三浦からの追求をやり過ごし、今は飯を食べ終えた頃。この後は自由時間となり、勉強すら時間ではない。風呂に入って疲れを取るも、何処かまだ取りきれていない気がする。昨日今日と色々ありすぎて疲れたので、
「あ、八幡!」
ロビーに設置されている椅子に座り、浴衣姿でコーヒー牛乳をゴクゴクと飲んでいる戸塚に出会った。俺の身体に溜まっていた疲れが一気に吹き飛んだような感覚すらした。何これ戸塚セラピー? 戸塚には癒し効果があるの? 一家に一人戸塚彩加? いや他の人に渡すのなんて無理だから一生俺の嫁でいてください。
「お、おう。戸塚か」
極めて冷静に挨拶する。クールな男は挨拶もとちったりしない。決して吃ったりしていない。絶対だ。
「明日はいよいよテストだね。準備の方はどうかな?」
「島田や他の奴らのおかげで、一先ず問題はなさそうだ。国語に関しては自信ある。数学や理科については、せめて教えてもらった分は頑張ろうと思う。戸塚は?」
「僕の方も順調だよ。後でちょっとだけ見直しして、明日に備えようかなーって」
どうやら戸塚も心配することなく捗っているらしい。赤点の可能性がありそうなのは由比ヶ浜や吉井と言ったところだろうか……特に吉井は、最後まで何をやらかすか分からない奴だから油断ならないだろう。知らんけど。
そんなことを考えていると、突然戸塚が嬉しそうに微笑んでいた。何この笑顔。守りたいこの笑顔。可愛すぎない? 天使すぎない?
「ど、どうしたんだ?」
とはいえ、このタイミングで戸塚が笑う理由が思いつかなかった俺は、潔く尋ねることにした。今までの流れで可笑しな所なんて存在していただろうか?
すると戸塚は、とても嬉しそうにこう言った。
「八幡とこうしてお話出来るの、なんだか嬉しくて」
はい落ちた。
これはもう戸塚ルート入りました。一世一代の告白をして振られて打ちひしがれるルート来ました。振られた上に打ちひしがれるのかよ。
だが戸塚は、更にこうも付け加えた。
「それに、八幡がテストのためとはいえ他の人を頼ってる姿って、何となく新鮮だなぁって」
……確かに、言われてみればそうかもしれない。今回の合宿が始まる前、俺は自分で自分の勉強を進めることに徹しようとしていた。だが、蓋を開けてみると、理系科目を島田に頼りきっている自分がいた。その方が効率が良い? そんなわけない。一人でやる方が効率が良いに決まっている。そもそも勉強とは複数で行うものではない。俺は今までの信念とかとズレたことを行なっていたのだ。
「八幡が他の人のことを考えている優しい人なんだなぁってことは、前の林間学校のボランティアの時から知ってたんだけどね」
「そ、そうか……」
こうも素直に褒められまくると、調子が狂ってしまう。
とはいえ、今までに関しても全て自分のために行動したものだ。結果として誰かに影響を与えたのかもしれないが、根本にあるのは『自分の為に』である。
それ以上に、俺は戸塚彩加が周りのことをしっかりと見ることが出来る人であるということを再認識させられた。天使な上にこんな性格まで兼ね備えているなんて、最強じゃね?
「あら? 貴方達……」
「「ん?」」
そうして戸塚との細やかなひと時を満喫していたところ、そこを通りかかった人物に声をかけられた。
「あれ? 木下さん?」
最初に声をかけたのは戸塚だった。
どうやら俺たちの元に来たのは木下だったようだ。ただし、戸塚の反応から見て姉の方だろうか。
「……え?」
呼び止められた木下姉は、何故か目を見開いていた。え、何か驚く要素あったか?
