やはりバカ達の青春ラブコメはまちがっている。   作:風並将吾

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第十三問 彼の知らない所で、一歩前へと踏み出した。 (5)

 消灯時間が過ぎて、少し経ってからのこと。流石に次の日のこともあるので大体のやつが寝静まったところだ。俺もそろそろ寝ようと思っていたちょうどその時に。

 

「……メール?」

 

 俺の携帯が、誰かからのメールを受け取ったことを告げていた。消灯時間も過ぎているというのに一体誰から連絡が来るというのか。そんなことを考えながら携帯の画面を見ると、

 

「…………げっ」

 

 そこに書かれていたのは、平塚先生の名前だった。いや、マジでなんでこの時間に連絡してくんの? ていうかアンタまだ仕事残ってんじゃねえのか? 色々突っ込みどころ満載なんだが。

 

「…………見なかったことにするか」

 

 一度俺は携帯を閉じる。寝てたとかそういったことにしておけばなんとかなるだろう。うん。ていうかなんとかなってくれ。

 しかし、俺の祈りは届かなかったみたいで。

 

「げっ…………」

 

 また鳴った。

 何としても確認しろって暗に告げている気がする。仕方ない、これ以上無視して変なことされるよりは、今確認してしまった方が……。

 

『ピコンピコンピコンピコン』

 

 待ってほしい。今俺は一応メールを確認しようとしていた。だが、その前にメールを執拗に送るのは如何なものかと思うのですが先生。とりあえずメールラッシュは収まったらしいので、怖さが少し出ているのがなんとも言えない感じだが、勇気を振り絞って内容を確認した。

 

『比企谷君。消灯時間は少し過ぎてしまいましたが、ちょっとだけ話したいことがあります。このメールを読んだらロビーに来ていただけないでしょうか?』

 

 ここまでは普通だな。しかし話したいことって一体なんなのだろうか。

 とか考えながらスクロールしていくと、空白の下にさらに文章が続いているのが確認出来た。

 

『もしかして寝ちゃってますか? 比企谷君にしては随分と早いお休みですね。旅先ということもあって疲れてしまったのでしょうか? いつもそれだけ早く寝られれば遅刻することもないんじゃないでしょうか?』

 

 随分と皮肉たっぷりな内容だった。確かにその通りとしか言えないからなんともいえない気持ちになる。

 余白の後、更に文章は続いているようだ。

 

『先程から何度かメールを送ってます。本当は見ているんじゃないですか? ねぇ、見ているんでしょう?』

 

 いや見ようとしたのに見させてくれなかったのは貴女のメールが原因ですからね? 

 そしてメールには、最後にこう書かれていた。

 

『は や く こ い』

 

 怖い。怖すぎるって。平塚先生がモテない理由の一つを感じ取った気がする。

 しかし、これ以上放置すると終いにはこの部屋まで来て連れ出しに来そうな予感すらしてくるから、そろそろ行くとしよう……。

 とりあえず俺は、寝ている他の奴らを起こさないようにそっと布団から出て、ロビーに向かった。

 

 

 ロビーで待ち受けていたのは、足を組んで椅子に座っている平塚先生だった。先生もまた浴衣を着ているようで、その姿は随分と様になっているように見える。この人はこういうことを素でやってくるから困る。本当黙っていれば美人でかっこいいのにどこか勿体無い……。

 

「なぁ比企谷。今何か失礼なことを考えなかったか?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

 

 何、なんなの!? 

 この人心読めんの!? 怖すぎるんだけど!? 

 一先ず何も考えないでおいた方が身の為だ。

 

「夜遅くに呼び出してすまない。もう少ししたら君が本当に寝ているのか確認しに行こうと思っていたのだが、起きていたみたいで良かったよ」

 

 あんなのほぼ起こしたようなものだろ。恐怖の目覚まし過ぎるわ。

 

「とりあえず椅子に座りたまえ。いつまでも立っているのも疲れるだろう」

「う、うす」

 

 本当はいつでもその場から離れられるようにしたかったのだが、先生にそう言われてしまっては従う他ない。とりあえず俺は椅子に座ることにした。

 

「さて、呼び出した理由についてなのだが……」

 

 一体平塚先生が話したい内容とは何なのだろうか。そんなことを考えながら話を聞いていると、

 

「最近、君は徐々に変わり始めたな、と思ってな。何か良いきっかけでもあったのかと思ってな」

 

 優しい表情を浮かべながら、先生は俺に対してそう言ってきたのだった。俺が、変わり始めている? 

