昼飯を食べ終えるまでの間、妙にナンパについて色々と口論を交わしていた吉井・坂本vs女性陣。小町や島田、雪ノ下は参加していなかったものの、なんとなく吉井や坂本は対抗心みたいなものを燃やしているように見えなくもなかった。またろくでもないことを思いつかなければいいのだが……。
そんなわけで昼飯も食べ終わり、いざ海へ行こうかとなった時。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
食事を取ったからなのか、それとも別の理由からなのかは分からないが、少しトイレに行きたくなった。とりあえずその場に居る奴らに断りを入れ、一度海の近くに設置されているトイレまで向かう。大体こういう場合、何かしらの施設まで行かないとトイレは存在しないので、結構歩かされる。用を足して戻っている時に。
「お姉さん! ちょっと僕に写真撮られてくれませんか!?」
「一枚だけ! 一枚だけでいいからさ!」
吉井と坂本が、血走った眼で見知らぬ女性に声をかけている姿が見えた。その息は荒く、まるで獲物を逃がさないように威嚇する獣のよう。対抗心燃やした挙句に自分達がナンパするのかよ……いや、もうこれコイツらの知り合いだと思われたくねぇ……そっとしておこう。
無視することにした俺は、その場を静かに立ち去る。
しばらく歩いていると、今度は。
「ねぇ僕。凄いカメラ持ってるね~。何撮ってたの~?」
「……美しい物」
「やだ~。私達のこと美しいって上手いんだから~」
「……ち、ちがう」
「大丈夫だよ僕~。私達実は気付いちゃってたから」
「……な、なんのこと」
「もう照れちゃって可愛いんだから~」
土屋が見知らぬお姉さん達に逆ナンされていた。
本人はえらいムッツリなくせに、こういう場には慣れていないのが良くわかる。人と会話している時の俺みたいにどもっているし。というか、多分吉井と坂本はこの光景を見たからこそ、あんなナンパ方法を取っていたんだろうな……写真撮られてくれないかってどんな新手の変質者だよ。お前カメラ持ってないだろ。
とりあえずこっちに関してもスルー……あれはあれでなんだか嬉しそうだからな。け、決して話しかけられないとかそんなんじゃないんだからねっ! ……男のツンデレとか誰得ですかね。
そんなわけで着々と元の場所まで戻りつつあったその時のこと。
「あれ? もしかして……」
何か、聞き覚えのある声が聞こえてきた気がする。具体的に言うと、耳に入る度に『可愛い』より『あざとい』が浮かぶような。まぁ、だからといって俺には関係ないだろう。
「せんぱいじゃないですかぁ~!」
どうやら声の主は『せんぱい』とやらを見つけたみたいだな。良かったな。早くソイツの所に行ってやれよ。
「あれ? せーんぱーい!」
まだ聞こえてないってのか?
俺の耳にはこんなに響き渡っているっていうのに……まさかの難聴系主人公だったか。実際に遭遇するとは思わなかったが。
「もう! せんぱいってば無視しないでくださいよぉ!」
「ぐぇっ」
腕を掴まれた挙句、思いっきり引き寄せられて、思わず変な声が出てしまった俺。
認めるしかない。現実逃避しきれないのは最初から分かっていたんだ。
「なんでここにいんの、一色……」
「せんぱいこそ、どうしてここにいるんですか~?」
あざとさ全開で今日も元気に振る舞っている、一色いろはがそこに居た。
水色を基調としたビキニタイプの水着に、白とオレンジで彩られたパレオを巻いている一色。ここまで来ると天晴と賞賛せざるを得ないだろう。まさか選ぶ水着すらあざといものを選んでくるとは。
「知り合いに誘われて来ただけだ」
「もしかして吉井先輩たちですか~?」
「……なんで俺の交友関係が限定されているんですかね」
「だってせんぱいって他に友達いないじゃないですか」
「いないことはないけどほぼ正解なのが腹立つ」
実際吉井達と来ているのは嘘ではないからな。今は絶賛他人の振りしたいような状況だが。
「私も友達と来ているんですよ~。今はちょっとかき氷買おうとしてたところなんです~」
「出店ならあっちだぞ。じゃあな」
「待ってくださいよせんぱ~い」
「ぐぇっ」
立ち去ろうとした俺の腕を引っ張る一色。いやそろそろ離してくれよ……なんていうかその、水着の女の子にこんなことされるの、ちょっとドキッとしちまうじゃねえか……けどコイツがやるとなんていうか。
「あざとい。やり直し」
「なんでさっきからあざといばっかりなんですか!?」
流石に言いすぎたか。
「私だって、素直に褒めて欲しい時だってあるんですからね、せんぱい……」
「お、おう……」
なんとなく今のは素なのかもしれないと分かってしまった。
だからこそ、素の状態の一色いろはは、計算されていないだけあって、普通に可愛いと思えてしまう。
元々俺は惚れやすいタイプの人間だ。ただ、理性がそれをせき止めているだけだという自覚もある。そんなわけないって思えるからこそ、正常な思考を働かせることが出来る。
だが、夏の暑さというか、海という特別な状況下にいるからというか。
それらすべてが、俺の思考を段々削ぎ取っていくような感覚さえした。
「その、一色。水着、似合ってる、と、思うぞ」
だからこれは、俺らしくもない一言だと思った。
そんな俺の一言を聞いて、一色は一瞬きょとんとしたが、すぐにいつものあざとさ全開の笑顔を振りまいてきて、
「ふっふ~ん! 当然ですよ! なんていったって私、気合い入れてきちゃいましたからね~」
「一体何に対して気合い入れてきたんですかね……」
「まぁまぁ、硬いこと言わないで、とりあえず一緒にかき氷買いに行きましょうよ~。せっかくこうしてお会い出来たことですし!」
それから何故俺がコイツの買い出しに付き合わされなきゃならないのか。
理由になってないぞ理由に。
「それに……まさか夏休み中にせんぱいに会えるとは思ってませんでしたから」
「……っ」
突然の不意打ちに俺の心はやられそうになる。
今のは卑怯だろ……いや、待てよ?
夏休み中に会うということは、コイツの買い物に付き合わされることになるわけで、それってつまり単純に荷物持ちとして活用されるだけってことじゃねえか?
つまり、荷物持ちが一人減って残念だということになるわけだな。
よし、これで勘違いしないで済むな。
「ほら、せんぱい! いきましょう♪」
「ちょっ……!」
な、何してんのこの子!?
いきなり腕組んできたんだけど!?
その、み、水着だから、慎ましやかな柔らかさが俺の腕を優しく包み込んでくるわけで……いやいや落ち着け比企谷八幡。相手は中学生だぞ。小町より一歳年上なだけで、俺より一歳年下なだけだ。一色は後輩。ていうかこんな光景誰かに見られでもしたら……。
「ハチー? 遅いから迎えに……」
あ、オワタ。
やっちゃいました……。
勢いに任せて色々ととんでもない展開を次々と書いてしまった気がします……。
一色さん、襲来。
そしてとうとう、美波がいろはすに遭遇してしまったわけですな……。
これはやばい。
何がやばいって、八幡の精神がすり減りそうな予感!!