そんなわけで、やると言ってやれていなかった、ゆきのん宅での女子会エピソードです。
視点は今回はじめてのゆきのんです!!
「女子会しようよ!」
勉強会を開いた日の夜。由比ヶ浜さんが元気そうにそう提案した。先程までは勉強した影響で疲弊していたにも関わらず、今ではすっかり元気になっている。この元気さを勉強でも発揮させてもらいたいのだけれど……。
「なんだかとっても楽しそうですー!」
由比ヶ浜さんに便乗する形で、島田さんの妹──葉月ちゃんも答える。女子会の何がそんなに魅力的なのか私には分からない。
「本当なら寝た方が良い時間な気もするけど……せっかくこのメンバーで集まったことだし、滅多に出来ない話をするのも良いかもね」
島田さんもまた、女子会を開くことに賛成派の様子。となると、私の意見によって左右されるのか、それとも関係なく開かれるのか。いずれにせよ私の答えは決まっている。
「そういうことなら貴女達で楽しむといいわ……私は……」
「えー、ゆきのんも一緒にお話ししよーよー。ダメ……かな?」
由比ヶ浜さんの目があまりにも寂しそうで。まるで捨てられた子犬のような目をしていたから。でも、次の日なこともあるし、今日はここで寝ておかなければいけないのだけれど、だからといって……。
「……少しだけなら、いいわよ」
「わーい♪ ありがと、ゆきのん!」
「ちょっと、暑苦しいのだけれど……」
パジャマ姿の由比ヶ浜さんが私に抱きついてくる。
こうして由比ヶ浜さんが私に対してスキンシップを取るようになったのは、果たしていつからだったろうか……。それ以前に、私自身こういったことに慣れていないのもあって、正直なところ緊張してしまうのも事実。それでも不思議と嫌悪感はなく、むしろ心地良いとも感じるようになっていた。
「だけど、女子会って何を話すものなのか分からないわね……」
かつてそんなことをした事のない私にとっては未知の領域。一体どんなことを話せば女子会っていうのだろうか。
「んーとね、むずかしいことはあまり考えなくていいと思うよ? こうして女の子同士でいろんなお話すれば、きっと立派な女子会なんだよ!」
ある意味予想通りな答えが由比ヶ浜さんより返ってきた。
「そしたら、身近な男の人の話をしてみるですー!」
そして、葉月ちゃんがそう提案したのだった。
「は、葉月? それって私達で周囲の男の人を話していくってこと?」
「はいですー!」
葉月ちゃんの無邪気な言葉に、島田さんもたじたじだった。島田さんとは何度か同じ行事に参加したりして話した事のある程度だったけれど、とりわけ今日は色んな側面を見ることが出来るから、新鮮なのかもしれない。
「葉月はバカなお兄ちゃんのことが大好きですー! 将来を約束し合った仲なので……」
「アキのことね……」
「ヨッシーのことだね……」
「吉井君のことね……」
何故か、それだけはすぐさま理解出来てしまう。吉井君がこの子の為に奔走していたことは、奉仕部の部長として把握している。後から聞いた話を思い返す度、吉井君の馬鹿な行動が浮き彫りになっていくのだけれど。島田さんも、葉月ちゃんが『バカなお兄ちゃん』と称して吉井君に対して特別な感情を抱いていることは理解している。それが幼さ故の感情なのか、それともこれからも続いていく物なのかは分からないけれど……。
「でもさ、ヨッシーって確かに優しいよね」
「確かに……バカな所は否めないけど、アキはいい人であることは間違い無いわね」
「……彼は他人にはない珍しい観点を持っているようね」
そう。
吉井君は私にはない観点から物事を語ってくる。無条件に与える優しさ。彼を称する言葉として『優しい人』というのが与えられるのだろうけれど、同じ『優しい』でも、彼の場合は好意的に受け取ることが出来る。他人を傷つけず、温かく包み込むような。
