とりあえず、吉井さんの提案でアルバムを見せて貰っているわけなのだが。
「あの……一ついいっすか?」
「なんでしょう?」
俺の言葉に対して不思議そうな表情を見せる吉井さん。それでも俺は今ここでツッコミを入れざるを得ない気がした。いや、ツッコミなんてレベルではなく、本当に純粋な疑問でしかないのだが。
「なんで写真が風呂限定なんすか……」
正直言って吉井の入浴シーンなどなんの得にもならない。というか破棄したくなるまである。吉井の姉は何処かに常識を置いてきてしまったのだろうか。
「アキ君の成長ぶりを見るのでしたら、生まれたままの姿が一番だと思いまして……」
「こ、これが、吉井君の……」
一番食いついているのは意外にも姫路だった。そういえば入る時の裸ワイシャツの件でも食いつきよかったな……実はこいつ、近付いてはいけない人種だったりする? 違うクラスだからあまり行動を共にすることはないが。
「は、はわわわわ……ヨッシーの……」
恥ずかしがるくらいなら見るな由比ヶ浜。なんの勉強にもなりやしないぞ。
「くっ……この写真は使えない……っ」
そして土屋は何の話をしてるんだ。
「い、意外と逞しいのぅ……」
木下は一体何のことを言ってるんだ。その台詞回しだけだと何人かを地獄に叩き落としそうな気がするからやめておけ。
「ところで、玲さんって今までどちらにいらっしゃったんですか?」
島田が尋ねる。ある意味アルバムから話題転換出来るからその質問はありがたい。
「アメリカのボストンにある大学に通ってます。今年で教育課程が修了しましたので、気分転換といいますか、アキ君がしっかり勉強しているか監視する為に来てしまいました」
……ちょっと待て? アメリカのボストンにある大学だと?
「アメリカからきたんですか〜」
由比ヶ浜はイマイチよく分かっていないのか、ただ何となく凄そうというニュアンスを感じる。しかし、島田は吉井さんの言葉の意味が分かったのか、
「それってまさか……ハーバード大学ってことですか……?」
目を大きく見開いて尋ねた。
「えぇ。その通りですよ」
吉井さんはにっこりと笑顔を見せながら答えた。
マジか……マジか……吉井の姉さんがハーバード……なんというか、そうなると吉井本人は姉の出涸らしのようにしか見えなくなってしまった。いや、出涸らしっつか、すべてが反対になったというか。
勉強が出来る代わりに常識を捨て去った姉と、生存能力が高い代わりに学力を失った弟、とでもいうべきだろうか。いずれにせよ、この姉弟は何かしらの欠点を抱えないと生きていけないのかと考えさせられるものだ。
「あれ? それなら今ってなにかと忙しい時期ではないですか?」
島田の言う通りだ。大学を卒業したということは、社会人になるということ。即ち就職活動が待ち受けているということだ。いくらいい大学を出たとしても、自分から何もしなければ就職先が見つかるわけではない。
しかし、吉井さんは。
「大丈夫ですよ。既に勤め先から内定は頂いております。仕事始まりがまだ先なので、その間にアキ君がどれだけ頑張っているのかを見るのです」
なるほど。そのあたりは抜かりないというわけか。
というかこの人、弟である吉井のことが好きすぎでしょ。卒業した後の自由な期間を弟の為に費やすなんて普通なら考えられない。小町になら全てを捧げてもいいと思うが。代わりに養ってもらうけど。
……あれ、学力以外は吉井さんと似ている気すらしてきたぞ。そんなはずはない……ないよね?
「なんつーか、その、本当に弟想いなんすね」
結局のところ、吉井さんは何処までも弟のことを考えているだけなのかもしれない。
だが、肝心の吉井にはそれが微妙に伝わっていないというか……この人もこの人で随分と不器用過ぎるでしょ。同じ姉として共感出来るところがあるのか、島田もまた嬉しそうに笑っている。
「みんな、お待たせ! 食事の準備が出来たよ!」
ちょうどその時、吉井達が食事を持って中に入ってきた。
その手に持っている鍋には、パエリアが入っている。
「あれ? アキ君。パエリアを作ったのですか?」
何故か吉井さんがそう尋ねている。心なしか少しだけ悲しそうにも聞こえるが、気のせいだろうか。
「え? そのつもりで食材買ってきたんじゃないの?」
どうやら食材を買ったのは吉井さんだったらしい。吉井も置かれていた食材を見て、瞬時にそれを判断したのだろう。家庭科だけならコイツ高得点取れるんじゃないだろうか。料理学校とかに行けば意外にも好成績収めるんじゃね?
