

 確かに、いくら充実した時間が過ごせているとは言っても、肝心の中身が伴わなければ意味がない。集中出来ない原因があるのも俺にとって不利益でしかない。なんて言ったって相手はあの『みんなの葉山隼人』だ。そんなアイツが、吉井はともかくとして俺の方を意味ありげに見る理由が分からない。そんな理由など存在しない筈だ。葉山にとって俺の存在は、友達になれない相手なのだから。

 

「ちょっと、ヒキオ」

 

 そんな事を考えていたら、一人の女子生徒に声をかけられた。というか、彼女のことはよく知っている。

 

 ――三浦優美子。

 

 海老名姫菜の介抱役で、おかん気質で、そして――葉山隼人のことが気になっている女の子。

 そう、ある意味でこれは異常事態なのだ。あの三浦が動かない筈がない。当然三浦は葉山に事情を聞こうとするも、アイツが三浦に口を割るとは思えない。故に、彼女は俺の所までわざわざ足を運んできたのだろう。

 だが生憎、俺も葉山の考えを読み取ることが出来ない。アイツが何を考えているのかなんて、そんなに近い距離に居るわけでもない俺に理解出来る筈がない。だから彼女がやろうとしていることは徒労に過ぎない。意味のない行為にはさっさと終止符を打つのが一番。

 

「お前が気にしていることの答えなら、俺はよく分からない、としか言えない」

「は?」

 

 こえぇ……超こえぇ……。

 明らかに威圧してくるじゃん……怖すぎだよぉ……ふえぇ……お家帰りたい。

 

「三浦さん。いきなり来て何よその態度は」

 

 食いついてきたのは島田だった。

 島田は不満そうな表情を浮かべながら、三浦をキッと見つめている。対する三浦もまた、そんな島田に対する不快感を隠そうともしていない。

 お互いに一触即発。

 止めて! 仲良くして!!

 

「あーし、今ヒキオと話しているんだけど。邪魔だから引っ込んでてくれない?」

「ハチは今私達と勉強しているの。今するべき話じゃないなら後にしてくれない?」

「邪魔者はすっこんでろって聞こえなかった?」

「話なら後にしてって聞こえなかったかしら?」

 

 もうやめて! 俺の精神がゴリゴリ削られていくから!

 何なの? 見えない筈の火花がバチバチしているのが見える気がするよ!?お互い何処から火花出しているの? 怖すぎるよ? あまりの怖さに震えが止まらないよ?

 

「ま、まぁまぁ二人とも。今はとりあえず勉強に戻ろうよ? それにさ、今はそういうことしている場合じゃないと思うし、ね?」

 

 そんな二人の間に割って入ってくれたのは、由比ヶ浜だった。

 ……正直、由比ヶ浜がそうやって自分の意見を言おうとしてきたのは意外だった。

 彼女は所謂『空気を読むタイプ』の人間だ。それはつまり、周りに気を使い、自分の意見を言わないことにも繋がる。確かに、奉仕部に関わり始めてからの彼女は、自分の意見を出してくるようになったのだろう。そして今、クラスの中でも仲良しの二人に対して、自ら前に立って止めようとしている。

 彼女の中で、何かが変わりつつあるのかもしれない。

 

「……結衣の言う通りだね。ごめん、私がカッとなっちゃってた」

 

 最初に謝罪の言葉を述べたのは島田の方だった。自分の非を素直に詫びて、頭を下げて見せたのだ。

 これには、三浦も目を大きく見開いていた。

 

「……別に、こっちも時間を見ればよかっただけだし。その代わりヒキオ。休み時間にちょっと顔出してもらうから、覚悟するし」

 

 何故か俺の休み時間に予定が詰まった瞬間だった。

 しかし、いくら時間を設けた所で俺は答えを用意出来るとは思えないのだが……いずれにせよ、由比ヶ浜のおかげでこの場が何とか収まったのは事実だ。

 

「その、ありがとな。由比ヶ浜」

 

 だから俺は、素直に由比ヶ浜に対して頭を下げた。

 

「う、ううん! 大丈夫! 私が気になったから口を出しただけ、だし……けど、どういたしまして」

 

 その時の由比ヶ浜の表情は、何処か嬉しそうだった。

 自分も役に立てたことを嬉しそうに思っているような、そんな印象が見受けられた。

 

「ありがとね。おかげで私も三浦さんも、喧嘩しなくて済んだから」

「私はただ、二人に喧嘩して欲しくなかったから……」

 

 彼女は基本的に、友達との仲を優先しようとする。

 それは、由比ヶ浜結衣が優しい女の子であるのも理由の一つであるとは思うが、やはりその中でも彼女自身の意見が反映されている証拠なのだろう。

 

 それは恐らく、雪ノ下雪乃や、吉井明久と関わったから変われたのだろう。

 

 ……俺も、多分この数か月間で考え方や感じ取り方が色々変わったような気がする。

 実際、こうして誰かと密に関わること自体、本来の俺からしてみたらあり得ないことだ。

 それがいい形なのか悪い形なのかは分からないが、とにかく周りを取り巻く状況が、少しずつ変化してきている。学生として当然の変化かと思いきや、個人個人で大きな差が出てきているのだ。

 

 一体、その根拠は何処から来ているのだろうか。

 

 昨晩、葉山隼人は宣戦布告に近いことをしてきた。島田美波は、勘違いさせるような発言を何度も連発してきた。工藤愛子は少しだけ素の自分を見せてきた。

 俺はそれらに対して、ただ受け身を取っていただけだ。

 

 俺は少しずつ自分の気持ちが――分かるようで、分からなくなってきていた。

 

 考えるだけ無駄ならば、いっそ一度考えることそのものを諦めた方がいいのかもしれない。

 そう考えた俺は、恐らく喉まで出かかっていた気持ちを呑み込んでしまった。

 

 結局、俺がその時考えたことは、その日の内に思い出されることはない。

 




合宿二日目、そして八幡達やその他の人達の心情を描く話が始まりました。
一応今回の話を以て学力強化合宿編については終わりにしようかなーって思ってます。
何分、バカテス原作とは大きく異なる話になっているので(最大の核となる集団覗きをする理由がそもそも存在しない為)。
ただ、今回の合宿を描く上でまだまだ葉山グループが描き切れていないなと思っている為、彼らの心の動きを書いていきたいという願望があります。
それから、バカテスキャラにもまだまだ登場させたい子達がいますし……。

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