 確かに、自覚がないのかと言われれば嘘になる。実際、二ヶ月前までの自分とは明らかに違うことは確かだった。正直、俺自身がここまで誰かと関わりあう未来は全く見えていなかった。

 

「確かに君の考え方は真っ直ぐではなく、何処か捻くれている。だが、それ故に君は、人間関係について求めているものが、純粋過ぎるとさえ思っていた」

「俺は捻くれてなんかいませんよ。常に自分に正直に生きていて、常に自分のために行動している。自分が一番なんですよ」

「そうかもしれないな。本人がそういうのだから、とりあえずはそういうことにしておこうではないか」

 

 何となく、その声は聞き分けの良くない生徒を宥めるように聞こえる。実際平塚先生からしてみれば言うことをあまり聞かない困った生徒なのかもしれない。だからといって今更生き方を変えるつもりはあまりないが。

 

「しかし、その根本は変わらなくても、少しは前向きになってきているのではないか?」

「前向きに、ですか」

「少なくとも君は、今まで人を遠ざけていた状態からは脱却している。それだけでも、私としては奉仕部を紹介した甲斐があったと思ってな。これもある意味では、吉井の力なのかもしれないが」

 

 確かに、吉井は何処か違うところを感じる。単純で、真っ直ぐで、見ていて眩しいとすら思ってしまう。それはもしかしたら、雪ノ下も同じことを考えているのではないかと俺は思う。それだけ、アイツは今まで生きてきた中では見た事がないほど、正直な人間だった。輪の中心になるのではなく、輪から外れるのでもなく、輪に属しているのでもなく、輪を作ってしまう。吉井明久は底無しのお人好しなのだろうか。

 

「だが、私は少し心配もしているんだ。君はそれだけ影響を受けているみたいだが、未だ尚雪ノ下はほとんど変わっていない」

「そりゃそうでしょう。あの雪ノ下ですよ? 変わる要素なんてどこにあるというのですか?」

「私から見れば、雪ノ下こそ一番変わって欲しいと願っているんだ」

 

 正直、意外と思いつつも、何となくそんな予感もしていた。最初に奉仕部を訪れた時、彼女は一人でそこにいた。雪ノ下が望んだ事なのか、それとも平塚先生が呼び込んだのか。答えは後者だと俺は思っている。

 

「兎にも角にも、君はいい方向に向かってくれている。吉井をはじめ、多くの人との触れ合いも、悪いものではないだろう?」

「…………」

 

 俺はその質問に答えることは出来なかった。

 確かに、悪いものではないとは思う。実際そう思うだけの根拠も存在しているのは確かだ。

 しかし、心の何処かでは……やはり他者を心から信じきれていない自分がいる。常に先に来るのは疑い。勝手に信用し、勝手に裏切られ、勝手に自滅する。そんな生き方はもう懲り懲りで、だからこそ俺はぼっちの道を歩もうとした。

 なのに、今の環境はそうさせてくれなかった。それはいい事なのかもしれない。居心地の良さすら感じている。

 

 それ故に、俺はいつかきっと、自分の手でそんな道を断とうとするのではないかと考えていた。

 

「引き止めて悪かった。明日はテストだ。今日はゆっくり休むといい」

「……うす」

 

 柄にもないことを考えた。

 平塚先生からの言葉を受けて、俺は部屋へと戻っていく。

 その途中、脳裏に浮かぶのは、やはりこの先に待ち受けるだろう自分の在り方だった。

 

 

 余談ではあるが、次の日に行われたテストでは、なんとか赤点を回避することができた。

 ただし、吉井は……。




長かった学力強化合宿編も今回で終わりとなります!
作品時間内ではまだ6月に入ったばかり。
ということは、このままいけば次回は……!
余談ですが、バカテスキャラってどれだけ探しても誕生日を設けられているキャラって最大で四人までしか見つからないんですよね……。
そういった意味では、無闇に作中で誕生日ネタを扱わない方がいいのではないかと考えています。
なので、誕生日ネタは別の何かに変更するとか、あるいはそういうことをやる際には番外編を使うとか、色々手段は考えます。

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