「嘘……でしょ……?」
司の部屋――。
真っ二つになっている緑色の『ディケイドライバー』を見て、紗夜が震える。
紗夜はドライバーを拾い、見回す。
(夢に出てきたものと一緒……! もし司がこれを使って戦っていたとすれば、今はどうやって戦っているの!?)
紗夜は大量の汗を流すほどの焦燥に駆られる。
夢の内容が正しければ、『司』も『士』と同様に仮面ライダーに変身して戦う。そのためのドライバーがここにあるのだ。
少なくとも今、司は『仮面ライダーディケイド』に変身できない状態に置かれているのだ。
(予備用があるとは考えられない……! 司は普段おどおどしているけれど、一度覚悟を決めたら自分の意思を曲げない。まさか……生身で怪物と戦っているんじゃ――)
紗夜の焦りが増していると、部屋の扉が開く。紗夜は慌ててドライバーをベッドの下に投げ入れる。
「あっ、おねーちゃん。こっちにいたんだ」
扉を開けてきたのは日菜だった。
「日菜、ノックしなさい」
「えっ、ここもう一人の士さんの部屋だよ?」
「司がいるかもしれないでしょ?」
「…………え?」
日菜の目が点になる。
当然、紗夜の言葉はただの冗談ではあるが、彼女の口から冗談が飛び出てくるのは、非常に珍しいことだった。
「ごめんなさい、今のは冗談よ。そろそろ門矢さんが帰ってくる頃でしょうから、下に戻るわ」
紗夜は微笑みを浮かべながら部屋を抜け、一階のリビングへ向かう。
「う、うん!」
日菜は戸惑いつつも、紗夜の後を追う。
「ふぅ…………」
紗夜はソファに座り、気晴らしにでもとテレビを点ける。
その隣に日菜が座る。
『どんな笑顔にでも、幸せ来ちゃうよ♪』
テレビには、『クインティプル』だったものが写っていた。
――そう、『クインティプル』だったものが――
「あっ! 『クアドラプル』だ!」
「えぇ…………えぇ!?」
紗夜が驚いた顔を日菜に見せる。
自分の記憶が間違っているのか――紗夜は改めてテレビをよく見る。
テレビでは、1周年記念ライブの映像が流れている。
しかし、テロップに書かれているグループ名が『クアドラプル』となっており、彼女達が歌っている曲も『クアドラプル◇すまいる』という曲名に変わっている。
そして何よりも――
「……丸山さんがいないわね」
彩の姿がなかった。
香澄、蘭、友希那、こころの四人だけだった。
「えっ、彩ちゃんがどうしたの?」
「どうしたのって、この中に丸山さんがいたでしょ?」
「いないよ? 最初から四人だよ?」
「え…………?」
日菜は困った表情を浮かべている。彼女の様子から、嘘をついていると思えなかった紗夜は、頭を抱え自分の記憶を疑い始める。
「でも、この中に彩ちゃんいた方がもっとるんっ! ってなりそう!」
「…………」
「おねーちゃん、大丈夫?」
頭を抱えたまま硬直する紗夜に、日菜が心配する。
「――――帰ったぞ」
それを他所に、士が家に帰ってくる。
士はスーパーの袋を持ち、リビングに入る。
「あっ、おかえり!」
日菜が目を光らせながら、テーブルの方に移動する。
士は袋をキッチン台に置きながら、テレビの映像を見る。
「……やはり、彩ちゃ――ごほん、彩の存在が消えたか」
「!?」
士の発言を聞いた紗夜が立ち上がり、彼のもとへ駆け寄る。
「あの中に丸山さんは、ちゃんと存在してたんですね!?」
「あ、あぁ……紗夜が覚えているのは謎だが、その通りだ」
紗夜の勢いに押されそうになる士。
「だが謎の男によって彩が殺され、命も、肉体も、存在そのものも消えてなくなった」
「え…………!?」
「俺もそこまでは目撃してないから、何とも言えないがな。ユウスケから詳しいことを聞いたが――その詳細はディナーの後で」
そう言って、士は夕飯を作り始める。
「…………今話しなさい」
※
どこかもわからない、謎の空間にて。
そこに白也が訪れ、用意されていた椅子に座る。
椅子は円陣を組むように十二個並べられており、白也を除いて既に十人が椅子に座っていた。
「白也遅い! 足速いんだからすぐに来てよね!」
小学生のような見た目をしている少女が、白也に文句を言う。
「無駄なことはしたくないんでね」
「はぁ!?」
怒った少女が立ち上がる。
「
少女――桃子の隣に座っていた、乙女のようなか弱いオーラを放っている少年が彼女の肩を掴み、優しく押して座らせる。
「
「いてっ!」
抑えられたことに不満を抱いた桃子が、青葉を殴った。
「はぁ……とっとと話し合いを始めてくれ、
白也が中年の男――赤松に目を向けた。
「そうだな。時間もない、端的に話させてもらう。改めて、『ネクスト・ワールド』に送った幹部九人が全員殺された。一人の手によってな……」
「異端者…………」
ドラゴンのぬいぐるみを抱えた少女――
「つまり、今後は『プリビュース・ワールド』に来ると?」
グラマー体型のセクシーな女性――
「恐らくはな。そこでだ。君たち九人の配置を再構築しようと思ってな」
赤松が下顎を触りながら、九人それぞれの配置先を告げる。
「
「おいっす、りょーかい!」
ノリが軽い青年――灰治が雑な敬礼をする。