私が見てきた『冷たい優しさ』とは違う。
「優しいと言えば、お兄ちゃんも優しいですー!」
葉月ちゃんはそんなことを言ってきた。
葉月ちゃんが『お兄ちゃん』と称する人物は……。
「それってミナミナ、ヒッキーのことだよね?」
「ええ、そうよ……」
比企谷八幡君。
吉井君と同じタイミングで奉仕部に入ってきた――あの日、私が乗っていた車に撥ねられた男の子。
私は未だに、彼に対してそのことを謝罪出来ていないでいる。由比ヶ浜さんは勇気を持って彼に謝罪をしたというのに、私一人が何も出来ていない。
怖くない、と言えば嘘になる。
けれど、いつまでも逃げてばかりだと、私のプライドが許されない。それに、逃げてばかりだと誰も救われない――自分で自分を救うことすら出来ない。
「ハチは本当に優しい。だけど、その優しさになかなか気付ける人がいない……それは、ハチ自身もそうだとウチは考えている」
「……うん。ヒッキーは、自分が優しくて魅力ある人なんだって気付いて欲しい。自分のことを二の次にして、他の誰かの為に頑張れちゃうんだもん。確かに、ヨッシーとヒッキーは違うかもしれないけど、やっぱり優しい人なんだよ」
比企谷君の考えは、時々なんとなく伝わることがある。そういった意味では、私と比企谷君は気が合うのかもしれない。考え方に明確な違いがあるからこそ、私は彼の行動が示す意味を見出だせる。
だけど、彼のやり方すべてに対して肯定的な意見を持てるわけではない。
「ミナミナはさ、その……」
由比ヶ浜さんは、少し言いにくそうにしている。
島田さんも首を傾げながら由比ヶ浜さんの言葉を待っている。
そして、彼女は――。
「ヒッキーのこと、どう思ってるの?」
覚悟を決めた表情で、真剣にそう尋ねた。
「……好きだよ。ウチはハチのことが、大好き」
嘘偽りない、それは彼女の本心なのだろう。
島田さんは、由比ヶ浜さんに対して明確にそう告げた。
「お姉ちゃんはお家でもお兄ちゃんのことを楽しそうに話してくれるですー!」
「こ、こら、葉月ってば……」
葉月ちゃんの言葉に照れている島田さんだったけれど、その表情は何処か嬉しそうだった。
対する由比ヶ浜さんは。
「……なんか、ミナミナもかっこいいな。そうやって自分の気持ちを正直に素直に言えるなんて。私には、無理だったから……」
「……ねぇ、結衣。結衣はさ、ハチのこと好きだよね?」
「ふぇ!?」
島田さんからの言葉に、由比ヶ浜さんは熟れたトマトのように顔が真っ赤に染まる。
見ていれば確かに誰に対して好意を向けているのかは、なんとなく分かる。まして由比ヶ浜さんは、本人は隠しているつもりでもあからさまだから分かりやすい。
「……本当かどうかは分からないけど、これだけは伝えておくね」
真剣な表情から発せられた言葉は、私の心も掻き乱す。
「自分の気持ちって、言葉にしないと伝わらないんだよ」
言葉にしないと伝わらない。
私は、何処か比企谷君をはじめとして、ここ数か月の内に奉仕部に対して幻想みたいなものを抱いてたのかもしれない。
正直なところ、私は誰に対して好意を抱いているとか、そういったことはまだ分からない。もしかしたら幼い頃は何かの気の迷いで心を向けていた相手が居たのかもしれない。だけど、そんな幻想は当の昔に消え失せている。
そして、高校一年生の春――奉仕部という場所が出来た。
そこに比企谷君が居て、吉井君が居て、由比ヶ浜さんが居て。
いつしか奉仕部は、私にとって居心地のいい場所となっていた。
それこそ、ここに居る人達ならば――言葉など必要なくても気持ちが伝わっていくのではないかと思わせられる程に。まだ半年も経っていない相手に対して、私はそんな幻想に近い感情を抱いていたのだ。
――その言葉の意味を思い知らされることになるのは、もっと後になってからの話となる。