「本当に美味しそうね……やっぱりあの弁当はアキが作ったのね」
島田がポツリと呟く。
そう言えば弁当袋があるのを見かけているんだったな。
「吉井君、料理お上手ですね……」
女性として自信を無くしている様子の姫路。
うん、まぁ……コイツ主夫力高いよな。
「俺と雪ノ下も手伝っていたんだが、パエリアについてはほとんどコイツが作ったようなもんだ。雪ノ下はスープを。俺はサラダを担当したって感じだな」
「ゆきのんが作ってくれたスープ楽しみだなぁ♪」
由比ヶ浜のテンションは高まっているようだ。
しかし本当、雪ノ下は何でもこなすな……。
「それにしても、さっきから姉さんは何でお風呂の写真を見せていたのさ!?」
あ、ちゃんと聞こえてたのね。
それでいてよく突っ込まなかったな……いや、あの様子だと雪ノ下に止められていたんだろうな。
「姉さんは僕のこと嫌いなの!?」
「そんなことありませんよ。私はアキ君のこと、大好きですよ」
だろうな。
この人はきっと、弟である吉井のことが好きなんだろうな。
「無論、一人の女性として」
流石にそれはちょっと行き過ぎじゃありませんかね……。
「姉さん!? 流石にそれは冗談だよね!?」
「日本の諺には、『バカな子程可愛い』ってありますよね?」
「諦めろ明久。この人はお前のことを誰よりも愛している」
「待って!? それって僕が世界一バカだって思われているってこと!?」
「わ、私だって! 吉井君のことを世界一バカだと確信していますから!」
「追い詰めないでぇ!!」
これは酷い。
「とりあえず、冷めてしまっては美味しくなくなってしまうわ。頂きましょう」
雪ノ下が場を取り繕う意味でもそう提案する。
俺達はそれに合わせて、目の前の料理を堪能することとなった。
「お、美味しいです……」
「……美味」
「本当じゃ。これは格別な味じゃ」
「ゆきのんのスープも、ヨッシーのパエリアも、坂本君のサラダも美味しい!」
「本当、アキってば料理上手なのね」
料理を作ってもらった組は、味の感想をそれぞれ述べている。
いや正直うめぇ。なにこれ。家庭の味ってレベルじゃねえぞ。
「ところで……うちの愚弟は学校ではどんな様子でしょうか?」
きた。
親族の友人に対する質問としては常套句とも言える言葉。
特に、吉井さんの目的がこれである以上、絶対聞かざるを得ないもの。
「吉井君の勉強は奉仕部でもしっかり見ることとなっているから、最低限の点数は取れるよう保証します」
そういえばGWの課題を出したのも雪ノ下だったし、何なら平塚先生から吉井のバカ矯正を依頼されていたな。
「奉仕部、ですか?」
やはりというべきか。
総武高に通っていても関わりがなければよくわからない部活だからな。
「はい。私と由比ヶ浜さん、そして比企谷君と吉井君は、同じ部活の仲間なのです。ここまで彼は色んなところで活躍してくださいました。目立つものばかりというわけではありませんが、少なくとも彼がいなければ話が進まなかったこともあったことでしょう」
雪ノ下の評価は正しい。確かに、林間学校の時には吉井の発言によって対立構造が治まった。その他の活動でも、何だかんだ吉井が活躍することによって丸く収まっている部分もある。もちろんすべてがそうとは言わないが。
「そうでしたか……」
心なしか、少し嬉しそうな吉井さん。
褒められた当人も、照れている。
その後も吉井さんは俺達から吉井の普段の様子を伺い、俺達はそれに答える形で話が進んでいった。
――やはり、吉井は姉に愛されているな。
俺は心の中でそう思ったのだった。
次回は明久目線で姉の話が続きますよー。
夕飯までの流れを八幡目線でお送りした形となります。
とは言いつつも、この話を明久目線でやると結局バカテス原作とほぼ変わらない感じになるんですよね……しかし、やらないといけないところはきっちりとやっていく形式を取ることにしましょう。
特に、今回は奉仕部の三人が一緒に居る為、色々と原作とは違う所も出てきていますし!