「どうかしたの?」
当然、戸塚は尋ねる。
すると木下姉は、慌てて首を振った後で、
「いや、一発で私が秀吉じゃないって見破られたのは初めてだったから、つい……」
確かに、戸塚は何の迷いもなく『木下さん』と呼んでいた。戸塚が木下のことを呼ぶ時にはいつも『秀吉』と呼んでいるらしい(詳細は吉井から聞いただけなので事実確認は取れていない)。そもそもクラスメイト相手に男同士で『さん』付けをするのも微妙な所か。
「んー、確かに凄くよく似てるけど、やっぱり木下さんは木下さんだと思うよ?」
「っ!」
何だこの反応は、天使そのものじゃねえか。
それに、木下姉もまた、今の戸塚の言葉を聞いて完全に言葉を失ってしまっている。顔を赤く染めて、何処か嬉しそうにも見えた。
コイツはコイツで、散々間違えられてきたんだろうな……言っちゃ難だが、木下と木下姉は、実は一卵性双生児なのではないかと思われる程似ている。そもそも男女の段階で二卵性なのは確定しているのだが、そこそこ付き合いが長くないと違いが分からないのではないかと思われる程、瓜二つだ。若干瞳が違う位だろうか。やっぱそれ位じゃ分からねぇよ。
他人に自己の存在を肯定してもらえることがどれ程嬉しいことなのか。肯定してもらえたことのない俺には分からなかった話だ。
――だが、それ以上に。木下姉はまだ何か隠しているように見える。
「ところで、声をかけた理由はなんだ?」
思い返せば最初に俺達に声をかけたのは木下姉の方からだった。
だから俺は、その理由を尋ねることにする。
「あ、えっとね? 前に入った喫茶店で貴方がバイトしていたのを思い出してね……うちの愚弟……秀吉とは友達なのかなって思って」
今愚弟って言ったよね?
普段家ではこの姉弟関係どうなってんの? 何か闇を見た気分だよ?
「知り合いではあるな」
「もぅ、八幡ってば頑なに友達って認めないんだから……」
「戸塚は俺の友達だな!」
友達っていうか、最早天使だけどな!
そんなことを言っていると、木下姉は。
「なる程。比企谷君と戸塚君は仲良し、と……でも、吉井君とも仲良しだったみたいだし……実は比企谷君って素質ある……?」
待ってください。
一体何の素質があるというのですか。
「そう! ヒキタニ君は絶対素質あるんだよ! とつ×はちに限らず、はや×はち、あき×はちと、その角度は様々……だけど、ヒキタニ君が受けなのは絶対不変の真理だよね!?」
「……何処から現れた」
突如として現れたのは、海老名さんだった。
物凄い興奮したように早口で喋っている。その相手は俺や戸塚ではなく――木下姉だった。
「ま、まさか、比企谷君が……? って、そうじゃなくて……」
「隠さなくても分かるよ? 貴女も素質あるって……そういうのは抱えるものじゃなくて、いっそのことオープンにした方が気が楽になるよ?」
え、ちょっと待った。
海老名さんが木下姉に対してそう言うってことは、もしかしてこの人もまた、腐海の住人であるということ……?
「わ、私は別に、そんなんじゃ……」
「そうだよねぇ。ここじゃ戸塚君もヒキタニ君も居て話しづらいもんねぇ。そうと決まればちょっと奥の部屋で語り合おうか? 今夜は寝かさないよ?」
「あ、ちょ……っ」
そう言うや否や、木下姉は海老名さんにドナドナされていった。
「……僕達も部屋に戻ろっか?」
「そうだな」
残された俺と戸塚の二人も、部屋に戻ることにした。
速報:海老名さん同志を見つける。
と言う訳で、原作でもおなじみ優子さんネタでした。
きっと海老名さんが優子さんのBL好きを覚醒させてくれるに違いない……っ!
木下さんもまた、バカテスでは珍しく仮面を被っている人物なんですよね。普段バカテスキャラは表裏があまりないだけに、彼女は珍しいなぁって思ってます。
そしてそんな彼女は、一発で自分を弟ではなく「木下優子」として見てくれた戸塚に対して興味を抱きつつある……そんな回でした。
家ではズボラな彼女ですが、果たして改善の見込みはあるのでしょうか……。