人は海に来るとなんとなくテンションが上がるという。今まで社会という牢獄に囚われていた者達が、ここぞとばかりに自分の内側に眠る野生を解放し、何の気なしに暴れ回るというか遊び回るというか、とにかくそうしていつもよりだいぶテンションが上がった状態を維持するのだそうだ。つまり何が言いたいのかというと。
「くたばれ雄二ぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
「テメェスイカはあっちだろうがぁああああああ!!」
テンション振り切った奴らはとにかく五月蠅いということだ。
※
八月七日。
電車とバスを利用して、千葉県にある海水浴場へとたどり着いた俺達。各々以前林間学校に行った際に着用していた水着を着て、今回の海水浴を楽しむ様子だった。今回は流石に俺も水着を持ってきている。ちなみに、メンバーは吉井、坂本、木下、土屋、姫路、島田、工藤、戸塚、由比ヶ浜、雪ノ下、小町、そして俺ということになっている。本来ならばここに保護者として吉井姉が来る予定だったのだが、仕事の都合で来られなくなってしまったと、吉井が嬉しそうに報告していた。一応期末試験等でお世話になったからという理由で許してもらったらしいのだが、相変わらず不順異性交遊になり得る行為が発覚した場合には減点されるらしい。
ちなみに、今回も戸塚は上着を着用している。何故だ、何故なんだ……!
後、開幕直後に木下が明らかに落ち込んでいた。
「何故じゃ……何故ワシはこんな目に……ワシは男じゃぞ……」
話を聞く限り、どうやら男物の水着で外に出ようとしたら、ライフセーバーに捕まって、上着を着用するように強制されたとのことらしい。もしや戸塚もその可能性が……? だとしたらここに来る前までは上着を脱いでいた……? くっ、俺としたことが……っ!
「なーに面倒臭い反応しちゃってんのお兄ちゃん」
小町が明らかに引いているような表情を見せながら、俺に近づいてくる。やだ何その顔。八幡泣いちゃうよ。
「結局小町の水着は前と変わらないのな」
「新作水着見せてもよかったんだけどね~。でもでも、小町としては、この水着でお兄ちゃんと一緒に遊びたかったから。あっ、今の小町的にポイント高い♪」
「ほんとポイントたっかいわー。お兄ちゃん嬉しいわー」
「本当ごみいちゃん棒読みだよね」
いや、まぁ、正直こう言ったことってあまり経験ないから、どんなテンションで挑めばいいのか分からないというのが本音だったりする。普段は外から眺めている方が多いから、いざ自分がその中にぶち込まれた時の反応に困る。
「ウチも、ハチとこうして遊ぶの楽しみにしてたからさ。たくさん思い出作ろうね?」
「お、おう……」
島田も、スレンダーな体格に合った水着を着ている。
そんな姿で、かつ、輝く程の笑顔で言われると正直ドキドキする。
「八幡。僕も楽しみだよ!」
「あぁそうだな戸塚ぁ!」
やっぱ戸塚は天使だなぁ。そんな笑顔で言われちゃったら思わずこっちも笑顔になってしまうじゃないか。
「……ヒッキー。彩ちゃん相手だと本当人が変わったようになるよね」
「まったく……比企谷君ったらだらしない表情を浮かべているわよ」
由比ヶ浜は不機嫌そうにこっちを見ているし、雪ノ下は不審者でも見ているんじゃないかと思われる程嫌そうな顔をしている。待て。俺は不審者ではない。目が腐っているだけだ。
「吉井君。私の水着……どう、ですか?」
「うん……とても似合ってるよ!」
「ありがとうございます……っ」
あっちは謎に青春ラブコメやっている。吉井の癖に生意気な。
「雄二。私の水着を見て、興奮してない……それは、ダメ」
「待て翔子。だからと言って鼻フックしようとするのはおかしい。それは興奮じゃない。ただの出血だ!」
「でも……あっちは興奮してる」
霧島が指差した先にいたのは。
「アハハ。ムッツリーニ君ってば、鼻血出して倒れちゃうなんてね~」
「……日差しが強かっただけ」
工藤に膝枕されながら、うちわで扇いでもらっている土屋の姿があった。
アイツ来て早々何してんの……しかも大量の赤く染まったティッシュがあるんだが。また鼻血出したのか……ちゃっかり興奮してんじゃねえか。大丈夫かよ。
「まぁまぁ、とりあえず気を取り直してさ。スイカ割りでもやらない?」
というわけで、工藤の言葉によって、海に来て行われる遊び第一弾はスイカ割りとなったわけだ。ある意味代名詞と言っても過言ではないだろう。俺やったことないけど。戸塚と水掛け合いっこするのはもう少し先の話になりそうだ。
「とりあえず、最初はハチからね。目隠しして」
金属バットを持たされて、島田によって目隠しをされる……って、ちょっ、おま、ち、近い。普段と違って水着だから、肌の露出が増していて視線に困る。つかいい匂い。ここは天国なのかそれとも地獄なのか分からなくなってくるぞ!?
なんて心の中で葛藤していたら、いつの間にか視界は真っ暗になっている。ここからどうやらスイカ割りがスタートとなるようだ。
「右よ、比企谷君」
「おにいちゃんもっと前だよ前ー!」
「八幡ー! ちょっとだけ右に行ってー!」
「ハチ! 実はちょっと左よ!」
「ヒッキーその調子ー!」
「比企谷! 斜め四十五度だぜ」
「いいよ八幡! がんばれー!」
おい約二名程応援しかしてねぇぞ。応援してないでヒントくれ。
てか、何人か嘘ついてるだろこれ。右だったり左だったり、ごちゃごちゃしててどこに行けばいいのか分かんねぇぞ。
仕方ねぇ……最早勘で行くしかねぇな……。
少し前に進んで、ちょっと左に寄ってみて。斜め四十五度とか無視する方向で。
ここと決めた所で、バットを振り上げて――!
さくっ。
バットが砂に突き刺さる音が聞こえてきた。
目隠しを取ってみると、あと少しだけズレていたら当たっていたかもしれない距離にスイカはあった。
「あちゃー。こりゃ失敗だねお兄ちゃん」
ちょっとだけ悔しいが、これは仕方ない。
結果的に、小町と島田の言葉を信じてみたら、結構いいところまでいけたのだからまぁいいだろう。
選手交代ということで、他の人も何人か回っていくものの、やはりスイカ割りとはそう簡単なものではないらしく、なかなか割れない。
ちなみに、冒頭の部分は、全員が粗方周り終わった後で繰り広げられたものだった。
「さて、明久は失敗だったわけだからな。次は俺が……」
坂本が吉井からバットを受け取ろうとするが、吉井はそのバットを頑なに離そうとしない。
「雄二は結構最初の方にやっていたでしょ? それに、順番を逆にしていった方がいいと思わない?」
「だからと言って二連チャンで同じ人物に回ってたまるかってんだ……さぁ、バットを渡してくれないか?」
……なにやってんだよコイツら。
原作と同じような部分はダイジェスト形式orカットしていく方向でお送りしていこうかと思っているのですが、そもそも原作通りの展開になっていない件について()
このままの調子でいけば次回はナンパの流れになるわけですが、正直八幡がナンパするところも、される所も浮かばないですね……。