八月八日。
海でのナンパ騒動や女装で出場した浴衣コンテストを終えて、僕達が泊まっている宿屋で一晩が明けた。実は今日、とある人に頼まれてある計画を実行しようとしている。その為には、絶対にバレてはいけない人が一人いるんだけど。
「……なんか、平気そうだね」
当の本人――八幡は今もなお布団で眠っていた。
「今の所ぐっすり眠ってやがるな……どんだけ疲れてんだか」
八幡の寝顔を見ながら、雄二はそんなことを言っている。
「無理ないって。八幡だって色々頑張ったんだから」
彩加は八幡の顔を慈愛に満ちた表情で見つめている。彩加にそこまで言わせる八幡……なんだか少し羨ましくなってきたぞ!? 何だろうこの気持ち……くっ……!
「何をそんな変な表情をしておるのじゃ、明久よ……」
おっと!
僕には秀吉が居るんだった……危ない危ない。心を掻き乱してくる彩加、恐るべし!
「……作戦会議は今の内」
ムッツリーニがボソッとそんなことを言って来る。
「そうだね。八幡が寝ている今ならいける。起きる前に準備終わらせないとね」
「ま、たまにはこういうのも悪くねぇんじゃねえか?」
「そうじゃの。サプライズって奴じゃ」
「それにしても、流石は坂本君だね。こんな企画思いつくなんて」
「……計画させたらピカイチ」
男性陣がそれぞれそんな反応を示す。
雄二は本当、悪知恵考えさせたらピカイチだよね!
「なんかお前のその妙な笑顔が腹立つんだけど……とりあえず、テメェらはさっさと宿側に連絡してこい!」
「「「「「サーイエッサー」」」」」
※
事の発端は小町ちゃんからの連絡。
八幡に海へ行く誘いをした後、小町ちゃんから電話が来た。
「もしもし?」
『明久さん! うちの愚兄に海水浴のお誘いをしてくださって本当にありがとうございます!!』
「いやいや。僕達も八幡と一緒に遊びたいなーって思ってたからさ。それにこうして小町ちゃんとも遊べるし」
『まさに一石二鳥ってやつですなぁ!』
「ところで、小町ちゃん。いきなり電話してきてどうしたの?」
『実はですね……海へ行く日なんですけど、大事なことが被っているんです』
「大事なこと?」
『帰りの日……八月八日は、うちの兄の誕生日でして……』
「え、そうなの!? 八幡ってば全然そんなこと教えてくれなかったけど!?」
『時々兄もこっちから言わないと誕生日であることを忘れてしまうので……だけど今年は皆さんが居ますから、ここは是非とも盛大に、パーッと祝いたいなぁって思いまして!』
「なるほどね……そういうことなら任せてよ! 僕達も一緒に祝ってあげるからさ!」
『流石は明久さんです! こういう時頼りになります!!』
※
そう。
八月八日は、八幡の誕生日だったんだ。
だからその本人たる八幡には決してバレてはいけない。
……だけど、なんだか余計な心配だった感が半端ないなぁ。
「おはよう、アキ。食堂の方は準備ばっちりよ」
「おはようございます♪宿の人にはしっかり準備していただきました……お料理の方も、小町さんがリクエストしてくださって、出そろった所です」
美波と姫路さんが僕にそう伝えてくれる。
女性陣は既に動き始めていたのか!
「……比企谷の誕生日が重なるなんて。凄い偶然」
「こういうの楽しそうでいいよねー! ね、ゆきのん?」
「そうかしら……」
「そうそう。楽しんだ者勝ちって言うし、私も存分に楽しんじゃおうかな~」
女性陣もこういうことには結構ノリノリみたい。
そりゃそうだ。友達の誕生日をこうして旅行先で祝える機会なんてそうそうないからね。前日があれだけ悲惨だったわけだし、今日位は報われてもいいと思うんだ。
八幡の頑張りは、ここに居る人達が見ているから。
「お兄ちゃんにこんなにいいお友達がいるなんて……小町感動です……っ」
大袈裟に小町ちゃんは泣いているけれど、本当に嬉しそうだ。
確かに、初めて会った時の八幡ってば、僕達のことを遠ざけようとしているように思えた。最初から輪を作らなければ、傷つくこともないから。
なんとなくそれは分かる。そうすれば確かに傷つくことはない。少なくともゼロのままでいれば、そこからマイナスになることなんて滅多に訪れない。
だけどね、それはきっと悲しいことだと思うんだ。
「ま、比企谷には色々世話になってるからな」
「……雄二が世話になっているなら、私も祝う」
「吉井君のお友達なら、私も張り切っちゃいますっ」
「ウチも、ハチが居なかったら今ここに居たかどうか分からないから……だからハチには感謝してるからね」
「ヒッキー……ヒッキーの誕生日を祝いたい」
「比企谷君は部活のメンバーだからね……祝うのは部長として当然のことよ」
「僕も、八幡の誕生日を祝うからね!」
「ワシも友人の祝い事には全力を出すのじゃ」
「……贔屓している」
「比企谷君は面白い人だからねぇ。興味ありありだよ♪」
ねぇ、八幡。
君はこんなにも色んな人の心を突き動かしているんだよ。
だからさ、君はもう独りぼっちじゃないんだ。
……って、今ねている八幡に言ってあげたい気持ちになった。
僕も、八幡だから友達になろうって思ったんだ。
「……正直、小町はずっとお兄ちゃんのことを心配していました。友達が出来ないんじゃないか、とか。またぼっちになっちゃうんじゃないか、とか……だけどお兄ちゃん。小町を心配させないようにしているのか分からないですけど、小町に一度も弱い所を見せてくれないんです。私が甘えちゃっている所もあるのかもしれないですけど、それじゃあお兄ちゃんに負担かかっちゃうんじゃないかって……だから、こうしてたくさんのお友達に囲まれているお兄ちゃんを見て、小町は安心しました!」
小町ちゃん……。
「……さて、そろそろ起きてくる時間だろうからな。クラッカーを渡すから準備しとけよ。それと……俺達はハナっから、面白そうな奴だと思ってるから安心しろよ」
雄二が笑顔でそう言った。
言う時は本当に言うねぇ……流石だよ!
「……なんでお前らこんな時間に」
ちょうどその時。
八幡が部屋から出て登場していた。
ベストタイミングだよ八幡!
「せーの!!」
誕生日おめてとう、八幡!
これからもよろしくね!!