「黒恵、君にはアギトの世界へ行ってもらう」
「…………龍騎の方が良かった」
黒恵はぬいぐるみを強く抱きしめる。
「すまない、他に適任がいてな。
「了解しました!」
茶色の短髪少女――和茶が元気よく返事をする。
「ブレイドの世界は、桃子に任せよう」
「はいよー」
桃子が適当に返す。
「
「…………」
爽やかな笑顔を保った筋肉質の男――越緑が無言で親指を立てる。
「カブトの世界は…………言うまでもない」
「当然だ。僕以外に適任がいてたまるか」」
白也が当たり前かのような態度を取る。その様子に再び桃子が立ち上がろうとするも、空かさず青葉が止める。
「電王の世界には青葉を行かせよう」
「えっ!? あっ、はい! 頑張ります!!」
青葉は困惑した後、起立して真剣な表情を見せる。
「キバの世界は紫織だ」
「お任せください」
紫織は丁寧に一礼する。ただ一礼しただけだが、なぜか色っぽく見えた。
「皆、よろしく頼む。全世界の均衡を保つために――」
赤松が神に祈りを捧げるように手を組んだ。
「……もう終わり? なら帰るけど」
桃子がダルそうに席を立って場を去ろうとする。
「待て、桃子」
彼女を呼び止めたのは白也。しかし、彼女が止まったのを確認した後、赤松に話を振る。
「ところで赤松、席が一つ多く用意されてるようだが?」
「気づいたか。さて、ここからが本題だ。実は紹介したい人物がいてな。異端者を倒す最終兵器だ」
赤松が説明していると、後ろから一人の少女が歩いてくる。
右手に変な形をした銃を持つ、青緑色の髪をした少女が、無表情で空いている椅子に座る。
「紹介しよう…………氷川日菜だ」
※
「……なるほど、わかりました」
司の家。
料理を作っている士から話を聞いた紗夜が話を理解する。
なお、士が今作っているのは、普通のチャーハンである。
「謎の男が現れ、小野寺さんを殺そうとしたところ、丸山さんが庇ったと」
「まぁそんな感じだ。そのショックが大きくて、今は廃人みたいになってるだろうけどな。あとの事はまりなに頼んだが」
士は出来上がったチャーハンを皿に移しながら、他人事のように話した。
「えぇ!? 彩ちゃん死んじゃったの!?」
話を聞いた日菜が驚いた顔でキッチンの方へ。
「そうだ。存在が消えたのは謎だがな」
士は答えながら、三人分のチャーハンをテーブルに運ぶ。
「そ、そんな……許せない……犯人早く捕まえないと!!」
「捕まえるのは至難の業だな。最悪、殺すしかないかもな」
「殺すって……」
その言葉に反応したのは紗夜。
「そんなことは――!」
「やるなって? 相手は存在ごと殺す奴だ。説得が通じる相手でもない。もとい、そんな奴を生かしておいたら、この世界は存在ごと滅びるだろう」
「…………」
返す言葉がない紗夜。この重い空気を変えようと、日菜がキッチンからスプーンを三人分持ち出し、紗夜と士の分を机に置く。
「チャーハン美味しそう! いただきまーす!!」
日菜が真っ先にチャーハンを口に運ぶ。
「んぅ~! おいしい!!」
日菜は頬を空いた手で抑えながら、味を堪能する。
「……チャー、ハン」
紗夜がチャーハンを凝視しながら椅子に座る。
「いただきます……」
紗夜がチャーハンを口に運ぶ。
「…………………………普通ですね」
味を噛みしめた後、冷たい感想を述べた。
「おっと、紗夜様の口に合わないものを作ってしまったか」
士は皮肉を込めて言い、椅子に座って自分が作ったチャーハンを食べる。
「我ながら最高だ……この味がわからないとはな」
「わからなくていいです。誰がどのチャーハンを作っても、あの味には勝てませんから」
「『司』――の味にか?」
「…………」
紗夜は無言でチャーハンを食べ続ける。
――図星だった。
司はチャーハンが好物であり、特に食べたいものがない時は決まってチャーハンを食べる。司も自炊でき、家でよくチャーハンを作っている。紗夜は一度、彼が家に来た際に作ってもらい、食べた経験があった。
紗夜はあまりチャーハンを食べないのだが、司の作るチャーハンは特別美味しく感じた。
彼が作ったからこそ、特別美味しく感じたことを、紗夜は知る由もなかった。
「司…………」
「おねーちゃん…………」
紗夜は無意識に涙を流していた。涙を流したまま、チャーハンを食べていた。
「……はぁ」
士はため息を吐き、食べ続ける。
(もう一人の俺は何を考えてんだか。こんなに想ってくれる人を放ってまで、やることがあるのか?)
※
同時刻の山奥にて。
「はぁ……この世界つまんねぇな」
灰治がクウガの世界に訪れていた。
「どこもかしこもアイドルアイドルアイドル! 気持ち悪いったらありゃしねぇ! 森林の中だけが、落ち着ける場所だな」
灰治は山の中を歩き続けていると、石でできた棺桶を見つける。
「おっ、あったあった!」
灰治は棺桶を開け、中身を確認する。
中には、赤色の狼のような怪人が永眠している。
「こいつには、暴れてもらわないとなぁ……!」
灰治はクウガの紋章が描かれた黄色の小さな球体を取り出し、不気味な笑みを浮かべる。