「工藤さんって……すごくこう、えっちだよね」
次の話題として吉井が提示してきたのは工藤だった。工藤の場合、本人に自覚があるのだからタチが悪い。決して昨日の浴衣から覗かれる太ももを思い出しているわけではない。
「……工藤愛子は、ライバル」
「お? ムッツリーニいつのまに工藤とライバルになったんだ?」
何故か闘志を燃やしている土屋と、そんな彼に対して尋ねる坂本。土屋は、工藤のことをライバルと称した理由をこう語る。
「……保健体育の知識」
なんとも分かりやすい理由だった。
「ムッツリーニは保健体育が得意科目じゃからのぅ……」
むっつりの名に恥じない得意科目だな……。だが、そんな土屋に匹敵する、もしくは分野によっては上回る可能性すらあるのが工藤というわけか。そうなると土屋にとってはライバルとなっても過言ではないのかもしれない。恐らく、この学力強化合宿を通じてそのことを理解したのだろう。ただ、今回のテスト範囲に保健体育はなかった気がするんだが、他の科目はちゃんと勉強しているのだろうか。工藤はともかく、土屋はお世辞にも頭が良いとは言えないはずだが……。
「二人が仲良しになったみたいでよかったぁ」
「……! (ブンブン)」
戸塚が何気なく呟いた一言に対して、土屋は全力で否定している。あくまでこいつとしては、仲良しではなくライバルなのだろう。何をそこまで頑なになる必要があるのだろうか。
「そういえばさ、僕今日川崎さんって人と友達になったよ」
川……誰だって?
吉井から出てきた名前は、少なくとも俺がまだ会ったことのない人物だった。それは他のやつも同じらしく、等しく頭の上に疑問符を浮かべている。少なからず俺達のクラスに居る生徒ではないことは確かだろう。同じクラスだったとしても俺が名前を覚えていない可能性もあるが、戸塚ですら知らなそうな表情を浮かべているということは、本当に初めて出てくる名前なのだろう。
「姫路さんや工藤さんと同じクラスの女の子なんだけど、不良っぽい見た目だけどなんだかとってもいい子そうなんだぁ」
「……川崎沙希か」
何故今の流れで土屋は把握することが出来たのだろうか。コイツの頭の中には全クラスに所属している女子のデータでも入っているのではないだろうか。
「それでね、その人ってなんだか八幡と雰囲気が似ているっていうか……」
「俺に?」
俺に似ているってことは、ソイツぼっちなのか。
よくぼっち相手に臆面もなく近づいて、友達になろうとするな……吉井は元からそういう奴だった。
「そう言えば、明久は最近姫路とはどうなんだよ?」
ここで反撃と言わんばかりに、坂本が姫路とのことを尋ねてくる。
すると吉井は、
「姫路さんとは仲のいい友達だよ。けど、なんとなく姫路さんとは初めて会った気がしないんだよなぁ」
「案外、実は幼い頃からの付き合いがあるのかもしれぬぞ?」
木下の言葉に対して、吉井は首を傾げながら悩む素振りを見せている。傍から聞いているとただのナンパ文句にしか聞こえないが、本人は至って真面目に悩んでいる。たとえ吉井と姫路が幼い頃から知り合っていた所で俺には関係のない話ではあるが。
「ただ、姫路はなぁ……料理下手さえどうにかしてくれれば……」
「……劇薬は禁物」
ちなみに、姫路の料理が壊滅的であるということは既に吉井から聞いている。林間学校の後で何故か調理場に劇薬が叩きつけられていたのを誰かが発見した際、吉井が俺達にこっそり教えたのだ。いや、まぁ……風の噂では由比ヶ浜も似たようなものだということらしいし、最早何も言うまい。ただ、あの時言ったカレーに桃缶発言だけは忘れたくても忘れられないだろう。
「そういえば、比企谷と明久の所属している奉仕部には、雪ノ下と由比ヶ浜が居るよな?」
ここで、今度は矛先を俺に向けてきたようだ。
雪ノ下と由比ヶ浜か……。
「雪ノ下は美人だが常に相手を打ち負かそうとする程の負けず嫌いで、由比ヶ浜は……ビッチだな」
「八幡の認識が何だかあんまりな気がするよ!?」
由比ヶ浜はともかく、雪ノ下に関しては嘘は言っていないつもりなんだが。
アイツ、基本的に相手の心を完全に折るまで叩き潰そうとするタイプだし……実際、俺も何度か心折られているからな。最近は慣れてきたけど、慣れても心は折れるわ。
「だけど、八幡達って四人で仲いいよねー」
「そう?」
「そうか?」
戸塚の言葉に対して、俺と吉井の声が被る。吉井は嬉しそうに。俺はどちらかというと嫌そうに。
「なんで八幡嫌そうなの!?」
「いや、お前のバカが移るんじゃないかと……」
「確かにな。比企谷の言うことも一理あるな」
「……救いはない」
「そうじゃのう。明久はバカじゃからなぁ」
「せめて何か助けになる一言があってもいいじゃないかぁ!!」
「あ、あはは……」
あの戸塚ですら苦笑いを浮かべている現状。いや、吉井がバカであるという証拠は大量に出てくるが、バカではない証拠なぞ存在しないからな……諦めた方がいいだろう。
「けど、雪ノ下さんはともかく。由比ヶ浜さんは少し変わったよね?」
確かに、戸塚の言う通りだ。
由比ヶ浜結衣は、成長している。それは今日の三浦と島田の間に起こったやり取りを彼女が止めた時に感じられた。正直、あの場面で最初に動くのは雪ノ下だと思っていた。こういう時に相手の心をへし折り、そうして止めるのだと考えていた。だが、実際に動いたのは由比ヶ浜だ。誰よりも空気を読むことに長けていて、だからこそ自分の意見を封印してきた彼女が、率先して動いたのだ。
俺は、そんな彼女のことが――輝かしく見えていた。
「確かにな。けど、比企谷はどちらかというと、島田に目が行きがちって感じか?」
「……」
島田美波。
思えば俺が高校生活一日目に彼女の隣の席に座ったことで、すべてが始まったように思える。もし、あの時俺が島田の隣ではなかったら、一体どうなっていたのだろう。俺は相変わらずぼっち生活を送り、こんな時間を過ごすことはなかったのだろうか。
「八幡と島田は本当に仲好さそうじゃからのぅ」
「……まるで夫婦」
おい待て土屋。そのたとえはおかしすぎるだろ。
「島田と比企谷が夫婦ときたか! 案外、比企谷としては仕事から帰ってきたらアイツが迎え入れてくれるのはいいのかもしれねぇな!」
坂本が愉しそうに笑うが、お前は一つ勘違いをしている。
そこを訂正してやらなければならない。
「俺の将来の夢は専業主婦だ。その前提から間違っているから、そんな光景は実現しない」
「…………八幡。問題はそこなの?」
何やら吉井にバカを見る目をされている気がするが、少なくとも俺はお前よりバカではない。あまりにも心外で失礼過ぎる。
結局、その日の俺達のトークは消灯時間を迎えるまで続いたのだった。
そんなわけで、男子会パート2でしたー。
次回の話で学力強化合宿編も終わりを迎えます。
ただし、次回に一体どんな話が待ち受けているのでしょうか……。